DRRV11037
2024-03-26 17:37:44
24435文字
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楸谷徹の設定資料

1. 性格 2. 対人関係 3. 環境
4. 習慣 5. 才能 6. 価値観
7. 嗜好 8. 身体的特徴 9. 対比
10. 制作経緯


仕草

振る舞いが女性的である。
意識しないと座るときに脚を閉じてしまうし、笑うときに口元に手を当てるし、歩幅が狭いし、小首を傾げる。あざとく口元に人差し指を立てることもある。


食習慣

食に無頓着である。一人で食事を摂るときのメニューはかなり適当で、強いて言うなら美容健康に気を遣うくらいのもの。仕事前は、酒をたくさん飲まなければいけないからと固形物で胃を埋めないようにしている。(一般人は固形物で胃を埋めなければ酔いやすい。)

〈飲み物〉
飲み物については、店で高額のシャンパンをねだる割に、オフのとき水ばかり飲んでいる。
もしもコーヒーを与えられたら、どんな飲み方でもすることができる。テーブルにあれば気まぐれにミルクと砂糖を入れるかもしれないし、ブラックが舌に苦くても構わない。紅茶はストレートを飲むが、ミルクティーでもいい。姫といるときは、相手が思う自分像に合わせる。ストレスが溜まっていれば、気が狂ったような量の甘味を入れる。

〈調理〉
料理を作らせると、味付けは思いきり濃くなる。これは家庭で摂った料理が薄味だったことへの反動と、調味料を後から足せるという知識がないせいである。

〈ストレスとの繋がり〉
ストレスの影響を真っ先に受ける身体部位が胃。腹痛の他、過食・拒食になりやすい。なぜかというと「高いお酒がたくさん入る→飲むとお腹いっぱいになる→稼げて嬉しい」という思考回路が確立され、胃の満足と精神的な満足が脳内で結びついているためである。加えて、酒を飲むために胃袋を空にする不健康な習慣のせいで、彼はいつも栄養不足で、栄養のあるものを本能的に欲しているためでもある。
結果、ストレスが溜まった際、食べられるときにたくさん食べよう、お腹いっぱいになっても詰め込もうという欲求が暴れだし、自罰感情が勝てば拒食に、欲望が勝てば過食に転じる。
といっても過食の場合、自宅には豆腐バーくらいしか置いていないからむちゃ食いのしようがない。夕食に豆腐バーを夢中で6本食べてしまって、後で恥ずかしく思うくらい。よほど質が悪くても、彼は自分一人の意思で家を出る行為に馴染みが少なく、家にあるより多くの食料を食べる可能性は低い。
姫の前ではこれらの衝動は完璧に制御され、表出しない。



喫煙

特定の姫からよくたばこを与えられるのを断らずにいたために、たばこに軽く依存するようになった。たばこの味が好きなわけではないが、ニコチンが暫くないと生理的な落ち着かなさを覚える。



睡眠

ホストの仕事上、昼夜逆転している。睡眠は3時間程度。通常、横向きで(脚がはみ出ないよう)膝をちょっと曲げて眠る。

睡眠が非常に浅い。
店外でも客と盛んに交流し24時間接客をしている状態の彼は、枕元にスマホを置いておき、通知音が鳴れば即座に目を覚まし1分以内に返信している。
仕事で誰かと一緒に寝ている場合、スマホを身につけて守り、頭まで布団を被るようにしている。うっかり共寝の姿を盗撮されたらスキャンダルになるため、布団を捲られた瞬間に気配の変化で目を覚ませる。

この睡眠スタイルは彼の心身の不健康の原因になっている。



SNS

TwitterとInstagramに業務用アカウントがあり、ホストクラブの様子を投稿している。

客とはLINEで繋がっていることが大半。私生活を削って常に営業メッセージを送ることで、“楸谷は貴方を特別気にかけている”と全員に思い込ませている。



住居

エース(一番贔屓の客)と半同棲している。

通常、ホストは3人までとなら同時に同棲できるといわれている。日替わりで帰る家を変える方法である。

しかし楸谷は繊細すぎて他人の家で熟睡できないため、その営業ができない。安心できるエースとだけ同棲しながら、本来の自宅を心の避難所として利用している。

自宅は歌舞伎町に通える範囲のどこかにある。自宅には冷蔵庫とテレビがなく、インテリア的な装飾もない。掃除をする時間がなくて見るに堪えないほど散らかっている。(無意識のうちに誰かが掃除してくれると思い込んでいる)



宗教

「もしも神がいるならきっと僕のことがお嫌いだから、考えないようにしています」というスタイル。

楸谷は、宗教(特にキリスト教)と対極にあたる熱烈な物質主義者である。お金を稼げば稼ぐほど自分は幸せになれると信じ、やることなすこと全てがお金に絡んでいる。

ただし、彼の苦痛の源の一つである“自分の有限さ”を受け入れ、彼が物質的充足を通して本質的に求めている精神的充足を達成することができるのが、まさしくキリスト教である。

それでもなお楸谷は、無償の救済を信じず、自分なりの道を行きたがる。ある意味それこそが彼が自分の人生に意味を与えるために必要な過程である。彼は自分の人生のあらゆる苦痛を踏みしめた先で幸せになるのでなければ、幸福すら無意味だと思うかもしれない。