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残りの夜が来た
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福本
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フェイクファー
伊藤と一条と佐原 高校生パラレル
初出・Webサイト「残りの夜が来た」2009年
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ローカル線のくせにこの電車はいつも満員だ。むっつりと黙り込むスーツ姿の乗客が6割、のこりの4割は同じ制服の者同士談笑したり、耳にイヤホンをつっこんでぼんやりと外を見たり、参考書を読んだりしている。
カイジはそのどちらでもなく、未来への希望を煽る車内広告を見ていちいちへこんでいた。春なのに、どうして自分はこんなに鬱々としているのか、カイジには全くわからない。自分のことくらい自分でコントロールできればいいのに、たとえばかばんの中にいれっぱなしの音楽プレイヤーを再生して気分を盛り上げればいいのに、それすらも億劫だった。
押し出されるようにホームに降りると、黄砂のせいなのか、空気が黄色くにごっている。
昨日は午後の授業をまるごとサボってしまった。カイジをはじめとする不真面目な生徒のことはすっかり放って置かれているのか、それを咎める教師は最近めっきり少なくなった。それをいいことに、カイジは3年になってからますます屋上でぼんやりしている。憂鬱になるのも当然だ。やることをやっていないのだから。
それでもカイジは教室のある3階を通り越し、4階まで登ってきてしまっていた。
特別教室の連なる4階は静かで、西側にあるせいで空気がすこし冷えていた。人通りの少ない廊下はつもった埃で白っぽく見える。 制服のポケットにつっこんだ手に硬くて小さいものが当たったので見てみると、いつ噛んだのかわからないガムのごみが3つも出てきて、カイジはうんざりした。しかしそれを捨てるゴミ箱が視界に入らなかったので、ポケットに再び戻す。教室に入ればあるのだろうが、カイジはこのゴミを捨てるよりも、始業のチャイムが鳴る前に屋上に行きたかった。
「
………
、」
カイジはびくりとして足を止めた。くぐもった人の声のような音が聞こえたからだ。足を踏み入れなくなって久しい音楽室だった。始業前の特別教室って人いるのか、とどうでもいいことが一瞬頭をよぎる。そりゃあ、いるか、学校だ。人に会いたくなかったのに。
「
………
、」
声は、カイジを引き留めるように耳に入り込んでくる。女の人の低い笑い声、だといいけど、と、カイジは考える。おそらく違うような気がする。
吐き気によく似た緊張感を体の芯に感じながら、カイジは階段へ向かいかけた足を完全に止めてしまった。
「
………
っ、」
笑い声じゃない。
(やってる
…
)
カイジは空気を飲み込んだ。
慣れ親しんだAV女優のあえぎ声とは違うリズムをBGMに真っ白になっていく頭の隅で、カイジは、あ、音楽の教師だ、とぼんやり思った。若くも無いが年寄りでもない、いつもけだるそうな教師の声だ。
カイジは馬鹿みたいに立ち尽くした。手をどこにやったらいいか分からなくてとりあえず制服のポケットにつっこむ。さっきのガムのごみがやたらと気になった。なるべく息をしないように、壁に背中をぐっと押し付ける。
しばらくそのままぼおっとしていると、あのいかがわしい声は止み、ぼそぼそとした会話のような音になった。カイジはまだぼんやりとしていたが、事が済んだということは声の主たちが教室から出てくるのではないか、ということにようやく思い当たり、そっと足を昇り階段のほうに滑らせようとした。
蝶番のきしむ音がする。
動かなければいけないのは分かっていたが、カイジはその音に動きを奪われた。ドアで隔てられていた空気がこちらとつながって、声が鮮明になる。唾液を飲み込みたかったが、からからの口からは唾液はちっとも分泌されなかった。
ばいばーい、
という、教師の声が聞こえた。
上履きをはいた足音がこちらへ向かってくる。
くるな、くるな、くるな、とカイジは下を向いて念じたが、それは全く無意味だった。踊り場と廊下の境目で身を潜めていたカイジを見たのか、足音の持ち主が立ち止まる気配がする。
カイジは諦めて顔を上げ、最悪だ、と思った。
「
………
お、」
母音を口から漏らしてしまってから、あいさつしてどうすんだ、俺、と思い、カイジは言葉を飲み込む。体だけがその思考についていけず、口がぱくぱくした。
彼、一条は、おそらく金魚のような馬鹿面をしているであろうカイジを無表情で一瞥して、ついっと視線だけをそらした。それから再びこちらを見る、その目。
は、と息をもらすと、一条は何も言わずに階下へと消えた。
「
………
」
カイジは30秒ほどぼんやりした。緊張感なのか吐き気なのか衝撃なのか、もはや正体のわからないものが胃から食道をのぼり、のどの辺りでくすぶる。それを押し込めたくて、カイジは今度こそ唾液を搾り出し、飲み下した。
他人の物のような足をずるずる引きずって、カイジはやっとの思いで階段を登った。何も考えたくなかったが、一条の目線が、カイジの目玉の奥でぐるぐると回る。屋上の扉がいつもよりも重い。
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