フェイクファー

伊藤と一条と佐原 高校生パラレル
初出・Webサイト「残りの夜が来た」2009年


 今朝も、黄砂の吹き荒れる黄色い春だった。居場所だった屋上が、昨日の出来事ですっかり行きづらい場所になってしまったため、カイジはまじめに授業に出ていた。
 とはいえ、年老いた教師による、英語の文法の話はちっとも頭に入ってこない。彼のかすれ声だけが流れる明るい教室の光景は、まるで永遠に続きそうで気味が悪い。カイジはうつむき、誰かが落としたものを着服して使用しているシャープペンシルを、中指と人差し指と薬指の3本ではさんで、頬杖をつく。眠ろうと思ったが、目を閉じると、案の定、昨日のことが脳裏でちらついた。
 一条はなぜ自分にあんな話をしたのだろうか、と、カイジは考えた。カンニングのときのように、共犯関係になるとでも思ったのだろうか。
 確かに、あんな話を聞かされて、それを言いふらして楽しむということは、自分にはし難い。だいたい、特に言いふらすような友人がいない。しかし、気持ちの針がちょっとでも一条を陥れる方に傾いたとしたら、カイジ自身ですら、絶対に誰にも言わないとは言い切れないではないか。
 それにしても、と、カイジは半分眠りに落ちながら思った。こんな時でも、一条のあの視線を思い出す。息を止めてしまうようなあの視線。
 あれを、カイジは、自分を見下す目だと思っていた。あいつがよく言うクズ野郎を見る目だと。いや、おそらくその通りなのだろうが、あんな話を聞いたからだろうか、なんとなく、今、自分には、

 うつらうつらしかけたころチャイムが鳴った。
 先ほどまでの静寂が嘘のようにざわざわしはじめる教室で、女の子が一人カイジのほうに近寄ってくる。チャイムによって寝入り端を邪魔されたいらつきに、困惑が混じっていくのを感じた。
「寝てたでしょう、カイジくん」
「いや寝ようと思ってたけど
「うそっ、よだれたれてるぞっ!」
 カイジが口元をぬぐうと、「う・そ」と彼女は笑った。何もおかしくないだろ、と思ったが、カイジはそれにあわせて口元だけで笑った。困惑は最高潮だ。
「でも寝るよねー。あの先生の話、ぜんぜん聞こえないもん。美心も半分寝てたよ!」
 美心は、あからさまな好意をにじませてカイジに接触してくる。カイジは決して彼女のことを嫌いという訳ではなかったが、彼女が自分に寄せる好意が非常に苦手だった。
 居心地が悪くなり、カイジは椅子を引いた。古い椅子はぎぎいと不快な音を立てる。
「どこいくの?」
……トイレ
 カイジは結局屋上へと向かった。