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めまめ
2023-10-31 22:32:59
20595文字
Public
穂荒
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穂荒ワンドロワンライ まとめ
穂荒ワンドロワンライ様用に書いたお話のまとめ。全体的に加筆修正済み。ハッピーエンドではないものが含まれますので、ご注意ください。
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最終回お題「誕生日」人生の幕が降りる日まで一緒にいそうな二人。
荒船は空を飛ぶのが好きだった。遠ざかる空に吸い込まれるような不思議な感覚と、他からは得られない爽快感を気に入っていた。
狙撃手は高い場所に位置どるものだから、ランク戦は最も適したタイミングなのだ。荒船はトリオン体であるのを良いことに、隙を見つけては宙へと踏み出した。
飛び降りるのはあくまで移動手段、回避行動のひとつだ。だが、ささくれだった気持ちを鎮めるための儀式になっていたのも事実で、いつの間にかつけられた「アクション派」というあだ名は荒船にとって都合のいい隠れ蓑になった。他人からしたらそう見えるのか、と感心すらした。
穂刈の何か言いたげな表情にも気がついてはいた。説得なのか同意なのか、どれを言おうとしているのか判断できなかったが、意味もなくビルから飛んだ日は、真っ黒の両目で穴があきそうなくらい荒船を見つめてきた。
打ち捨てられた一軒家の塀は、ところどころが崩れて鉄筋が剥き出しになっている。復旧作業が進んでいる地区とはいえ、近界民に襲撃された傷がすべて消えたわけではない。
いち、にい、さん。
荒船は頭の中でリズムを打ち、そこを綱渡りのように歩く。目隠し用の塀はそれなりに高さがある。万が一足を滑らせでもしたら、無傷では済まないだろう。
「おい酔っぱらい」
「酔ってねえ」
荒船は反射的に返事をした。前後不覚になるほど飲んでいない。本当だ。二日酔いの頭痛など味わいたくないから、量もペースもしっかり調整した。だが自分がふらふらとおぼつかない足取りになっていることも、悔しいが自覚していた。
ご、ろくなな、
……
はち。
荒船の足が止まる。よろけてリズムが乱れてしまった。道路を歩く穂刈も同じように歩みを止め、呆れたように見上げてくる。
「
……
酔ってねえからな」
「分かった。いい加減降りてこい、危ねーから。酔って誕生日に怪我したんじゃ笑われるぞ、あいつらに」
穂刈は両手をいっぱいに広げている。まるで、受けめてやるといわんばかりに。
荒船が黙ったままでいると、穂刈はさらに胸を張った。
いつの頃からか、穂刈が下で待ち構えるようになった。危なげなく着地する荒船をただ待つだけだった男が、次第にこちらに向けて両手を伸ばし、抱きとめ、その腕がトリオン体から体温を持った腕に変わるのにそう時間はかからなかった。荒船の平熱が低いわけでもないのに、穂刈はみょうに熱かった気がする。
体温の差に違和感を覚えたこともあったが、戯れに寄りかかったり身を寄せて眠っているうちに、己の一部のように馴染んでいった。それから飛び降りるのをやめた。
現役の戦闘員で居続けるのにはトリオンが足りなくなってきたなと、荒船はうすうす気が付いていた。だから自分の固めた理論の成果が安定していくのをエンジニアとして見届けてから、ボーダーを退職した。心残りなどあるはずもなかった。
本部に保管されている電子マニュアルに、荒船の名前は残されていない。あなたの功績なのに本当にいいのかと上層部から口々に驚かれたが、そこに固執していなかったので、やはり首を横に振った。
退職届を出した二ヶ月後にボーダーともトリオンとも無縁の一般企業で働き始めた荒船を、すべてにおいて切り替えが早すぎる、と友人たちは笑っていた。
退職した荒船とは反対に、穂刈はボーダーの本部所属の人間になった。僅かながらに役職が与えられたらしく、ラフな普段着での出勤からスーツに切り替えると言い出したのもそのあたりだ。
スーツもネクタイも荒船の方が先輩だ。だからネクタイの結び方を教えてやって、着るものに案外こだわりのある穂刈に似合いそうな靴も見繕った。
穂刈はそのうち狙撃手の指導にも携わるようになり、
