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残りの夜が来た
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福本
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フェイクファー
伊藤と一条と佐原 高校生パラレル
初出・Webサイト「残りの夜が来た」2009年
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あれは1年生最後の期末考査だった。
テストのために出席番号順に配置された座席で、一条はカイジの前に座っていた。進級のかかったそのテストにおいて、クラスメイト数名に乗せられ、カイジはしょぼいカンニングの首謀者となっていた。あらゆる科目担当の教師の机から、少しの間だけ拝借したテスト問題は、おもしろいようにそのまま出題されていた。問題を事前に分担して解き、念のため、解答の要点だけをメモしておく。万が一メモが見られても盗難が発覚しないような、簡単なメモ。ただそれだけの稚拙な手だったが、残るはこの化学1教科のみとなったカイジは、すでに進級への切符を手にした気分でいた。
あと大問が2つ
…
汗でやわらかくなった指先で、要点の書かれたガムの包み紙をそっと開く。セーターとシャツの下で、脇から汗がつうと流れる。
そのカイジの腕を突如つかみ、高々と、得意げに天に向かって上げたのが一条だった。
ぽかんとしている自分とにやにや笑っている一条の後ろで、カイジを乗せた奴らの押し殺した笑いが聞こえた。気がした。
こいつらグルだ。カイジは天地が逆さになったような気分でそう思った。カイジの前に座っている一条が、背後でカイジがメモを見ていることなど分かりえない。たとえ分かったとしても、これが不正行為だという確証がなかったら、試験の真っ最中にそれを暴くなんてことはしない。
とはいえ、カイジに非があることはゆるぎない事実だったので、カイジはとりあえずその嵐に耐えた。試験問題を盗み出したことはばれておらず、カイジはただメモを見ていただけという認識がなされていたようだった。だから、カイジを乗せた奴らが何のとばっちりも受けていないことに対しても耐えた。関係の無いクラスメイトの軽蔑のまなざしなどは当然、仕方の無いことだ。
ところが、
「伊藤、一条に礼を言えよ」
最後の追試験の終了後、担任の教師がそういったので、は
…
?と、カイジは呆けた返事をした。教師は腕組みをしたまま続けた。
「一条がな
…
」
自分が見逃せば伊藤は進級できたはずだ、可哀相だから今回は追試の結果のみでこの件を判断してくれと直談判にきて
…
俺は感動した、お前はいい友達を持ったな、だから今回だけは、
延々と続く教師の言葉に対して、カイジは、いやいやいやいや、と心の中でつっこみ続けた。
教室に戻るとその一条がいた。一条はカイジの机に腰掛けながら、笑いを顔に貼り付けて「カイジくん、よかったじゃないか
…
」と抜かした。
「お前
…
なんなんだよ」
「何?って?」
一条は心底驚いたという顔で言った。
「効いただろう、俺の助け船」
「
……
」
効いたよ、十分、と、カイジが答える前に、一条はカイジの表情からそれを読み取ったのか、もう一度くすりと笑った。演技じみた笑いだった。
「よかったじゃないか、カイジは進級できるかもしれなくて、彼らも特にお咎めなしみたいで、万々歳だろ
…
」
「どけよ」
悪い、と、一条はカイジの机から降りる。共謀者がいると知っていると言うことは、やっぱりグルだったのか、とカイジは思った。何が悪いだクソ野郎。
「ばらしといて、直談判とか
…
お前の茶番の意味がわかんねーよ」
机の脇に置かれたほとんど空の鞄にペンケースだけ放り込み、カイジはぼやくように続けた。
「俺がカンニングで進級しようが、留年しようが、一条には関係ねえだろうが」
「関係?」
一条は細く整えられた眉を上げた。
「お前らみたいなクズどもが不正行為で俺の努力を踏みにじることに対して、関係ないと思うわけか、お前は」
カイジは言葉につまった。
「お前の進級を提言してやったのは確かに茶番だな。でも、教師間で俺の心象を良くする効果ぐらいあるだろ」
「
……
それだけか?それだけで
…
」
腑に落ちない。カイジはもごもごと繰り返しながら、待てよ、と思った。
カイジを乗せた奴らと一条がグルだったのならば、一条も盗んだ試験問題を見ることが十分にできたはずだ。一条ほどの成績のものがそんなことをする意味が無いとカイジは思い込んでいたが、カンニングの必要は無くとも、意味はある。事前に問題を見れば、一条程度ならば、当日の不正行為なしに満点ですら悠々と取れるだろう。
不正などするはずがない一条が、カイジ1人をスケープゴートとして教師に差し出せば、もうそれで騒ぎは終わりだ。あとは、カイジらの不正行為に盗難が絡んでいることだけ隠し通せば、すべてを無に帰す再試験はない。盗難が発覚すればカイジは停学では済まないだろうから、カイジからの告発もありえない。ましてや、進級が決まってしまえば、なおさら蒸し返すことではない。
「お前
…
見ただろ、問題」
「
……
」
一条はカイジを見た。
その目線に、背筋に氷か何かを入れられたような気分になる。
反射的に息を呑んだカイジを尻目に、一条はさっきまでと打って変わった楽しそうな笑顔で、クククと笑った。
「ばれたか」
「
…
ばれたかって
…
人のことクズ呼ばわりしやがって
…
」
「クズだろ
…
!俺は泥棒なんかしなくても
…
十分点数とれるように、毎日毎日努力してんだよ
…
」
「じゃあなんで」
「チャンスがあったから使っただけだ」
一条は手を広げた。沈むぎりぎりの夕日で赤茶けた教室に伸びる影が、大げさな動きをする。
「万全に万全を期すのは当然だろうが。進級も怪しい奴とは違って、あれは次のクラスの振り分けテストで、大学とかその先まで続くレースのチェックポイントの1個で、俺はてめーらと違って1回たりとも間違えられないんだよ
…
!」
は、と息をはくと、一条は広げた腕を落ろした。
「お前が進級できるのは俺のお陰なんだからな、覚えておけよ
…
まあ、カイジくんは《いい奴》だってみんないうし、大丈夫だろうけど」
一条はそう言い捨てて教室から出て行った。
足音が消えてから、カイジは一条の机を蹴飛ばした。大きな金属の音は校庭からの野球部の声と重なって間抜けに響く。
「どっちがっ
……
」
どっちがクズだ、と言いかけて、カイジはその独り言を飲み込んだ。乗せられて試験問題を盗んだ自分と、それを使った一条と、一体どれが、何がクズなのか、カイジには分からない。
一条の視線が残像のようにちらつき、カイジはこれをしばらく忘れられないだろうと思った。
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