03.新生活もジュネスにお任せ
自分の身ひとつと抱えて移動できる程度の荷物だけでいきなり土地勘のない場所(正直気持ち的には土地勘のない場所どころじゃない)に放り出されてさぁ今日からここがあなたの住むところですと言われて今後の生活的な意味でも困っていたのは確かだけれども、これは些か無理矢理過ぎはしないか。
「本っっっっっ当に、すみません」
「あはは、別にいいって~
……大げさすぎだよ」
ふにゃりとどこか気の抜けた笑顔で足立はそう言ったが、本当にいいと思っているとはどうにも思えなくて、
三琴は意を決し助手席に乗り込んでからというものの、ただただひたすら平謝りしていた。
どうしてこんなことになったんだ。そう思えばやたらとにこにこしていた不動産の男の顔が浮かんで恨めしい。
あれから不動産の男
――世持は、足立に向かって「じゃあそういうことでこの子よろしくお願いしまーす」だのなんだのと適当に言いつけるなり
三琴を置いてさっさと行ってしまった。敢え無くこれから殺人犯になる予定の男と二人きりにされてしまうなどとあまりに唐突かつ無慈悲な展開に彼女はもはや呆然とつったっているしかできなかった。
それから足立が寝癖の付いた頭をぐしゃぐしゃと掻いた後、「ごーめん、ちょっと待っててくれる?」と言って階段を上がっていったのは、為す術もなく一人になった彼女があまりにも哀れだったからなのだろうか。
(
………正直面倒、なんだろうなあ
………。)
刑事という体面がなければ、突然押し付けられでもしなければ、きっとこの男は進んでこんなことをすることもないのだろう。少なくとも私だったらそうだと思う。
運転席の足立を横目で見ながら考えているうちに吐きかけたため息を
三琴は慌てて飲み込んだ。危ない。
焦りを悟られないようにと咄嗟に思考とは無関係な、でも決してこの場に不自然ではない言葉を選んで紡ぎ出す。
「あの、取り敢えずATMに行きたいんですが、いいですか?」
「あぁ、郵便局?それともジュネス
…あっと、今向かってるとこなんだけど、そこにあるので大丈夫かな。どこのやつ?」
「えーと
………」
最低限苛立たせないよう対応は細やかで丁寧に、可能な限り全力で様子を伺おう。
三琴は固く心に誓った。
*
(
…………まぁ、可愛いもんかな)
僕の少し前方を歩く彼女は、それでも僕の様子を逐一伺っているよう。言動からして大分遠慮深そうで、敬語も普通に使えてる。人見知りが激しいのかあまり喋らないが、物を知らない馬鹿ではなさそう。変に聡いと可愛げがないけれど、身の程を弁えている大人しい子供はなかなか感心できる。見た目も真面目そうだし、教師とかに好かれそうなタイプだなと思った。
急な買い物にも関わらずすました様子で携帯片手にさくさくと必要らしいものをカートに入れつつ、時折ぴたりと手を止めて小難しげな顔をした後カートの中身を見返したりしている姿を見るに、予算との兼ね合いを気にしているのだろうか。きっと夕飯の食材選びなんかの時も同じような仕草をするんだろうな。垣間見えた几帳面さも好印象。
そのうちお近づきになったら、近所の馴染みで夕飯作ってくれたりしないかな。作りすぎちゃったんで~、みたいな。さっきこの春から八十神高校に通うって聞いたけど、女子高生の手料理なんてそうそうありつけるもんじゃないし、ちょっと期待したくもなる。どんな料理作るんだろうな。これでもかっていうくらいベタだけどやっぱり肉じゃがとかはロマンだよね。あとは卵焼きとか?最近の子はもっと凝った料理を作るのかもしれないけど、なんだかんだでシンプルな定番料理が男心には響くと思う。家庭的な子っていいよなあ。
「あの、すみません、家電コーナーにも行っておきたいんですけど、まだ付き合ってもらっていいですか?」
「え?
…あ、あぁ、もちろん!」
ちょっとした妄想に耽っていた真っ最中に思いがけず声をかけられ、一瞬呆けた顔を晒してしまって足立は少し焦りつつ返事をした。見ればカートに乗った買い物かごの中身はもういっぱい。生活用品は一通り揃えてしまったようだ。
手際の良さに半ば感心しながら会計を済ますのを見守った後、足立は新たなカゴに入れ替えられた購入品達をまたカートに乗せて転がす。家電売り場は日用品と同フロアである2Fなので、さして苦労するほどの距離もない。
(
………あ)
程なくしてそこらじゅうにPOPが垂れ下がるエリアへ到着すると、真っ先に目に飛び込んできたのはいくつも並んだ液晶のそれぞれに映る彼女の顔だった。
「
………山野アナ、お好きなんですね?」
「え、」
声をかけられて足立はまたしても自分が呆けた顔をしてしまったことに気づいた。
再度僅かに焦りを含みながら横に顔を向けると少女
――平和島
三琴は首を傾げつつ微笑していて、その顔はどこか子供らしからぬ柔らかさと、なにかよく言い知れない雰囲気を浮かべている。
言い当てられた気まずさとその違和感に思わずなんだかもやもやとしたものを感じたが、それとは見せずに足立は頬を掻き困ったような声と表情、それから当たり障りの無い言葉を引っ張り出す。
「
……あっはは、いやー、参ったな。実は結構ファンで
…
女子アナ好き、なーんてあんまり堂々とは言えないけどね。恥ずかしくて」
「男は皆女子アナ好き、って聞いたことありますし、そんなに隠さなくてもいいと思いますけどね。個人的には」
「そ、そうかな
…刑事に対するイメージとか、崩れちゃわない?」
「あー、それはまぁ」
言いながら、平和島はいつの間にか再びすました表情に戻っていた。
「
…………だよね」
ほらやっぱりそんなもんだよ、と心のなかで一人復唱し、足立は視線を前方へ戻しながらため息混じりに相槌をうつ。
好きなものを好きって言ったって何の意味もないどころか立場によってはマイナスになる。わかってる。
世の中はなんだかんだで刑事を聖職だと思ってる奴らばっかりで、特にこの田舎じゃ大したことない面倒事までいちいち押し付けられるし、それでいて何かネタがあればすぐに非難される。でもそういう職業だ。
まったくつくづく損で窮屈でクソみたいな仕事だな。
「でも、足立さん親しみやすそうな雰囲気の方ですし、そういう人がいてもいいんじゃないですかね。」
渦巻き始めた不平不満の中、不意にぽつりと零された台詞に耳を疑って、足立は再度少女のほうを見た。
丁度視線がかち合って、足立を元気づけようとしているのか、少女の顔がぎこちなくもまた柔らかに綻ぶ。
「
……はは、ありがと」
子供に気を遣われるなんて。
そう思いながらも彼女から視線は外さずに、足立もまた、ぎこちない感謝の言葉と苦笑いを返した。
<了>
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