「人に教えるのは難しいな。おまえみたいうまくいかねーんだ、完璧なマニュアルがあるっていうのによ」と、荒船の選んだスーツを身に纏いロックグラスの氷を揺らして苦く笑ったと思えば、最終的に酔いつぶれていた。そんな相棒の珍しい姿を、荒船は誇らしく思っていた。
そうやってボーダーに熱心に身を捧げる理由を、訊ねたことがある。荒船隊のときですら、穂刈から任務に対する情熱をそれほど感じたことはなかったから。
穂刈は荒船と同じ方向を向いてはいたが、自惚れでなければこの男の関心はボーダーよりも荒船にあったと思う。
だから穂刈の家の、無駄に大きくスプリングがへたっているソファに座りながら質問してみたのだ。タイミングにとくに意味は無かった。
穂刈は意外そうな顔をして、なのにそれほど考えた様子もなく、
「荒船がやり遂げたものを見てたいんだ、もう少し」
そう言った。
あいかわらずおかしな男だ。荒船は缶ビールを飲み干してから、たしか「そうかよ」とだけ返して、テレビに目を戻した。ちょうど映画の終わりを告げる配給会社のロゴが出てきた。穂刈も、同じ画面を眺めている。
――
他者の人生の黄金期に、自分の生きてきたかけらが影響を及ぼしているのを知り、荒船はなんとも言い難い気分になった。
観ていたのはホラー映画だったのにおかしい。荒船は鼻を啜った。こっそり目を閉じつつ、部屋の照明を落としておいて良かったとしみじみ思った。
荒船は塀の上で立ち尽くしながら、ぐるりと周囲を見渡した。目線の高さでいえばせいぜい二階建てくらいか。なのに、見下ろす地面がとてつもなく遠くに感じた。昔はもっと目の眩むようなビルからジャンプしていたはずなのに。
ふいに、恐怖を感じるのは人間にとっていいことだ、と東が言っていたのを思い出す。ならば今の荒船は昔より人間らしくなったのだろうか。
怖気づく前に穂刈と目があう。穂刈は何も言わなかった。ただ手を広げて、荒船が飛び込んでくるのを待っている。荒船隊だった男。切れ長の目。そいつがスコープを覗きこむ姿が頭をよぎる。彼は、いつだって荒船の良き相棒だった。
――
なんだ、いつも通りじゃねえか。
穂刈が荒船を取りこぼしたことなんて、一度だってない。
「いくぞ」
へりにつま先をかける。踏み込んで、飛ぶ。
無謀で、懐かしい浮遊感。内臓が浮くような感覚。恐怖が体中に染み渡る前に、ほとんどぶつかるようにして太い腕の中に落ちた。その衝撃に息が詰まり、思わずえずきそうなる。
誕生日だからと元チームメイトが揃った食事会は、やはり飲みすぎていたようだ。まるであの青く美しい日々に戻ったようでつい浮かれてしまったのだ。
にわかにうめき声をあげた穂刈は、よっ、という掛け声とともに荒船の身体を抱えなおしている。荒船もバクバクと震える心臓を宥めながら、全身を使ってしがみついた。
「あー、酒くせぇ」
「おまえもな」
「お互い様か。つかこれよ、子どもの抱っこみてえでカッコ悪くねえか?」
「見てねーだろ誰も。安全第一だ。それよりちょっと重くなったんじゃねーか、荒船」
「あ? ふざけろ。おまえが衰えたんだろうが」
抱きしめられたまま、ゆっくりゆっくり振り回される。何だこれ、と思わないでも無かったが、穂刈がなんだか楽しそうなので、荒船はなすがままにいた。
時おりたたらを踏んで、その度に声をあげて、まるで下手くそなダンスだった。
荒船はそのときやっと確信した。穂刈の方が酔っていると。
調子が上がってきたのか機嫌が良いのか、回転が早くなっていく。酒の匂いも分からないくらい風を切る。
きれかけの街灯の光が流れ星の軌跡のように流れていくと、目がチカチカした。
「待て、酔う酔う、」文句を言うと、穂刈が「怖いのか」と煽ってくるから年甲斐もなく騒いだ。
寂れた街にわん、と二人分の声が響いても、咎める人間は居ない。荒船は、いつか三門にもっと人が戻ってきてほしいと思った。
年を重ねて変わったことがある。
荒船は映画を観て涙ぐみやすくなった。量を見誤らずに酒を飲めるようになった。空を飛ぶことが、できなくなった。
年を重ねても変わらないものがある。
荒船は犬があいかわらず苦手だった。アクション映画は今でも好きで。それから、
「穂刈! いい加減とめろって! 目ェまわってきた
……
聞いてんのか、おい!」
「ハッピーバースデー! 荒船!」
目じりにひとすじシワが刻まれた男は、変わらない笑顔を荒船に向けている。
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