フェイクファー

伊藤と一条と佐原 高校生パラレル
初出・Webサイト「残りの夜が来た」2009年


 葉混じりの桜をきれいという奴がいるが、いまいちそれを理解できない。一条は校庭の木を眺めながらそう思った。
 気分が悪いと言って教室を出たが、保健室の湿ったベッドに入る気になれず、仕方なく屋上に来た。鐘が鳴っているが、ふと、芽吹き立てのまぶしい黄緑と、しおれかけの白だか茶色だか赤だかが、ごちゃごちゃに混ざり合っているあの桜も、慣れればきれいと思えるのかを試そうと思い立ち、一条は動かなかった。
 暖かい空気のせいで皮膚の中身が溶け出したような感覚を、半分気味悪がり半分楽しんでいたところを、ばたんという音が邪魔をした。
 朝からサボるくせに、学校以外に行くところのない、うだつの上がらないかわいそうな奴だ。そう思って振り向かない。ずるずると上履きを引きずって歩くだらしない足音は、なぜか一条の横まで来て止まり、そこ座り込んだ。そういえばこのポジションは、昨日奴がタバコを吸っていたところだ、と一条は気づいた。定位置なのだろうか。動物のような奴だ。
さぼりかよ」
「そうは思われてないだろうけどな、お前と違って」
 カイジはタバコに火をつけたようで、うっすらと煙の臭いが漂ってくる。一条はそれを手で払いながら、「吸うなよ、学校で」と言った。
「高校生のくせに」
そうだな」
 しかしカイジはタバコを消す気配が無い。一条はどうでもいい、と思いながら、またぼんやりと桜を眺めた。一点を見つめすぎたせいか、だんだんと、桜の部品一つ一つを判別できなくなっていく。
「なあ一条、お前なんで
 カイジが唐突にそこまで言って、言葉を句切った。一条は続きを待ったが、なんで、の後は一向に続きそうになかった。何が聞きたいのか自分で分からないのだろうか。全く、動物のような奴だ。一条はこの男のこういうところが嫌でたまらない。一条と違う理論で動くカイジが、恐ろしくてたまらない。
 いつか、一条の積み上げたものをすべて壊されてしまいそうで、恐ろしくてたまらない。
 ああ、だから言ってしまったのだろうか。
 一条ははたと気づき、その思いつきを否定してみたり肯定してみたりして、転がした。そのうちに鼻がつんとしてくる。この野郎、はやくどこかへ行け、と思ったが、カイジは全く動く気配がなかった。その代わりにタバコのもみ消される嫌な臭いがしたので、一条はその臭いの元の方に腕を伸ばし、手のひらを上に向けて差し出した。
「何だよ」
「くれ」
え、何を?」
「タバコ」
……
 何か言いかけて黙ったカイジは、一条の手のひらにタバコを一本乗せた。それを指に挟み、初めてカイジの方を見る。カイジはこちらを見てぎょっとしたような顔をした。
ほれ。早く、ライターも貸せよ」
……
 カイジはライターを差し出しながら、低い声で「何で泣いてんだよ」と聞いてくる。一条は分からないから答えなかった。その代わりに、今朝は音楽室に行かなかったことを話そうとしたが、やめた。
「花粉症なんだよ」
なら、タバコ吸わない方が
「うるさいっ
 どいつもこいつも。死ね、クズ野郎ども。
 一条はため息と一緒に煙を吐いた。