旅と夢の狭間にて

FF14の二次創作です。
暁月のフィナーレ(6.0)までのネタバレを含みます。


 アゼルはシルクスの狭間を目指していた。
 銀泪湖の東、クリスタルタワーの基底部と湖岸に突き出た崖の合間。湖畔で借りた舟に乗り、奥へ奥へと進んでいく。
 櫂を漕ぐ間に、彼は先ほどのやりとりを思い返していた。
 あなたらしい、か。
 アリゼー達が笑う様子が蘇り、思わず口の端が上がる。
 レヴナンツトールの空の下、皆がこれから目指す場所を語る中で、彼が金色の軌道の先に見つけたそれは――
「風と心の向くままに。ゆっくり、また世界を旅して回りたい」
 他の皆と比べると随分呑気なことを言っている。自覚はあったが、それも含めて自分らしいということなのだろう。
「まずはクリスタリウムへ行ってくるよ」
 あの時、太陽の光を浴びて輝くクリスタルタワーが、まだ目指すところを定めていない己に向けて手招きをしているように見えたのだ。
 塔の膝元からはノルヴラントへ転移することが出来る。ならばリーンと会って、終末を巡る旅の結末を彼女に伝えたい。
 光の巫女であった彼女ならば、既に事態が終息を迎えたことを察知しているかもしれない。それに加えて、妖精王を通じて事の顛末があちらの世界にも既に伝わっているような節はある。だが、たとえそうだとしても、彼女との縁を思えば直接会って話をするべきだろう。その手段は未だこの手に残されている。
 舟が着岸した。 
 シルクスの狭間。ここ原初世界と、十三の鏡像世界の一つである第一世界との接触点。とある装置を用いて、アゼルだけが二つの世界を行き来することができる。
 待機していたガーロンド社の常駐員から装置を借り受け、少し離れた所で起動した。
 耳鳴りがして、空間が歪んでいく。
 目的地はレイクランド。その東の山脈に座す、大いなる水晶の塔へ。アゼルは跳んだ。

 突如、宙へ放り出された。
 少々前のめりになっての着地。体勢を整え、ゆっくりと一歩、二歩。歩いた足に伝わってくる大地の感触に人心地がつき、息を吐いた。
 世界の境界を越えるのはこれで何度目だったか。この感覚と、転移後に残る酩酊感には未だ慣れることができない。それらを深い呼吸で振り払いながら、アゼルはゆっくりと辺りの様子を伺った。
 水晶で造られた壁。それを縁取る金属のフレーム。床には天球を模した文様が描かれている。空間を構成する青と金の美しいコントラスト。
 間違いない。ここは第一世界のクリスタルタワー内部。星見の間だ。
 主不在の部屋に人の気配は感じられない。痛いほどの静けさだけが横たわっている。
 誰もいないこの部屋は、こんなにも静かだったのか。そう思うと心寂しさがこみ上げてくる。前回訪れた時には気が付かなかった。あの時は、その余裕もなかったのだ。
 天井を仰ぎ見て、その先に今も佇む「彼」のことを想う。しばらくそうして、星見の間を後にした。
 ドッサル大門の前に立ったアゼルは、荘厳な扉に手を掛けて、力を込めてゆっくりと押し開いた。重い音が辺りに鳴り響く。
 扉の向こうに現れたのは、煉瓦の赤、石の白、黒鉄のアクセント。結晶材の鮮やかな青が、陽の光を通して柔らかな色を街に降らせている。それぞれの色彩が見事に調和した、絵画のように美しい景観。クリスタリウムの街並みだ。
 降り階段に足をかけると、冷涼な風がアゼルの頬を撫でていった。
 湖水地方の気候は温暖だが、時折湖からやってくる風が冷たさを運んでくる。それはモードゥナのものとよく似ていた。異なるのは、風の中に漂う匂い。鼻を刺激する野生の芳香は、レイクランド特有の白い土と紫色の植生に由来するものと、そこに根ざした生命の営みから生じたもの。
 初めのうちは違和感を拭えなかった。慣れるまでにも時間を要した。これが、世界を越えるということなのだろう。
 しかしノルヴラントの夜を取り戻す旅を経て、アゼルはこの風に郷愁を覚えるほどになっていた。

