佐藤
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P4 chapter1:奇々怪々

3月頃の話。DRRR!!からトリップ(全9話)


06.大安が厄日の時もある

別にもともと信心深い方ではなかったが、特にやることもなかったし、言うなれば単なる暇つぶしだった。

またもや昼過ぎにのっそり起きて着替えて軽く食事して、携帯と鍵だけをポケットに入れて三琴は部屋を出た。
一昨日に不動産屋から渡された簡素な地図は小さく折りたたむと少し嵩張ったので結局置いてきてしまった。
方向音痴な方ではあるが、最近は携帯さえあればなんとかなってしまうから便利だ。
身軽な装備で天気は快晴、暖かくて気持ちのいい日。
目指すは鮫川。



13時を丁度回ったところ、鮫川の河原には複数の親子連れの姿が見える中で、三琴はひとりぽつんと川辺に立っていた。
ここで釣りするのか、きれいな川だな。
川辺にしゃがみ込んで水面を眺めると、その下には何匹もの魚が泳いでいる。穏やかに注がれる日光に反射してきらきらと光る様とも相俟って実に美しく、心が洗われるようだ。

(注視せよ、っつったっけ………

たしか――川にて幸あり、注視せよ。
経本に書かれていた一行ばかりの文句を思い返し、ひたすら川を見つめる。見つめる。じっと見つめる。
しかし、いつまでたっても何も起きない。

………川がきれいだねー、ってことくらい?)

まぁ、確かにきれいなものを見ることは幸せだ。
幸せだけれども――、なんというか、ちょっと違うんじゃないか。
どこか裏切られた気分になって三琴は案外自分が期待していたのだということに気づき、気恥ずかしさのようなものを覚える。もうすぐ高校生にもなるのに、おみくじにも満たない程度の胡散臭い一文に踊らされて、何をやっているんだ私は。
自分で自分を叱責し、瞼を伏せて小さくため息を吐いた。どうやら徒労だったらしい。

(まぁ取り敢えず今日はもう帰って、経本についてもうちょっと考えーー)

すっかり脱力した三琴がぼんやりとそんなことを考えながら立ち上がろうとした、瞬間。

背後から、どん、と衝撃。

唐突な出来事に胸のあたりが引き攣る。

「、っ」

声を出す暇もないままびくりと心臓が跳ねて、次の一瞬には、ばっしゃーんと派手に水を打つ音が響いた。



「すみませんっ、大丈夫ですか!!?」

若い女の叫ぶような声と子供の泣きじゃくる声が聞こえたのは丁度足立が河川敷の土手を通りがかった時だった。
先程大きな水音がしたが、何かトラブルでもあったのだろうか。
そう考えて足立の心の中では仕事をサボりたい気持ちと上司からどやされたくない気持ちが瞬時に葛藤を始めたが、立ち止まっているわけにもいかないので取り敢えずのろのろと重たい足取りで声のする方、河原へ赴いた。
周りを見回してみると少し遠くの川辺に三つの人影が見える。他の子どもや大人はその影に訝しげな視線を注いでいた。
きっとあそこだ。あっさりとついた目星にやはりゆっくりと近づいていく。
だんだんと見えてきたその影は一つが狼狽した様子の女性で、一つが女性にしがみつきながら泣きわめいている子供。
そしてもうひとつはよく見れば川辺ではなく川の中に座り込んでいた。

いくら今日は暖かいからって川に入るとはどんな馬鹿だ。

「はいはいすみません警察でーす、そちらの方達、どうかしまし………

そう思いながら足を進めてついに人影のすぐ側にたどり着いたというところで、足立は川の中の人影を見てぎょっとした。
思わずお決まりの文句もそこそこに見知った人影の名を呼ぶ。

「へ、平和島さん!!」
……………ハハ、どうもこんにちは、いいお天気で」
「こんなとこでなにやってんの、っていうかどうした、の………っ!?」

そこまで言って足立は再び言葉を失う。
居たたまれないといった表情の彼女は全身ずぶぬれで、髪の毛も衣服もぴったりと身体に貼りついていて、つまり。
水を含んだトップスの布はその下にあるアンダーを色濃く映し出していて、その上胸部のラインもくっきりわかるほど主張されてしまっている。
それだけではない、今は水の中にすっかり沈んでいる下半身のほうがもっと大惨事で、きっとそっちは更に中まで――

「と、取り敢えず上がって!コレ着て!!」

うっかり膨らみかけたよからぬ想像を慌ててかき消すように、足立は急いだ様子で羽織っていた薄い上着を脱ぐと三琴に向かって勢い良く突き出した。



「しっかし、また派手に濡れたねえ……全身びっしょりじゃない……

運転席に乗り込みながら言う足立に三琴は項垂れるばかりだった。河川敷近くの公衆トイレであらかた水を絞ったとはいえ借りた上着を濡らしてしまったことには変りないし、ビニール袋を敷いているとはいえ今度は助手席のシートを濡らしてしまうかもしれないという心配もあって、申し訳なさは募りに募っていく。
そんな彼女を横目でちらりと見て足立は「まぁ気にしないでよ、送って行くし」と明るい声で軽く呼びかけ、車のエンジンをかけた。

「で、どうしたの?まさか川遊びしてたんじゃないよね?」

そう問いかけられて三琴の肩はぴくりと震える。
正直に言うべきか悩んだが、誤魔化したところで別にいい事もないだろうと思った。

あー、その、……魚が」
…………は?」
「魚が泳いでるの見てて、綺麗だなー、ってぼーっとしてたら、そこらへんで遊んでた子がぶつかってしまったらしく」

そのまま、ふらーっと。
そう付け足してから三琴が横に視線を流すと、ぽかんと口を開けた足立が見えた。

………なんていうか、平和島さんて見た目によらず結構変わってるね………
「アホかって言って下さって構いませんよ」
「あ、いや、ごーめん!そんなんじゃないって!」

あせあせと謝罪を口にする足立の様子からして内心馬鹿にされてるんだろうなあと三琴は自嘲する。
仕方ない。自分でも馬鹿だと思う。涼しくはなったが到底幸ありなんて話ではない。
思わず出てくるため息を抑えられず吐き出すと、空気を淀ませないようにとしているのか足立が苦苦しく笑った。

「そういえば、カバンとかは持ってないみたいだけど、川に何か大事なもの落としたりはしなかった?家の鍵とか」
「あぁ、ポケットに入れてありますし多分大丈夫だと、」

言いながらポケットに手を突っ込んで、ほらこの通りと出してみせようとしたとき、
三琴はその中に鍵だけでなくもう一つ、大事な物が入っていることを思い出した。

………………………………………あ」


<了>