フェイクファー

伊藤と一条と佐原 高校生パラレル
初出・Webサイト「残りの夜が来た」2009年


 脇においていた携帯が震えたので目をやると、サブディスプレイにこの春見つけた女の名前が青く光っていた。メールみたいだった。手を伸ばしかけて、やめる。この女のメールはなかなか傑作なのだが、いかんせん長い。佐原は長い文章を読むのが嫌いだ。
 夕暮れの屋上はなかなかにいい眺めだが、春の17時は思っていたよりも寒かった。佐原は薄いカーディガンの前をあわせ、身震いした。くしゃみがでた。昼間から屋上で寝たり起きたりキャッチボールしたり、とにかくだらだらしていたせいだと思った。
「カイジさーん、俺、帰るよ」
 同じく昼間から屋上でだらだらしていた男に声をかける。カイジはあーだかうーだか分からない返事をした。まだ寝ているようなので返事ではないのかもしれない。佐原はカイジの顔を覗き込んだ。カイジは眉毛を八の字にして目を閉じている。
「部活行くのか」
「いや、帰りますよ」
「行けよ
「カイジさんにそんなこと言われるとは思わなかったなー」
 佐原はあははと笑った。カイジは1年前か半年前か、そのあたりまで佐原の所属する陸上部の先輩だった。いつのまにかフェードアウトして姿をみせなくなったのはカイジの方だ。
「カイジさんこそ、行けば。安藤とか、あいつたまにカイジさんの話してるよ」
「俺あいつ、マジで嫌い!どうせろくな話じゃねえだろ」
「あったりー、っていうかカイジさん、陸上部に好きな奴なんかいんの」
 佐原はまたあははと笑った。
 カイジは起き上がった。ポケットを探るカイジに、佐原は手のひらを向けた。
「俺もください」
「買えよ!大体俺、もう3年だろ。部活も引退だろうが」
「まだ4月っすよ、」
 っていうか、受験とかしないでしょ、カイジさん。佐原はそう言いながらカイジからタバコを受け取る。
ライター切れてる」
「しょーおがないなー」
 佐原は自分のライターに火をつけて手で覆った。カイジに差し出すと、ちょっと嫌な顔をされた。カイジは人に何かをしてもらうのが苦手だ、ということを佐原は知っていたが、気づかないふりをしてそのまま無理やり火を近づける。
 カイジのくわえたタバコに火が灯った。
 佐原はカイジに興味を持っている。見ていて飽きない。立ち上がったカイジが渋い顔で「寒い」と言うのを観察しながら煙を吐き出していると、携帯がまた震えた。さっきと同じ女の名前が映っている。
「うるせーなこの女」
「言うなよ、そんなこと」
「メールが長いんすよ」
 あと回数が多い、というと、カイジはさらに顔をしかめた。カイジのこの善人っぷりは、佐原の興味を大いにひくところのひとつだ。偽善なのか弱虫なのかほんとにいい人なのかわかんないけど、もうちょっと渋い顔をさせてみせたくなる。
「でもね、この女のメール」
 面白いんですよ、と言いかけたところで、屋上のドアが開く音がした。佐原はあーあ、と思った。見える人影がその女のような感じがしたからだ。携帯を開いて先ほど受信したメールを見ると、《屋上にいるの??》と書かれていた。うぜーな。
「じゃ、カイジさん、俺帰るね」
「あー」
「風邪引かないでくださいねー」
 ひらひらと手を降りながら、佐原は小走りで女のほうに向かった。出口で振り返ると、しまりかける重いドアの間から、髪の毛が風でぼさぼさになっているカイジの影が見えた。今日、なんか元気なさそうだったけどどうしたのかな、と一瞬考えたが、前を行く女の首筋を見て、考えるのをやめてしまった。