フェイクファー

伊藤と一条と佐原 高校生パラレル
初出・Webサイト「残りの夜が来た」2009年


 佐原は入り口の陰から出るに出られず、カイジと誰かの話が一段落するのを待った。ipodを置き忘れてきてしまったので、そしてやっぱりいつもと違うカイジの様子が気になって、ごねる女を先に帰し、佐原は屋上に戻ってきていた。そうしたら、これ。
(なんでこんなとこでこんな話
 今の自分にわかることは、鍵の開いている屋上で話しているこの人たちには、本気で隠すという気がないんだな、ということだ。佐原はそう思い、ふらっと入り口の隙間から身を滑らせた。日が完全に暮れてしまっては、ipodちゃんの捜索が困難になる。あの中には、昨日ぶちこんだまま、まだ聞いていない新譜があるのだ。
 黙っている二人の前に姿を現すと、「うわっ」とカイジに声を上げられたが、佐原はへらっと笑った。笑えば何とかなるかなと思ったので。そしてこの場の雰囲気をぶち壊したい気分だったので。
「へへ、ipod忘れちゃって
……
 見慣れたカイジと見慣れないこぎれいな男の両方から、面白いくらい渋い顔で見られて、佐原は肩をすくめた。
「カイジさんたちさあ内緒話をこんなところでしちゃ、だめよ」
「お、俺は
 なぜかカイジの方が言い訳しようとしている。意地の悪い気持ちで、にやにやしながら彼の言葉の続きを待った。しかし、カイジはもごもごと何かを口の中で転がしただけで、黙る。代わりにこぎれいな男が笑った。黙っているときには想像もできないような大きな口と声だ。佐原はそれをちょっと面白いと思った。
 笑いを引っ込めた男は腕組みをして佐原を見る。佐原はここで初めて、このひとさっきすれ違ったな、と思い当たった。さらさらの髪が冷たい風に揺られて女みたいだ。
「聞かなかったことにすればいいだろうに」
「どうせ、ばれるかなって思って!あ、俺、佐原って言います。聞いちゃったけど、まあ俺は首突っ込まないでおきますよ」
 言いながら、足元の地面をさっと改める。ipodは青いから地面とは同化していないはずだ。でももう大分暗いので、もしかしたら這いつくばって探さなくてはいけないかもしれない。そう思ったとき、男の足元に青いつや消しの機械を見つけた。佐原はぱっと手のひらを彼の方に向けた。
「ストップ!踏まないでくださいね!」
 男を制止させ、そのまま彼に近づいた。男の耳の横まで来てからすっとしゃがむ。揺れる髪の毛の奥の首筋か、制服か、とにかく男の周りから、確かにあの音楽教師の香水の匂いがする。
 佐原はまたおかしくなって、ipodを拾い上げながら笑った。
「ほんとだ、あんた、クロサキセンセーの匂い、ついてるよ」
「な
 男はあからさまに嫌な顔をした。暗くてわからないが、赤くなっていればいいのに、と佐原は思う。
「そういう匂いつけてるやつ、いっぱいいるけどね」
?」
 男が怪訝そうな顔をしたので、佐原は、だーから、と、入り口に足を向けながら教えてあげた。
「あんたはセンセーを、センセーの旦那にお近づきになるための大事な道具だと思ってるみたいだけど、センセーはあんただけトクベツにかわいがってるわけじゃないっすよ、ってこと」
 男がどんな顔をしているのかどうしても見たくなり、佐原はくるりと振り返った。
「まあ、知ってるかもしれないけどね」
 日が沈んでしまった。残念ながら、男の表情は暗くて全然わからなかった。