tara_moso
2026-06-20 00:13:13
28876文字
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第一回 利き文企画!(CP無し/全年齢作品)

8人の書き手が同じプロットをもとにお話しを書きました。
誰がどの番号のお話を書いたのか、ぜひ当ててみてください!
※お話はカップリング無し&全年齢 です


〇プロット・書き手紹介(敬称略:50音順)

プロット担当:たばす

書き手:kou / すったん / すもも / tara / てぬたろ / 生炭 / 冬日 / マチ
※掲載順ではありません





【 チェンジ! 】


 春の穏やかさが町並みの隙間をすり抜けていく。その名残が頬を撫でていって、なんとなく、ほんのりと気分が柔らかになってしまう。仕事の疲れも共に連れ去っていくようで、自然と肩の強張りが解ける気がした。
 そんな春色の街を歩いていると、ジーンズのポケットにしまっていたスマートフォンがヴヴヴ……、と震えた。片手間に取り出して画面をタップしてみれば、一件のメールが届いている。送り主はスティーヴンだ。メールを開くと「今日は何時に帰って来る?」なんて簡素な問いかけが綴られていた。きっと、いつもより帰りが遅いから送ってきたのだと思う。俺は「あと10分くらいで着くぞ」と返事を打ち込み、〈送信〉と表示されたUIをタップした。
 再びスマートフォンをジーンズのポケットにしまいこみ、帰路の道を少しだけ足早に歩き出す。別に急ぐことはないのだろうが、無意識に歩調が速くなっていく。二人が待っているのだ。はやく、帰ろう。



