さもゆ
2024-12-10 03:42:48
82844文字
Public 吸死
 

【ヒヨロナ】ロナルドと永遠のきょうだい

弟を亡くした吸血鬼に弟認定されてしまった退治人と、その周囲の話。
※自我と名前のある吸血鬼兄弟と女性がガッツリ出る。話のメインまである
※捏造過多
※ロくんの本名有

2024.9.18 たべものpixiv投稿作品


 顛末



 寺での騒動から、ちょうど一週間が過ぎた。
 あの夜、ひとりの吸血鬼が転化を行った。噛まれた次郎は気を失い、しばらく目を覚まさなかった。彼の娘は不安げだったが、彼の兄であり親でもある吸血鬼は、ひどく穏やかな顔で「大丈夫だ」と眠る弟を抱きしめ全員に言った。「前も、そうだった。十日もすれば、目を覚ます。俺は知ってる。だから、大丈夫。……永遠より長い十日間だが、俺は知ってるんだ。……一緒に待ってくれるか?」最後の問いかけは、花子に向けてのものだった。花子は泣きながら、こくりと頷いた。
 三人の吸血鬼を寺で預かると申し出た住職に、ヒヨシは、彼らの身柄を申し出通りに預けることにした。元々、タロウという吸血鬼を何百年にも渡って居候させていた寺だ、VRCや吸対で下手に様子を見るよりも、何倍も得策に思える。次郎を和室に運んでから、今夜はひとまず、これで帰ろうということになった。そしてヒヨシは近づかせたくなかったが、ロナルドに寄ったタロウは「悪かった」と一言謝った。ロナルドは首を振り、弟さん、大事にしろよ、と鼻を啜って言った。言われたタロウはヒヨシを見て、既に殴られた形跡もない頬を歪めて笑った。“だとよ” 声には出されていない。「……おみゃあさんの今回しでかしたことは不問に付すが、今度何かしてみろ。吸対は必ず貴様をお縄にするぞ」「隊長さん、その時は私を呼んでください。有罪の判を押してやるので」「安心しな、もう何も。警察と弁護士を敵に回しゃしねえよ。吸血鬼よりおっかねえ」「……カズマ」「タロウ」「あと坊さんと退治人」こんだけ役者がそろってりゃ、何もできねえって。タロウは肩を竦めてそう言った。
 今度ちゃんと詫びしに行く、とロナルドに言ったタロウに、ヒヨシとドラルクはそれぞれ顔をしかめたが、当のロナルドは「皆で遊びに来てくれ。俺も、あんたの弟さんに、ちゃんと謝りたいし……」弟さんがいるのに、兄貴なんて呼んじゃった、俺こそ殴られるべき、と申し訳なさそうに言った。そのロナルドを、タロウもばつの悪そうに顔をしかめて見つめていたので、この吸血鬼は、今度こそ、もう悪い鬼ではないのだろうと思わせた。
 あれから、一週間。

