めまめ
2023-10-31 22:32:59
20595文字
Public 穂荒
 

穂荒ワンドロワンライ まとめ

穂荒ワンドロワンライ様用に書いたお話のまとめ。全体的に加筆修正済み。ハッピーエンドではないものが含まれますので、ご注意ください。


第十七回お題「隊長」

 荒船さんがオレたちの隊長になってくれたらな。
 それはボーダーではよくある、ささいなひと言だった。   

 会議終わりに立ち寄った訓練場で、見知った顔を見かけた。何日か前に射撃時の姿勢について助言したC級隊員だったので、調子はどうだ、だなんて荒船から声をかけた。そこにちょうど東もいて、自主練を終えたらしい穂刈がのそのそと合流する。C級隊員の青年は続々やってくる年上で上位の隊員に怯んだようだが、その後は物怖じせず東達を質問責めし始めた。緑川ほど砕けた口調ではないが、ひたむきで素直な態度に東も穂刈も好感を持っただろう。
冗談も交えつつ、穏やかで実のある時間だった。四人で輪になって話しているうちに、いつかは自分のチームを組みたいが人を率いる自信がない、と青年がこぼし、荒船は人に教えるのがうまいだとか、キャプテンシーとは何か、とかそういった話題に移っていった。青年はその時にふと、「荒船さんがオレたちの隊長になってくれたらな」と言ったのだった。
 ボーダーではよくある口上だ。媚を売るとまではいかないが交流を深めるためのコミュニケーション。荒船はそれを後輩達なりのかわいいおべっかだと思っている。実際、幾度となく勧誘されてきた。そこに本気がうかがえる場合は相応に返すが今回は確実に違う。この前も、今日だって隊長経験者に熱心に話を聞き回っていた青年が、簡単に隊長職を諦めるはずがないのだ。だからこのリップサービスに対して返す言葉も決まっていたのに。
 口をひらくまえに突然横から、
「悪いが」
 と、口を挟まれる。穂刈だった。荒船が喋るのを遮るような真似は珍しいと思った。なんとなく場が静まる。注目を浴びている穂刈は、前置きしたくせに、全く悪びれた様子もなく、平然としていた。
「うちの隊長なんだ、こいつは」
ぐい、と後ろ襟ぐりを引っ張っぱられた。当たり前だが首がつまって苦しい。荒船は穂刈の手を思いきりはたき落としてやった。
 何でおまえが答えるんだ、という気持ちも込めながら。

 あのあと、東は心底おもしろそうに吹き出した。笑いながら、
「ああ、いやわかってるよ。別に本気で荒船を引き抜こうって訳じゃない。な、おまえもそのつもりだっただろ?」と呆気にとられている青年の肩を軽く叩いていた。青年は何度も何度も頷いていて、かわいそうになってしまったくらいだ。穂刈の方も、我に返ったように謝罪していた。
 穂刈は作戦室に向かう廊下で、荒船の二、三歩後ろをトボトボ歩いている。話しかければ返事をするが覇気も無い。しかも普段なら肩を並べて歩くくせに頑なに目すらあわせようとしない。本当に今日は珍しいことばかりが起きる。それが新鮮で、荒船はついちょっかいをかけたくなってしまった。
 すぐ近くの壁に備え付けられた認証パネルにトリガーをあてる。情報の読み取りが始まり、会議室のロックが正常に解除された。もちろん使用中のランプは点いていない。「荒船、おい」荒船は自動扉が開くのと同時に暗い部屋に身を滑り込ませる。
 誰もいない会議室はほこりっぽくて、気分が良くて、電気をつける間すら惜しかった。
「どうしたんだ、急に」
 すぐに自動扉の向こうから光が差し込む。廊下の明かりを背負う穂刈には驚きが滲んでいるが、突拍子もない行動が荒船自身の危険に繋がらなければ文句のひとつも言わない。この男はいつからいつまで、こうなんだろうか。
 ぷしゅ、と空気の抜ける音とともに室内が暗くなる。誘導灯のおかげで真っ暗闇にはならないが、近づかなければ顔が認識できない程度には暗かった。
「な、穂刈。さっきの何だよ」
 荒船が詰め寄ったために背中が扉がぶつかったであろう穂刈は、顔を真横に向けたまま目も口を引き結んでいる。黙秘させてくれと全身で表現しているらしい。
「おい、聞いてんのか」
「うるせーぞ、テツ君」
「俺をそう呼んでいいのは、家族とカゲんとこのおばさん達だけだ」
「そうだったな」
 頭突きをするように、帽子のつばでこめかみあたりを小突いてやった。穂刈は目玉だけをこちらに寄越して、たいして思ってもないくせに「痛いぞ」と律儀に言う。しかし、浮かべている表情はなんともバツが悪そうだった。
「隊長命令だ。なあ、ちゃんとこっち向けって」
「職権乱用しやがる」
 命令、なんてわざわざ言葉にしたことも使ったこともないのに、「命令」という言葉に呼応するように穂刈の黒目に火花が散った気がした。それはまるで熾火おきびのようだった。
 一瞬の間のあと穂刈はふう、と大きく長くため息をついた。真正面に向き直り、それから荒船の肩にあごを預けて力無げに寄りかかってくる。どうしたって顔は見せたくないらしい。それで言いやすくなるならそれでも良かった。
「言えよ」
……オレは反省してるんだ、年下相手に大人げなかったって。あんな態度……東さんも居たのによ。だからあんまりいじめないでくれ、隊長」
 穂刈は荒船を抱き込むように背を丸めている。その煮えきらない態度。耳の裏のあたりで聴こえる、どことなく拗ねた声音。荒船の疑念が確信に変わる。
「穂刈……おまえもしかして、妬いてたのか」
「そりゃそうだ」
 ぐっと肩を掴まれる。寄せ合っていた身体を離され、今度はしっかり顔を覗き込まれると、穂刈のほうが背が高いのに見上げられている感覚になった。
「オレの隊長だろう、おまえは」
 咎めるでも非難するでもない。忠義も忠誠も何も無く、ただそれが世の中のことわりみたいに言う。だから荒船は、この男を裏切るような真似はしたくないし出来ないな、と思った。
 穂刈はすぐに、
「いや、オレたちだな」と訂正したが、そんなこと言われなくても当たり前だ。荒船は最初から隊長だ。皆でそう決めたのだから。
 薄暗い会議室で、誘導灯のかすかな光を集めて波間のように発光しているものがあった。荒船隊の隊服の、唯一の白。荒船は両肩を掴まれたまま、穂刈の襟もとをなぞる。穂刈は壁に寄りかかって、荒船のやりたいようにさせていた。
 学校のブレザーよりも着慣れた隊服。黒くてシンプルで格好が良い。作戦室だってそうだ。各々が詰め込んだせいで雑多としているが、おもちゃ箱のような部屋。
 今日もそこで、加賀美は画材かなにかをたくさん抱え、半崎はアイスでもつつきながら二人の到着を待っている。
 隊の結成当初から隊長だった。そして、駆け抜けたさき、荒船が隊服を脱ぐその日まで。
 黒い隊服に引かれた白線がゴールテープに見えて、荒船はそっと目蓋をおろした。