 通りを抜けて角を曲がり、路地に入って少しのアパートのロビーを通っては年季の入ったエレベーターに揺られる。チン、と古めかしい音が鳴れば、エレベーターの扉が軋みながらゆっくりと開いていく。俺はそのまま薄暗い廊下を突き進み、二番目の扉の前で立ち止まった。
「鍵……
 右手に下げていた買い物袋を左手に持ち替えて、カバンの奥にしまったキーケースを探っては取り出す。キーケースにぶら下がる一番目の鍵を鍵穴に差し込んで右に回せば、ガチャリと解錠音が鳴った。
「ただいま」
「あぁ、おかえり。遅かったな、マーク」
「夕飯買ってきたんだ。炒麺とチキン、食うだろ?」
 玄関扉をくぐると、キッチンカウンター越しにジェイクが出迎えてくれた。彼の問いかけにテイクアウトの袋を掲げて、好物であるそれらを見せてやる。その様にジェイクはこくりと頷きを返して、視線を自身の手元に戻した。何やら、軽く料理をしているようだ。
「何か作ってるのか?」
「軽くつまめる酒のアテみたいなものだ。心配しなくても三人分あるぞ」
「なるほどな。じゃあ、このデリと合わせれば立派なディナーになるな」
 俺はそんな軽口を叩きながら袋をテーブルに置いて、鞄をおろしてはジャケットを脱いだ。
しかし、ジャケットをスタンドフックに掛けてから鞄を棚に置いたところで、スティーヴンがいないことに気がつく。いつもなら、スティーヴンはカウチに横になって本を読んでいるはずだ。
「なぁ、スティーヴンはどうしたんだ?」
「え? あぁ、あいつならシャワーだ。もう上がったんじゃないか?」
「まだ9時前だぞ、随分早いな」
 ジェイクに彼の居所を聞けば、シャワールームだと返答が返ってくる。スティーヴンは大抵、夜が更けてから渋々とシャワーを浴びる奴だから、俺は少しだけ疑問符を浮かべた。まぁ、そういうこともなくはないだろうが、それにしたって珍しいものだと不思議に思ってしまう。
 洗面所が使えないのなら、と俺はキッチンに足を向けてシンクを借りることにした。帰宅後の手洗いは欠かしたくないのだ。
「その指、どうしたんだ?」
 ジェイクの隣で手を洗っていると、ふと、彼の指先に絆創膏が巻かれていることに気がついた。ジェイクが怪我をしていることは特段珍しくはないが、いつも革手袋を着けているジェイクが手先を負傷しているのは珍しく思えたのだ。
「さっき食材を切るときにちょっと、な」
「お前が手を切るなんて珍しいな。スティーヴンじゃあるまいし」
 俺は単に思ったことを言っただけのつもりだったのだが、何が悪かったのか。ジェイクは少しだけ口を曲げて「……オレだって失敗するときくらいある」と不満そうな声を漏らした。もしかすると、ジェイク自身もらしくない事が起きてプライドが傷ついているのかもしれない。
 悪かった、と謝ろうかと思い、俺はきちんとジェイクを見やった。すると、なんとはなしに違和感を感じてしまう。どことなく「違う」という感覚が走るのだ。
 俺は注意深くジェイクを見やる。髪型や顔つき、手捌きに服装。そこまでを見て、俺は違和感の正体が何であるかを思い悟った。
「さてはお前、スティーヴンだな?」
「あちゃ〜、バレちゃったか」
 俺の指摘に彼は顰め気味だった面持ちを緩やかにして、やんわりと困った笑みを浮かべた。よくよく見てみれば、シャツの裾がはみ出ているし、ネクタイも曲がっている始末。オシャレにうるさいジェイクであれば、こんなだらしのない着こなしは絶対にしないだろうな、と思うばかりだ。
 当のジェイク、もといスティーヴンは悪びれもなく正体がバレるや否やと「ジェイク〜! バレたよ〜!!」と洗面所にいるであろう本物のジェイクを呼びつけていた。彼の呼びかけに登場したジェイクはスティーヴンのシャツを着て前髪を崩した状態だった。きっと、スティーヴンの変装を試みていたのだろう。ジェイクは分かりやすくうんざりとした声音で「10分じゃ準備出来ねぇよ」と不満を漏らしている。