 ヒヨシはロナルド吸血鬼退治事務所に訪れ、ドラルクと事務所のテーブルを囲んでいた。
 テーブルの上には、封筒と、写真が一枚置かれている。
「みんなケツに力入れとるんでしょうな。ご住職以外」
「情緒ないこと言うんじゃにゃあ。ええ家族写真じゃ」
 写真には、寺の和室、布団から起き上がっている次郎と、右側から次郎に抱きついている花子、左側には次郎の背を支えているタロウ、そしてその後ろに三人を見守る住職が映っている。次郎は薄青の瞳を夕焼けのように赤く染め、花子は黒目の中に火花のように赤を散らし、タロウは血の色の瞳をもってしてそれぞれ微笑んでいる。いい写真だった。
 この写真は、手紙と共に、今朝花子から吸血鬼対策課のヒヨシ宛に届いたものだ。次郎は十日よりも早くに目を覚ました。ヒヨシはこれを見て、ロナルドのところへ行かなければとこうして足を運んだ次第である。
 生憎とロナルドはちょうどパトロールに出ており、ドラルクが連絡したところすぐに帰ってくるとのことだったので、お言葉に甘えて待たせてもらっている。
「行方不明届の方は、どうなったんです? 正直に伝えては、それこそあの吸血鬼の本名を探ろうとする輩が出てくるのでは?」
「そんなもん。俺の手にかかれば、全部まるっと綺麗に収まる」膝に乗ってくつろぐ丸いマジロを左手で撫でながら、穏やかに答える。「黒髪赤目の紫肌の吸血鬼を探しとったら、たまたま寄った寺でそれらしいやつ見つけたって話じゃ。わざわざ上が突っ込む要素などなかろ」
……つまり上手く誤魔化したってわけですね」
「そうとも言う」
 事務方の職員には疑り深い目で見られたが、ヒヨシは嘘は言っていない。ただいくつか報告していない話があるだけで。それも、綻びがないよう、あったとしても簡単には解けないよう形作って今回の件を提出した。ヒヨシが殉職か、定年になっても、あの吸血鬼家族と寺の安寧は何者にも破らせないように。……さすがに五百年後とかは分からないが。
 はー……ドラルクはソファの背もたれに体を預け、「お兄さんて結構、あれですよね」と言った。
「どれじゃ?」
「まあジョンの前なので言葉を選んで言いますけど、結構、しっかりしてますよね」
「つまり馬鹿って言いたいんか?」
「とんでもない。悪知恵と器用さを身につけたロナルドくんみたいだなって言いたいんです」
「ま、あいつの兄貴じゃからな」
「今回のロナルドくんはそれすら疑っていましたよ」
 ぴく、ヒヨシは自分の表情筋が痙攣するのを感じた。あの夜、弟が自分ではないほかの誰かを兄と呼び、弟になりたがったことは、一週間経ってもヒヨシのこめかみを痛くさせる。それも、他人のためだ。困らせ追い詰めてしまったのは、依頼について詳細を話さなかったヒヨシに非があるが、それでも、あの弟が一時でもヒヨシを兄としていなかったことに、ヒヨシは酷く理不尽な怒りを抱いたものだった。
「俺たちはどーしていつもこう……誤解が生まれるんじゃろうな」
「会話が足りていないからでは? あと、単純にロナルドくんの思い込みが激しい」
「ぐさっと来るな。会話か。会話な。しっかし今更何を話せば」
「手始めに、ロナルドくんについてお話しておきたいことがあるんですが」
「なんじゃ、改まって」
「ロナルドくんの誘拐未遂(仮)についてです」
「何じゃそりゃ知らん。うちの妹じゃなくて?」
「いえヒマリ嬢ではなく。お宅のロナ造くんについてですよ」
 はあ? ヒヨシが素っ頓狂な声を出す前に、事務所のドアが「ただいま!」と元気よく開かれ、ロナルドが帰ってきた。帽子をメビヤツに預けがてら撫で繰り回し、踊るようにヒヨシのもとまで駆け寄ってくる。首筋のガーゼは、ヒヨシの眉間の皺を刻みそうになったが、ヒヨシはそれを必死に抑えた。
「兄貴今日はどうしたの? ドラ公から兄貴が来てるって聞いて急いで帰ってきたんだ、また何か仕事? 俺にも手伝える? あっ話したくなかったら全然──」
 ロナルドはそこで言葉をぶち切ると、「兄ちゃん」と呆然とヒヨシの右腕に目を落とした。「どうしたの、その腕」

 ヒヨシの右腕にはギプスが装着されている。
 一週間前、タロウを思い切りぶん殴ったせいで痛めたのである。
 牙で裂かれ、血が滲んだ拳はあの時ロナルドも見ており、帰りの車の中で散々に泣かれたが、あれだけでギプスまではいかない。現に、皮のめくれた指は絆創膏だけで済んでいる。
 
