04.おやすみ前に本日の復習
荷解きもそこそこに昼間買ったばかりの布団へと寝転がると、新品独特の匂いがした。昨日まで寝ていた布団とは色柄も柔らかさも違う。布団が違うことに関して別に嫌な気持ちはなかったがなんとなく落ち着かなくて、これもまた新しく購入した低反発枕を抱き込みうつ伏せになりながら
三琴は深く息を付いた。
状況を整理しよう。
池袋で門田さん一行と別れた後、私は友人に会うべく電車に乗った。山手線。環状線。寝過ごしたところで途方も無い駅へ着いてしまうことはない。そこで気が緩んだのか、昨晩遅くまでゲームをしていたこともあり、私は座席に腰を降ろして間もなく電車に揺られながら意識を手放した
…のだと思う。正直眠気に襲われたときなんてだいたい記憶は曖昧だし、具体的に何時頃のことかはさっぱりわからないが、たぶん。
目を覚ましたときにはやはり電車の中にいた。しかし座席の配置はどう見ても山手線のそれではない。ここで既に軽いパニックになった。他の乗客にここはどこなのか訊こうと周りを見回しても車内は閑散としていて一人きり。
あまりに突飛な状況に、あの時は思わず引きつった笑いと冷や汗が浮かんだ。
それから落ち着け落ち着けと自らに言い聞かせながら鞄の中に手を突っ込み携帯を探りだすと二件の不在着信と一件の伝言が残されていた。見覚えのない電話番号。伝言を聞いたところによると不動産。鍵の受け渡しをするから駅についたら電話をしてほしいという。訳もわからぬまま駅に到着して不動産へ折り返し電話。おそらくこのあたりではもう思考停止していたと思う。
暫くしてやってきた営業スマイル眩しいお兄さんから鍵と契約書類と簡素な地図を渡され、取り敢えず案内しますねと言われるがまま車に乗ってやってきたのは二階建てではあるけれど小さなアパート。今の住人はあなたとあと一人都会から来た人なんですよーと言われたりはぁそうですかと返したりしていたら、そのもう一人の住人が偶然階段から降りてきて、それがなんと足立透。池袋で狩沢さんや遊馬崎さんと話題にしていたゲーム、ペルソナ4のキャラクターその人。一度ゲームをクリアして二週目以降に手を付けているプレイヤーにはニューゲーム開始より前から既にわかっている、ゲーム上で追い詰めるべき悪役、連続誘拐殺人事件の真犯人。
思考停止していた頭が再びパニックを起こしかけたのをなんとか悟られないようにしつつ、初めましてこんにちは平和島
三琴と申しますよろしくお願いしますとさっくり当たり障りのない挨拶をした。取り敢えず一刻も早く自分の部屋に行きたいと内心焦りまくりだった。
そして不動産のお兄さんも良い天気ですねこんにちは実はこの子さっき稲羽に来たばっかりなんですよ右も左も分からないと思うんでまぁ色々と良くしてあげてくださいね刑事さん僕からもお願いしますなんてニコニコしながら挨拶をして、
それからあぁそうだキミ家具とか生活用品とか持ってる?もし困ってるようだったら今から買いに行く?と私を振り返るものだから、
あぁそれもそうだななんて思ってよく考えずにじゃあお願いしますと返したら。
刑事さん、この時間にいらっしゃるということはお非番ですよね?もしお暇でしたらこの子の買い物に付き合ってやってくれませんか?
お兄さんは何を考えているのか足立さんに向かって笑顔を絶やさないまま他人事のようにいけしゃあしゃあとそうのたまった。
半ば必死で遠慮したのも虚しくお兄さんの強引な親切によって足立さんという超危険人物と二人きりでお買い物というチャレンジを課せられた私はいよいよ冷や汗を誤魔化し切れるか戦々恐々としたけれども、ジュネスに着いてみればなんてことはなく足立さんは実に親切だった。店内の案内はしてくれるし、重い荷物は持ってくれるし、会計の心配までしてくれたときには流石にきっぱりと断ったがとにかくあまりに気を遣ってくれるものだから逆に申し訳なさが募るばかり。
(
……あれも計算なのか、あるいは善意なのか
……いや、そもそも流石に今日会ったばかりの奴に何か邪な考えを巡らすことの方が少ないか
……?とするとたとえ純粋な善意ではないにせよ別にそこまで深読みするような意味はないだろうな、あちらさんも第三者から断りきれずに押し付けられた状態だし、面倒ではあるけどこっちに対する印象悪くしないためには順当な扱いか
……刑事ってんなら尚更)
本日我が身に降りかかった出来事をじっくり思い返したところでぐるぐると巡る思考に一先ず切りをつけ、
三琴は枕から手を離してからごろりと身体を仰向けに直した。天井すらも見慣れない。癖のように吐いてしまうため息にすらため息を吐きたくなって、どうかしてるなと手で顔を覆う。いやしかし、本当に参った。参ったとしか言えない。
(
……これからどうすればいいのか、ここはどこなのか、そもそもどうやってきたのか、どうしたら帰れるのか)
わからないことだらけでまさに手も足も出ない。不幸中の幸いと言えば、ひと月分の家賃や公共料金代と思われるお金、それに加えて少々の余録が何故か預金口座に振込まれているということ。日頃あまり使う宛がないためにある程度の蓄えはあったのだが、これからどうするにしても取り敢えず先立つものの心配は拭えないだろうと、買い物から帰宅した後すぐネットバンキングで口座残高を確認したところ偶然そのことに気づいたわけだ。しかし入金者の欄は空欄だし、いったいどういう仕組みなのだろうか。
(全部夢だとして、ご都合設定なのかね
……)
今までこんなに長くて変にリアルな夢を見たことはないが、こういう夢も有り得ないとは言えないかもしれない。そう思ったら少し胸のあたりが軽くなった気がして、同時にじわじわと身体へ浸透してきた疲労と眠気に
三琴はそっと瞼を閉じる。
ただでさえ騒がしい毎日だったのに、こんな非日常、私は別に。ましてや異世界トリップとか、非日常の枠を飛び越えてる。
久しぶりに結構楽しい夢だった、だけどもうこれで十分、だからそろそろ覚めてくれ。
結局再び身体を傾けて枕に顔を埋める姿勢に戻りつつ、祈るような気持ちで
三琴は枕元に置いた携帯を手に取り少し力を込めて握りしめた。
<了>
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