「いやぁ、思ったよりマークが早く帰ってくるんだもん」
「なんだ、悪かったな」
「いや、君が謝ることじゃないよ」
 どうやら俺は、二人の悪戯に水を差してしまったようだった。それを素直に詫びると、スティーヴンは微妙に曲がったネクタイを解きながら笑って流してしまう。
「メール来てから10分も経ったか?」
「さぁな、ちょっと早かったかもしれない。早歩きしたから」
「それだ。お前、もっとゆっくり帰ってこいよ」
「いや、何時に帰るか聞かれたから早い方がいいのかと思ってだな」
 ジェイクの小言に思うままを返せば、あからさまな唸り声を上げられてしまう。「悪かったよ」ともう一度ジェイクに渡してやると、彼は俺を一瞥してから「まぁ、別にいい。オレは端から乗り気じゃなかったんだ」なんて愚痴をこぼした。
「えぇ〜なに、僕への文句?」
「言い出しっぺはお前だろうが。オレのフリするならもっとちゃんとしろよ」
「君、大体こんな感じじゃないのさ」
「はぁ?!」
 俺の知らぬところで立ち上がった計画が不発に終わり、不満の嵐が立案者に降りかかっている。当の本人は気にも留めていないようだが、それらを目の前で繰り広げられる俺としては何がなんだか、という気分だ。
「まぁ落ち着け。確かに服装で分かったが、最初は疑いもしなかったんだ。一応成功なんじゃないか?」
「ほらぁ! 結構上手くいってたんだってば!」
 スティーヴンの「上手くいっていた」という言葉がどの程度の成功を指しているのかは懐疑的ではあるが、一応、一瞬騙されたのは本当なのでこの懐疑心は飲み込んでおく。それよりも、俺にはもっと疑問に思うことがあるのだ。
「なぁ、そもそもなんでこんなことを?」
「あぁ、そっか。えーっとね」
 事の発端であるスティーヴンに経緯を問うと、彼は一つずつ順序立てて説明をしてくれた。
 要するに「今日はエイプリルフールの日だから、俺に入れ替わりドッキリを仕掛けよう!」ということらしい。それを聞いて一番最初に浮かんだ感想は「エイプリルフールは午前中で終わるぞ」というものだったが、これも言うと面倒になりそうなので俺はひっそりと口を噤むことにした。
「なるほどな、そういうことだったのか」
「マークの帰りが遅いってんで急に言い出したんだ」
「ほんと思いつきの悪戯だよ。意外とイケてただろ?」
「まぁ……
 スティーヴンの妙に自信ありげな問いかけにお茶を濁す。これにはイエスもノーも言えない。
 そんな曖昧な回答をする俺を横目に、ジェイクはあからさまに嫌な顔で「なぁ、このダサいシャツ脱いでもいいか?」と漏らしていた。その様は「本当に不快である」といった様子で、正直、可哀想なくらいだ。でも、俺はそんなジェイクが少しばかり面白くなってしまって「似合ってるぞ、ジェイク」なんて口渡してしまった。
「おい、それ本気か?」
「いや、悪く取るな。案外似合ってる、本当だ」
 ジェイクの怪訝に咄嗟を返したが、案外似合っているというのは本当のことだ。確かにこのシャツはジェイクのスタイルではないが、なんとも言い難い色合いに謎の幾何学模様があしらわれた独特なシャツをここまで着こなせるのも一種の才能だと思う。ジェイク自身は心外だろうが、彼が思うよりも存外悪くないスタイリングだ。
「僕も似合ってると思うよ。あげようか? そのシャツ」
「いらない。結構だ」
 スティーヴンも便乗したが、ジェイクはこれまた心底嫌そうな顔でシャツを脱いでしまった。どうやら、彼の真っ白と真っ黒で占領されたクローゼットに新たな色が追加されることはなさそうだ────。



