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めまめ
2023-10-31 22:32:59
20595文字
Public
穂荒
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穂荒ワンドロワンライ まとめ
穂荒ワンドロワンライ様用に書いたお話のまとめ。全体的に加筆修正済み。ハッピーエンドではないものが含まれますので、ご注意ください。
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第五回お題「お茶」「マフラー」穂←荒
※穂刈君に彼女がいます。ハッピーではないのでご注意ください。
イヤホンから流れる音楽に身を任せていると、遠くから男が走ってくるのが見えた。それはどんどん近づいてきて、目の前に来る頃には、男はすっかり息を切らせていた。
「待たせて悪い、荒船」
荒船はイヤホンを通学鞄にしまいながら声の主を見上げた。学ランを着た穂刈は、額に滲んだ汗も拭わずに謝っている。
「事前に連絡貰ってたし、気にすんな。とりあえず座れよ」
到着を待つにあたり困ったのは、石で作られたベンチが硬くて冷たかったことくらいだ。待つ時間自体はべつに苦にならなかった。
荒船は体を横にずらす。ベンチに一人分座れるスペースができると、穂刈はほっとしたようにそこに体をおさめた。走って体温が高くなったんだろう、温もりに誘われて穂刈の方へ少しだけ距離を詰める。そばに寄るとやはり暖かかった。
「先生に捕まっちまってな、学校出る直前に」
「何やらかしたんだよ。もしかして説教か?」
「違う。ただ忘れてただけだ、ノートを提出するのを」
「けっきょく駄目じゃねえか」
穂刈は巻いていたマフラーをゆるめている。学ランの詰め襟を指で引っ張って、少しでも服の中に風を取り込もうとしていた。黒い前髪の先が汗で束になっている。穂刈は息を整えつつ、それから思い出したように自分のリュックを漁り始めた。
「待ってるあいだ寒かっただろ。奢らせてくれ、遅刻した詫びとして」
差し出された大きな掌には、小さなペットボトルが握られていた。こちらに向かう途中に買ってきたらしい。マメなやつだと思った。そして、こういうものは辞退するほうが相手に気を遣わせる。だから荒船は礼を言ってペットボトルを受け取った。
プラスチック容器はじんわり温かい。冷めないうちにと勧められて蓋をまわせば、ぱきっと小気味良い音が鳴った。ひとくちずつ、ゆっくり飲んでいく。飲み慣れた味だ。寒さで固くなった体がほぐれていくような気がした。
「いつも飲んでるやつにしといた、作戦室で」
穂刈の言う通り、荒船が好んで飲むメーカーのものだった。ペットボトルに詰めて売られている緑茶の中では一番好きな味で、しかしそれをわざわざ言った覚えは無かった。
「
……
よくわかってんな」
「できた隊員だからな、オレは」
同僚でも友達でも、共に過ごすうちには味の好みは分かってくる。荒船だって半崎達の好物を知っている。至って普通のことだ。なのに、得意げな顔もせず、穂刈から当たり前のように渡された自分好みの緑茶に、荒船は浮ついた気持ちになる。
「まだ寒いなら貸すか? マフラーも」
「汗がひいたらおまえも寒くなるだろ。そのまま巻いとけよ」
荒船がカイロ代わりとしてペットボトルを首にあてていると、穂刈はマフラーを譲ってこようとする。防寒対策をしっかりしていない荒船が風邪をひくのは自業自得だというのに。お互いに、おまえがつけろ、とじゃれあいに発展しかけたところで、学ランの黒の上に巻かれた鮮やかな赤が荒船の目を引いた。穂刈の持ち物であまり見かけたことがない色だ。
「そういや、珍しいな。その色」
マフラーを指差す。穂刈は、ああ、と頷いた。
「編んでくれたやつだからな、彼女が」
やけにはっきりと、その単語が耳に残った。
穂刈に彼女がいることは知っていた。つい最近も加賀美にどういった経緯で付き合ったのかと質問責めにされていて、荒船もそれとなく会話に加わった。恋人について満たされたように話すのを羨ましいと思う反面、どこか現実味がなかった穂刈の彼女という存在は、手編みのマフラーによって実証された。
「彼女、」
「ああ。本当はクリスマスプレゼントとして用意してたらしいんだが。もうくれたんだ、思ったより早く仕上がったからって」
運命を冠する糸の色は、赤い色をしているという。赤い毛糸のマフラーはおそらくそういう祈りが込められたものだ。穂刈は愛おしげに目を細めていた。きっと彼女のことを思い出しているんだろう。
「
……
そんな大事なもん、他の奴につけさせようとすんなよ。馬鹿」
「まあ、そうだけどよ。寒そうだったからな荒船が」
穂刈は優しい男だった。半崎にも紅一点の加賀美にも気が遣える。荒船の足りないところをいつもカバーしてくれる。穂刈は今後も荒船に平等の優しさを分け与え、彼女に特別な慈しみをみせるのだろう。
荒船は手の中でペットボトルを転がした。
もやもやとして苦しかった。喉がつかえる。今まで感じたことのない何かが忍び寄ってくる。
「そろそろ行くか。間に合わなくなっちまうだろ、映画の時間に」
穂刈はすっと立ち上がった。
すると右隣がぽっかり空いて、冬の風が吹き付ける。さっきよりもいっそう寒さを感じた。荒船はぶるりと震えてから、ズボンのポケットにペットボトルを突っ込んだ。穂刈はマフラーをなびかせながら荒船が来るのを待っている。しかし穂刈の持つ赤い糸の先は、荒船ではなく彼女に繋がっている。
荒船はついに、名も知らぬ彼女のことを羨ましいと思ってしまった。空気は乾燥している。なのに目だけが湿り気を帯びていく。
「いま行く」
ペットボトルの温もりが、凍えていく荒船の心をわずかに慰めた。
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