 彼の名はアゼル・アッシィ。長い獣耳を持つヴィエラ族の冒険者。
 神殺し。エオルゼアの英雄。紅蓮の解放者。終末を払いし者。旅の足跡と共に付いた異名はいくつかあるが、このノルヴラントの地においては夜をもたらした者――闇の戦士と呼ばれている。
 日に焼けた肌に赤土色の毛並み。毛先に混じる灰色が風に揺られている。眼鏡越しに見える瞳の色は、左右で異なる昼と夜の二色。落ち着いた佇まいと顎に貯えた髭が年嵩の印象を与えるが、目元にはどこか少年の面影を残している。
 学士の意匠が施された紺地の外套。腰に携えた戦術魔導書。ニーム由来の軍学者の出で立ち。エクセドラ大広場を往くその姿を、ヒュム族の子供が見つけ「闇の戦士のお兄ちゃんだ!」と声をあげた。
 ぶんぶんと手を振る子供に手を振り返していると、周囲も気が付き次々とアゼルに声をかけた。
 「おかえりなさい」「よく来たね!」「あとで一杯やろうぜ」「うちの店にも寄って行ってよ!」
 懐かしい顔ぶれを前にすると笑みが零れた。街の人々と挨拶を交わしながら円蓋の座を通り過ぎ、アゼルはテセレーション鉄橋へ向かった。
 街の外へと続く黒鉄のアーチの群れ。山間に架かる橋は頑丈な作りだ。カン、カン、カンと靴が鉄を踏む音が辺りに響く。
 橋を渡った先は、レイクランドの東西を貫く街道。その入口に従者の門と呼ばれる検問所があった。周りには、魔物や危険な野生生物に備えて巡回中の衛兵団員の姿がいくつか見えた。
 門の手前、彼らの詰め所を訪れたアゼルは、目当ての人物を見つけてその後ろ姿に声をかけた。
「こんにちは、ライナ」
 長い耳、白銀の毛並みを持つ女性が振り返った。動きに合わせて赤いマントが鮮やかに翻る。
「アゼルさん! こちらにいらしていたのですね」
 彼女は思いがけない人物の来訪に声を弾ませて、軍靴を高らかに響かせながらアゼルに駆け寄った。
 クリスタリウム衛兵団長のライナ。彼女は、かつて第一世界を脅かしていた罪喰いたちを討滅するため共に戦った仲間だ。
 この世界に夜を取り戻し、暁の血盟一行が原初世界に帰還した後も、ライナは変わらずにクリスタリウムの防衛と治安維持に心を砕いている。
 前回再会した時もそうだった。
「前にアゼルさんがいらした後にリーンさんから伺ったのですが、終末という災厄の件はどうなりましたか?」
 真っ直ぐな瞳がアゼルに問いかけた。世間話もそこそこに単刀直入に切り出すのが彼女らしい。その胸の内に、水晶公の記憶を持つ「彼」を心配する気持ちが含まれているのが感じ取れた。
「ああ、なんとか無事に解決したよ。今日はリーンにその報告をしようと思って来たんだ」
「それはよかった。こちらも私の知る範囲では異常な現象は起きていなかったと思います。そちらは、その……あの人は、お元気でしょうか?」
「ああ。大きな困難を一つ乗り越えて、今は新しい目標に向かって動き始めたところだ」
 クリスタリウムへ行くならライナ達によろしく伝えて欲しい。アゼルがグ・ラハから預かっていた言葉を伝えると、ライナは胸の上で手を重ね、大切なものを仕舞うようにして掻き抱いた。
「よかった」と囁くような声をアゼルの耳が捉えた。
「リーンさんに会いに来たということでしたね。あいにく今日は私もまだ姿を見ていないのですが、よければ心当たりを探してきましょうか?」
「いいのか? キミがここを離れても」
「大丈夫です。あなたの力になることに異を唱える人間はここにはいませんよ」
 微笑みながら「あなたはこの世界を救った闇の戦士なんですから」と続けるライナ。周囲の団員もうんうんと頷いている。
 どうにも背中にこそばゆさを覚えるが、ライナの申し出はありがたい。以前もリーンとの面会は彼女が取り次いでくれたのだ。
「ありがとう。実を言えば、今回もライナの力を借りたいと思っていたんだ」
「ふふ、光栄です。少々時間をいただくかもしれませんが、それでもよろしいでしょうか?」
「もちろん構わない」と頷くアゼルに、ライナは三つ提示した。
 はじめに、部下に引き継ぎをしてから心当たりの場所を探しに行くという旨。続いて、時間がかかる可能性が高いため、ペンダント居住館の居室で待っていて欲しいという旨。最後に、リーンが街中で見つかれば居住館へ直接向かわせ、見つからなければ伝言を届けるという旨。
 アゼルはそれらを承諾した。
「わかった、お言葉に甘えて居住館で待たせてもらうよ。本当にありがとうライナ。リーンのこと、よろしく頼む」
 風を切り両手を胸の前で並行に構え、クリスタリウム衛兵団式の敬礼をするライナ。改めて彼女に謝辞を述べたアゼルは、踵を返して再び街へ戻って行った。