◇◇◇



 春の夕立に降られ、足早に帰路を駆ける。午後の天気予報は晴れだったはずだが、夕立だから仕方がないと俺はただ直走った。
「ただいま……
「おかえり。あ、やっぱり降られちゃった? 待ってて、今タオル持ってくる」
 息を切らしながら帰宅すると、カウチで本を読んでいたスティーヴンがのんびりと出迎えてくれた。彼はその足でバタバタと洗面所まで駆けて行って、ふかふかのタオルを手渡してくれる。
「ありがとう。ジェイクは? まだ帰ってないのか?」
「うん、まだだね。急な雨だし、お客さんに捕まってるんじゃない?」
「確かに」
 ジェイクの不在理由に納得を吐いて、渡されたタオルで濡れた髪を掻き拭く。柔軟剤のいい香りが鼻腔を掠めて、雨に濡れた不快感が少し和らぐ気がした。
 そのまま濡れた上着を脱いで、衣服も全て洗濯に出してしまおうとシャツのボタンを外していく。すると、スティーヴンが「あ、それ貰っちゃうね」と脱いだ上着を引き取ってくれた。今日のスティーヴンは幾分、気が利くらしい。
「そのままシャワー浴びたら? 風邪ひくよ」
「あぁ、そうだな」
 スティーヴンに促されるまま、俺はシャワールームへと足を向けた。
その時。ふわり、とどこかで嗅いだ覚えのある香りがすれ違った。これはどこで嗅いだ香りだったか。ほんの一瞬の逡巡だったとは思う。俺はぴたりと足を止め、香りの元へと顔を振り向ける。
……お前、ジェイクだな?」
 香りの正体。それはジェイクが愛用している整髪料の香りだ。ほんのりとイランイランの甘さの奥に秘めたスパイシーさが香る、少し良い整髪料。俺はこの香りひとつで、目の前にいるこの男が〈スティーヴンのフリをしたジェイクである〉と見抜いてしまったのだった。
「なんで分かった?」
「整髪料つけてるだろ」
「あー……
「スティーヴンはそんな良い香りしない」
「盲点だったな……
 少しばかりスティーヴンには悪い理由だが、それ以外に説明のしようがないので素直に吐露する。見破られてしまったスティーヴンもといジェイクは、本当に盲点だった、といった様子で「そんなに香るか?」と自身の髪をいつものスタイルに掻き上げていた。
「で、スティーヴンはどこにいるんだ?」
「ここだよ〜。なんだよ、もっとバレないかと思ったのに」
 本物のスティーヴンの所在を聞けば、本人がゆるりとシャワールームから顔を覗かせた。
「あのまま俺がシャワールームに入ったらどうするつもりだったんだ?」
「そうだよ! ジェイクが「シャワー浴びろ」なんて言うから僕ちょっと焦ったって」
「いや、別にそこでネタバラシしたって良いかと思って」
「君、早く着替えたいだけだろ!」
「その通り」
 変装の巧妙さと連携のグズグズ具合につい、笑ってしまいそうになる。騙す気があるのか無いのか分からなくて、本当にくだらない。
「でも、整髪料がなかったら分からなかったかもな」
「結構、完璧だったろ?」
「あぁ、気の利くスティーヴンって感じだった」
「ねぇ、それちょっと失礼じゃない?」
「悪い。でも、お前は濡れた上着を預かったりしないだろ?」
「しないけどさぁ。僕だってタオルくらいは渡すよ」
 ジェイクの素晴らしい変装術を褒めると、スティーヴンからいくつか不満が飛んでくる。仕方がないとは思うが、どれも事実ではあるので俺も戒めを込めて少し食い下がった。するとスティーヴンはぐうの音も出ない様子で口を倦ね、そのままごにょごにょと屁理屈なんかを捏ねはじめてしまう。
「まぁ、別にあんな風にしなくたっていいんだ。お前はお前のままでいい」
「ふーん、そう?」
 スティーヴンのマイペースを否定する気持ちは一つもないので、俺は宥めを渡した。スティーヴンだって気を回してくれることはあるし、ジェイクも心底嫌な奴になる時がある。俺だって、気に入らないと思われたりしている部分がある。だから、それらをどれか一つにまとめて良し悪しを決める必要はないのだと思う。まさに、三者三様というやつだ。
「で、今日はなんでまたこんなことを? エイプリルフールはとっくに終わってるだろ?」
「特に理由はないよ。なんとなく。ジェイクのターンがなかったからね」
「あぁ、なるほどな」
 俺はスティーヴンの回答にジェイクを見やって、妙に納得した。髪型はジェイクに戻ってしまっているが、シャツの着こなしやチノパンのダボ付き具合がまさにスティーヴンそのものなのだ。ジェイクなりのこだわりなのかは分からないが、スティーヴンがジェイクを演じていた時よりも随分とクオリティが高いと思う。
「やるなら徹底的に、だ」
 俺の視線の意図に気がついたらしいジェイクは、幾分誇らしげにそう宣った。
 「何があろうとこいつの服は着ない」と断言していたジェイクだが、こういった場合は例外らしい。彼なりのスティーヴンを見事に演じてみせたのだから、それほどに真剣だったのだろう。
しかし。それにしたって随分な徹底ぶりだとは思う。一体、何がジェイクをここまで駆り立てたのだろうか?
「絶対にスティーヴンの服は着ないんじゃなかったのか?」
「着ない。でも、お前が「似合う」って言ってたからな」
 ジェイクの返答になんとなく、理解する。
彼はきっと、俺とスティーヴンの好みや評価を自分に反映させているのだ。ジェイク自身が好まないものでも、俺やスティーヴンが「良い」とすれば少しだけ見解を変えたりする。だから、ジェイクの尺度でお断りだったスティーヴンのシャツは、「理由があれば着てもいい」という分類になったのだろうと思う。
「ふふ、ジェイクってばすごい張り切って準備してたよ」
「へぇ?」
 スティーヴンの耳寄り情報に俺は片眉を上げた。確かに、前回のことを鑑みてもジェイクは念入りに支度をしたのだろうな、と容易く想像できる。
「一瞬でバレたら意味ないだろうが。お前の雑な変装とはワケが違うんだよ」
「はいはい、ダサダサなジェイクでごめんなさいね〜」
 ジェイクは未だにスティーヴンの変装に文句を垂れていた。もう数週間は前のことだが、思い返せば確かに酷い出来だったな、と小さな笑いが込み上がってしまう。それに騙されていた俺も俺なのだが、とにかく、変装とは名ばかりの茶番だったと記憶が物語る。
「今度、ジェイクにきちんとセッティングして貰えばいいだろ」
「あ〜、確かに! 三人で変装し合うのもいいかも!」
「それ、なんの意味があるんだ?」
「意味とか気にしない! 単純に面白そうだろ?」
「面白そう、なぁ」
 俺の提案にスティーヴンが飛躍した案を上書きして、ジェイクは呆れたような態度で独りごつと呟いた。まさに三人で互いに成り変わってしまっては悪戯の意味をなさなくなるのだが、スティーヴンが随分と乗り気になってしまっているから俺とジェイクに拒否権はないのだと思う。その〈変装大会〉がいつどのような経緯で開催されるのかは不明だが、きっと、スティーヴンの号令ひとつで大仰に開催されてしまうのだろうな、と俺も少しばかり項垂れる気持ちになった。
 だがしかしてそれでも、心内のどこかに楽しみに思っている自分がいて不思議な気分だ。それはもしかすると、己の一部を分け合った彼らとまた一つになれるような気がして嬉しいのかもしれないと気がつく。
 俺は、うまく彼らになれるのだろうか? 
それにはきっと答えがないのだが、それでも彼らが認めてくれればいいのだとなんとなく心のどこかで分かっているから、俺は何はともなく、ただ、静かにそっと口元を緩めるのだった────。


END.