「あー……
 ヒヨシは曖昧に目線をうろつかせた。その間に膝からジョンが離れ、ドラルクのもとへと向かって行く。視界の端、ジョンを抱き上げたドラルクが「新しいお茶を用意してきますよ。ついでに、夕飯の支度も。お兄さん食べて行くでしょう?」とヒヨシの返事も聞かずに居住スペースへと消えた。あれはドラルクなりの配慮だろう、ヒヨシは正しく察してロナルドをしかと見つめた。
 ヒヨシの前に跪き、眉を下げてヒヨシを見上げる弟は、すん、と鼻を啜ってギプスで固定された腕と、ヒヨシの目を交互に見つめ返答を待っている。
「あー、これはじゃな、その……
 言えない。
 言えるわけがない。
 現役時代ならいざ知らず、とっくに引退した身で全身全霊の力をかけて吸血鬼を素手で殴り倒したのだ。ひょっとすると現役時代以上の力を無謀にも出そうとした腕は、そりゃ当然、捻挫ぐらいする。あのときはリミッターが外れアドレナリンが出まくっていたので帰りも無事に車を運転できたし、弟の前で無様を晒さずに済んだが、翌日腫れ上がった腕を病院に診せに行ったらこれだ。こんなの、ヒヨシを最強無敵の兄と信じて疑わない弟に話せるわけがない。
 うんうん唸るヒヨシを見兼ねたロナルドは、「ま、まさか、」と震える声を発した。「また、誰かを庇って……?」
「え? あ、ウン。そう。そうじゃ。やー、はは、どうしても庇うのが手っ取り早い状況でな」ぺらぺらとよくもまあ便乗して嘘を言えるものだと思う。いやだってそりゃそうだろ。あのタロウを殴った時の反動で怪我しましたなんて、俺に夢見とるこいつに言えるか? いや言えん。言ったが最後、こいつはグレて珍走団入りは免れない。それだけは避けたい。「まあ、ちいとばかし往生こいたが。大丈夫じゃこんなもん」
「あにきは、」
 ロナルドは俯き、ヒヨシに絞り出すように言った。
「兄貴は、いっつもそうだ……! 怪我しても大丈夫平気だって笑って、俺にも弱音吐いてくれないっ。俺はそんなに、……そんなに、頼りない? お、おれなんか、」ぐすっ、鼻を啜る。「やっぱり兄ちゃんの弟に相応しくな」
「ヒデオ」
 びくり、弟の肩が揺れたことで自分が思ったより低い声を出してしまったことに気づく。
 ヒヨシはギプスも構わず右手を伸ばし、隠れた耳を引っ張った。お揃いのピアスを確かめ、こしょこしょとくすぐって顔を上げさせる。
 おずおずと上げられた顔は、瞳いっぱいに涙が溜まっていた。
 それは何より、きらきらと光って見える。
……ヒデ、ヒデオ、木下日出男。ゆりかごから墓場まで、もしかしたらそれ以上、お前は俺の自慢の弟じゃ。お前が俺を兄にしてくれた。一番最初に、俺をにーにと呼んだ。そのことを、俺は今まで一度たりとも嫌だと思ったことはにゃあよ」
……にーに」手のひらに遠慮がちではあるが頭をぐりぐりと擦りつける。「俺、ごめんね。俺だって、ずっとずっと、兄ちゃんの弟でいたいよ」
「分かっとる」
「あにき」ロナルドは泣き笑いの顔で言った。「ぎゅってしていい?」
「おーいいぞ。ぐえっ」
 
 大きな弟が小さい時以上の力と勢いで抱きついてきたのを、ヒヨシは笑って受け止めた。これすら受け止めることができなかったら、もうおしまいだ。そうしてドラルクが夕飯に呼びに来るまで、兄弟はぎゅうぎゅう抱きしめ合っていた。幼いころの記憶が蘇る。疲れて帰ってきたヒヨシ。玄関に張られた粗末なテント。そこで絵本を読んだりしてヒヨシの帰りを待っていた妹と、弟。
 もう玄関にテントを張られることはないんだろう。
 ヒヨシは安堵と愛しさ、少しの寂しさを覚え、この世で一等大事な弟を、捻挫も忘れて、力の限り、抱きしめ返した。



ロナルドと永遠のきょうだい



 これにて、めでたしめでたし。