07.欲するもの手に入らず、失うのみ
今はまだ平和な田舎町だからだろうか、思っていたより、刑事にも休みはあるようだ。
「なんかすみません、折角のお休みなのにまたもやお世話に
………」
「いいのいいの、別に仕事じゃなくて僕が気になるから勝手に付いて来ちゃっただけだし。
むしろ僕がいて買い物の邪魔にならないかなとは思うけど」
「いえそんな、滅相もない」
3月25日、昼。
三琴は足立と沖奈市に来ていた。
「しっかし、本当に災難だったねぇ
……川に突き飛ばされるだけじゃなく、携帯まで壊れちゃうなんて」
「いやー
……まぁあの状態で水没してなかったら奇跡ですし、無理もないというか」
ははは、と乾いた笑いを貼りつけながら言う
三琴の手には、先日まで持っていたのとは違う携帯が握られている。
昨日昼過ぎに不慮の事故で川にダイブした結果、彼女は全身ずぶ濡れになるという不幸を被った。
さらにその時運悪くポケットに入れていた携帯も当然の如くすっかり水没して、まったく機能しなくなってしまった。
そういうわけで、その翌日である今日、丁度非番だったという足立の申し出により、携帯を修理に出すためはるばる沖奈までやってきたという運びである。
(正直修理代の出費は痛い
……というか洋服なんかも買わなきゃこれから明らかに足りなくなるよなあ
……)
さて、どうやってやりくりしたものか。
バイト探しも視野だが面倒だな、なんて考えながら歩いているうちに、賑やかな電子音が聞こえて思わずぴたりと足を止める。
見ればそこは丁度映画館の入り口付近、何台かのクレーンゲーム機が並べられている。
(そういえば、ここは無印とゴールデンどっちの方なんだろう)
バイクで沖奈に行けるのはゴールデンの方だからクレーンゲームができるのはゴールデンだけど、無印の方で沖奈にクレーンゲーム機がなかったという描写はされていないから、もしかすると両方にあったのかもしれない。
とすれば、ここがどちらの世界なのかを知る決定的な証拠となるものは新キャラがいるか否かで、しかし新キャラのマリーに会える機会はあるのだろうか。
そんな風に考えを巡らせていると、ゲーム機から今度はまた違う騒がしいBGMが流れてきて、思わず思考を止められる。
寄っていってと誘われている気がした。
「
……、すみません、ちょっと見ていってもいいですか?」
「ん?あぁ、どーぞどーぞ。僕に構わず好きなところに寄ってよ」
足立を振り返って断りを入れてから
三琴はクレーンゲーム機の前にふらりと足を向けた。
「今大人気のカエル人形入荷!早い者勝ち!」というPOPが貼りつけられたガラス張りのゲーム機の中を見ると景品は実に様々で、可愛らしいぬいぐるみからよくわからない怪しげな物体まで山積みになっている。
(結構楽に取れそうだな
………)
少し見ていくだけ、と思って立ち寄ったのだが、そう思うと
三琴はゲームをやりたいという気持ちと節制しなければという気持ちの間で葛藤を始めた。
取りたいものではなく、取れそうなものを取る。
いつもそう決めてクレーンゲームをやる彼女だが、逆に取れそうな景品があればそれがいらないものであってもやりたくなってしまうという癖ができてしまっていて、こういうことは以前からよくあった。
(い、一回だけ)
葛藤の末、節制の方が譲歩したらしい。
言い聞かせるように心のなかで呟くと
三琴は財布を取り出し100円玉を投入口に入れた。操作ボタンがぴかぴかと光る。
横をこれくらい、縦はここ、で、たぶん。
クレーンがゆっくりと降りていくさまをじっと見守る。
「わ
……!平和島さん、クレーンゲーム上手いねー!」
「、
……あ、ありがとうございます」
背後から足立の感心したような声が聞こえて、
三琴は少し気恥ずかしさを覚える。
狙いは上々、クレーンは景品口の直ぐ手前に配置されていたぬいぐるみに引っかかるようにして上がっていき、その勢いで見事ぬいぐるみは景品口に転がっていった。
一度で取れたときはやはり嬉しくて、取ったぬいぐるみを拾い上げ
三琴は小さく笑った。
その
三琴を見て足立は何か思いついたような顔をすると、ポケットから財布を取り出し始めた。
「よーし、じゃあここはひとつ、おにーさんもやってみちゃおうかな。
平和島さん、何か欲しいやつない?」
「え、
……うーん、じゃあ、あれで」
「あの水色のね、わかった。まぁ見ててよ!これでもこういうのは得意だったんだから」
(
……あ、たぶんこれ取れないフラグだ)
得意げに言う足立を見て、
三琴は何となく確信した。
*
「はぁ
……参ったな、カッコ悪いとこ見せちゃったよ。平和島さんはホント上手いんだね」
「はは、そんなことないですよ。たまたまです、足立さんが取りやすいとこに動かしてくれただけで」
「またまた、謙遜しちゃって。しっかし、結構使ったな~
…ハマると相当ヤバイねアレ、こりゃ今日から節約生活だよ」
「私も修理代があるんで暫くは質素な生活を心がけないとですよ
………」
はぁ、とそこで二人同時にため息をつき、
三琴と足立は顔を見合わせた。思わずくすりと笑いが溢れる。
結局クレーンゲームに挑戦をした後足立が取れた景品はゼロ、果敢にも幾度と無く挑んだが箸にも棒にもかからず、足立の狙っていた景品は
三琴があっさり取ってしまった。
ちょっと良いところを見せてやろうと気まぐれに思ったのが間違いだったのかもしれない。
そう考えて少し憂鬱になっていた足立だったが、困ったように笑いながらもしっかりと景品の入った袋を抱えている
三琴を見ると僅かに笑みが湧いてきた。
ま、結果オーライってやつ?
そんなことを考えている間にアパートへ到着して、
三琴がシートベルトを外す。
カチャリという音と衣擦れの音が微かに足立の耳を打った。
「そういえばさ、」
気づけば足立は、まるでドアノブに手をかけ車から降りようとする
三琴を制止するように声をかけていた。
「
……はい?」
「
…あ、え
……えーっと、その」
きょとんとした顔の
三琴がこちらを向いて首を傾げる。
やばい、特に何も考えていなかったなんて言えない。
一瞬焦った足立だったが咄嗟に目に入ったドアポケットからカードケースを取り出すと、その中から一枚の名刺を差し出した。
「これ、僕の番号とアドレス。何かあったらいつでも連絡して」
「あ
……はい、ありがとうございます」
一瞬の間を置いておずおずと名刺を受け取った
三琴に足立は内心安堵の息を吐いた。
ここで受け取ってもらえなかったらそれこそカッコ悪い。
緊張を解いた足立がカードケースを再びドアポケットに戻していると、
三琴は未だ車から降りず何やら鞄をがさごそとやっていた。
「
………あれ?」
「どうしたの?」
「
……あ、いえ、なんでも
……ええと、ちょっと待ってください」
そこで聞こえた不思議そうな声に、なくしものでもしたのだろうかと思った足立が尋ねると
三琴は青緑色の手帳と黒いボールペンを取り出してさらさらと何かを書き込んだ。
それからすぐ、紙をびりっと破く音。
切れ端で申し訳ないんですけど、そう言って手帳とボールペンをしまいながら差し出された紙片を受け取ると、そこには電話番号とメールアドレスらしき文字列があった。
「足立さんから用があることはないかと思いますが、一応、私のもお教えしておきますね」
よろしくお願いします。
そう言って
三琴はどこかぎこちなく笑った。
<了>
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