めまめ
2023-10-31 22:32:59
20595文字
Public 穂荒
 

穂荒ワンドロワンライ まとめ

穂荒ワンドロワンライ様用に書いたお話のまとめ。全体的に加筆修正済み。ハッピーエンドではないものが含まれますので、ご注意ください。


第二十三回お題「相合傘」穂←荒が穂→荒になった話 ※「マフラー」「お茶」のお題の世界線の二人の続き。荒船君に恋人が居ます。こちらもハッピーではないのでご注意ください。

 穂刈の気に入りの傘は紺に近い深い青色の、折り畳みのわりに大きな傘だ。それなりに体格のいい穂刈をすっぽりと覆えるほど円が大きく、たとえもう一人傘に入ったとしてもくっついて歩けば濡れることはないサイズだ。
 もともとは、ビニール傘を愛用していた。透明だから雨が降っていても前方が見やすいし、どこでも手軽に手に入る。
 だがその手軽さは穂刈にとって良くなかった。出先で雨に降られるたびに、つい傘を買うようになってしまった。
 そうして家の傘立てをいっぱいにするくせに、持って出れば電車や飲食店に忘れてくる。何度目かのときに母親に「もったいない!」と叱られたのは苦い経験だ。ぼんやりしているように見える弟でもそんなことをしないのだから、穂刈はバツが悪かった。だから見かねた父親に折りたたみ傘を買ってもらってからは、雨の時季には常にカバンに傘を忍ばせていた。
 この傘の恩恵に預かるのは、なにも自分だけではない。同級生からは予期せぬ雨が降ってきたら穂刈のところに行けばなんとかなるとまで言われてる。荒船のことも、もう数え切れないくらいこの傘にいれた。
 
 穂刈は通学カバンから折りたたみ傘を取り出した。ちょうど防衛任務が終わった奈良坂に「雨が降ってきましたよ」と教えてもらったからだ。奈良坂の色素の薄い、トリオン体でもさらりとしていそうな髪の毛が確かに濡れていたので、雨脚は弱くなさそうだ。
 帰りの準備を整えた半崎達は、本降りになる前にと急いで帰ってしまった。作戦室に残っているのは穂刈と荒船だけだった。
「はいっていくか? 持ってきてねーんだろ、傘」
 言いながら、なんとなく緊張していた。雨の日に傘が無い相手をそう誘うのはなんらおかしくないはずだ。
 何を緊張することがあるんだ、今更。
 だが、以前とは少し違う。これまでの荒船は、穂刈が言い出さなくても我が物顔で傘に入ってきた。手元をどちらが持つかをジャンケンで決めるのがならわしだった。それが変わったのはいつからだったか。
 回転椅子に座り熱心にスマートフォンをいじっていた荒船は、顔をあげた。手の中に一度目をやったあと、穂刈を見つめ、やや間をあけてかぶりを振った。
「迎えにきてくれるみてえだから」
……わかった。気をつけて帰れよ」
 荒船は眉尻を下げる。そのままスマートフォンを片手にメッシュ素材の帽子をかぶり、「また明日な」と軽やかに作戦室を出ていった。
 ……普通に呼吸をしていたはずなのに、穂刈は何故かため息のように深く息を吐き出していた。気を取り直し壁掛け時計を見る。今から帰ればいい具合に夕飯の時間になるだろう。やることもとくに無いので帰るかと腰をあげ、出口で荒船達に鉢合わせしたら気まずいな、と思い直し、折りたたみ傘をひとまずデスクに置いた。

 荒船の恋人は、どことなく穂刈に似ているらしい。
 半崎は「似てますね」と言うし、だが加賀美の方は「似てないよ」と主張するから、面識のない穂刈にはけっきょくどっちなのか判らない。
「付き合ってる人がいる」
 緊張した面持ちの荒船にそう打ち明けられたとき、穂刈の口からは真っ先に祝福の言葉が生まれた。
 当時の穂刈には彼女が居た。手編みのマフラーだとかその後に控えたカップルらしいイベントに浮かれていて、荒船も同じような幸せを手に入れたのだと思うと心底嬉しかったから。
 荒船は、受け入れられて安堵したのか、
「ありがとな」
 と、笑った。それは穂刈が今まで一度だって見たことがないほどの、きれいな笑みだった。
 それから数ヶ月経った頃に、穂刈と彼女とのあいだによそよそしい空気が漂うようになった。彼女はデート中にひどくつまらなそうな顔をする。理由を訊いても「自分のことがわからないのね」と大人びた顔で言われてしまう。原因は何だろうかと悩んでいるうちに連絡を取り合う頻度が少なくなり、自然消滅する前に彼女の方からはっきり引導を渡された。
「私たち別れたほうがお互いのためになると思う」
 穂刈は、それを否定できなかった。
 
 まだ、こんなところにいたのか。
 迎えに来るのが遅れたのか、荒船とその恋人は本部を出て間もない穂刈の肉眼でも確認できるところを歩いていた。むこうは透明なビニール傘ひとつに身を寄せあっている。あましずくがモザイクのようになっているが、荒船の後ろ姿を見間違えるわけがなく、穂刈は歩くペースを落とした。
 車が通るたびに水しぶきがあがる。雨によって交通量が多くなっているこの道は、荒船の家に向かうのには遠回りだ。ならばわざと、遠回りをしているんだろうか。仲睦まじく少しでも一緒に居たいのか、あるいはどこかに寄り道をするのか。
 傘と地面の隙間から、こっそり様子を覗く。
 どうやら恋人の方が傘を差してやっているようだ。肩が濡れないように、荒船の方にわずかに傾けられた傘。穂刈がそうすると「おまえが濡れるだろうが」と怒ったくせに。前を向きつつ水たまりを避けるが失敗した。じわじわ靴下が濡れていく不快さに、舌打ちしたい気分になる。
 荒船と肩を並べる例の恋人が自分に似ているかなんて、傘越しには判別がつかない。知りたくもないと思った。手のひらから零れていくような空しい感覚も妙だった。ただひとつ穂刈にわかるのは、この折りたたみ傘は、もう荒船に必要がないということだけだ。
 透明な傘の下で顔を寄せあう二人を見ていたくなくて、穂刈は雨がやんでも青い傘を畳めなかった。