tara_moso
2026-06-20 00:13:13
28876文字
Public
 

第一回 利き文企画!(CP無し/全年齢作品)

8人の書き手が同じプロットをもとにお話しを書きました。
誰がどの番号のお話を書いたのか、ぜひ当ててみてください!
※お話はカップリング無し&全年齢 です


〇プロット・書き手紹介(敬称略:50音順)

プロット担当:たばす

書き手:kou / すったん / すもも / tara / てぬたろ / 生炭 / 冬日 / マチ
※掲載順ではありません





 蝶番の軋む音を聞きながら、片手で扉を閉じる。
 ふと鼻腔を擽ったにおいに気が付いて、マークは後ろ手に鍵を閉めながら顔を上げた。
 マークがスティーヴンやジェイクと共に暮らすアパートに帰ったのは、日が沈んですぐの頃だった。半分カーテンの閉まった窓の外から未だ明るさの尾を引く光が薄ぼんやりと滲んでいる。それでもやや暗くなった部屋の中で、キッチンの明かりだけがぽつんと点けられていた。
 やわらかな食べものの匂いと、こつ、と食器のぶつかる音に首を傾げる。キッチンに立った背中は見慣れたものだった。ぼんやりと部屋の一角を照らす橙のライトも、寂しげに落ちる机の影もよく知ったものであるはずなのに、ほんの僅か焦点のずれてしまったような感覚に眉を寄せる。どうしてか落ち着かなさを感じて鍵を閉めた指でごしごしと胸の辺りを擦った。
「マーク?」
「あ、ああ」
 聞こえた声に返事ともつかない声を返して、眉を顰めたまま被っていた帽子を脱ぐ。鞄を自分用の棚に押し込み、片手に抱いていた荷物を机の上に置いてから、ちら、とこちらに向けられた背中を盗み見た。
 軽くワックスで整えられた髪と、糊のきいた黒のカッターシャツの背中はいつもと変わりない。腰に巻かれたエプロンもジェイクが普段使っているものだった。背中で結ばれた紐が綺麗なリボンを形作っている。手元を見下ろしているらしい彼に首を傾げて、マークは一先ず手を洗ってしまおうとバスルームへと向かった。
 三人で暮らすようになってすっかりお決まりになった手洗い・うがいを済ませて、鏡の中の自分をじっと見つめる。なんとはなしに以前何故手を洗う必要があるのかを力説していた時のジェイクの表情を真似てみて小さく笑った。
 手を拭ってからバスルームを出て、クッションやブランケットが乱れて山になったベッドを横目にキッチンへと向かう。バスルームの明かりの消えた部屋の奥はどうしてか本のにおいが強かった。巣のような穏やかなくらやみがそう感じさせるのかもしれない。窓のそばはもうとっくに暗くなっていた。
 橙の照明に惹かれるようにふらふらと向かって、フライパンを見下ろす彼の隣に立つ。何気なく手元を覗き込むと、赤い片目がマークの方を見て細められた。
「今帰りか? 遅かったじゃないか」
「ついでに夕飯を買ってきた。何か作ってるのか?」
「軽くつまめるものを。まあ、酒のあてみたいなものだ。心配しなくても三人分はある」
「そうか……美味そうだ。それじゃそれとこのデリとで立派なディナーの完成だな」
 少しだけふざけたように言って肩を竦める。マークが親指で指した机の方へと振り向いた彼は、つられたように肩を上げて唇を緩めた。
 フライパンの中では薄く切られた芋がじゅうじゅうと音を立てている。小さく現れては消える泡はバターによるものなのかもしれなかった。覗き込んだマークにおかしそうに笑った彼が、手にしていたターナーで真ん中の黄色くなった芋をつつく。カリカリにするのか、ふにゃふにゃにするのか気になってつつかれた芋を目で追っていると、いたずらっぽくフライパンの中を掻き混ぜた彼がまた笑った。
 ふと調理器具を握った指に絆創膏が巻かれていることに気が付いて片眉を上げる。「怪我したのか?」と尋ねると、緩く曲げられていた人差し指がぴくりと跳ねた。
「さっきな。材料を切る時に」
「珍しいな、スティーヴンじゃあるまいし」
「私でも失敗する時はあるさ」
 肩を竦めた彼が、何か誤魔化すようにカツカツとフライパンをつつく。ぎゅうと引き結ばれた唇が気になってじっと見つめた。カツカツと音が響く。零れた前髪が額に落ちる。ぎゅっと目を閉じた彼が、なんとかフライパンを見つめようとするように瞬いて、一瞬マークへと視線を向けて、それから慌てたようにまたターナーの先を見つめる。むずむずと動いた唇はいっそう強く引き結ばれていた。
 まじまじと横顔を見つめてから、彼の身体へと視線を向ける。よくよく見てみるとズボンの端からシャツがはみ出していた。胸ポケットに先の押し込まれたネクタイも曲がっている。ちらちらとマークを見ては逸らされる目は完全に落ち着きをなくしていた。
……スティーヴンだろ」
………………イヤァ…………
「何してるんだ?」
……今から誤魔化すのは無理?」
「無理だな」
「あーもう! バレちゃったか」
 お手上げ、と片手を上げたスティーヴンが、「ジェイクー! バレたよー!」と叫ぶ。おかしそうな笑い声とともにベッドの上のブランケットが動いた。
 包まって隠れていたらしいジェイクが、スティーヴンに似たくしゃくしゃの髪でこちらへとやってくる。「もう目が痛くって」と言ったスティーヴンは、シャツやネクタイだけでなく赤いコンタクトまで嵌めていたようだった。
「十分じゃ準備できないな」
「思ってたよりもマークが帰ってくるのが早くって……
「このダサいシャツ、もう脱いでも良いか?」
「ダサくない」
「ジェイク、似合ってるぞ」
 ほとんど同時に言ったスティーヴンとマークに、ジェイクが子どもっぽく頬を膨らませる。
 それが三回連続で同じシリアルのおまけシールを引いた時のスティーヴンの真似だと分かってしまって、マークは吹き出すように笑った。
 顔を見合わせたスティーヴンとジェイクが、つられたように笑う。
 「騙されないからな」と得意になって言って、スティーヴンやジェイクにじゃれるように肩をぶつけられたマークが次に違和感を抱いたのはその三日後。
 大欠伸をしながらカウチで本を捲る指をなんとはなしに見ていた朝、くたくたになったネイビーのスウェットとくしゃくしゃと跳ねた髪の彼から知っている整髪料のにおいがした時だった。
 どか、と彼の隣に座ってじっと顔を覗き込む。
 きょとんと瞬いたブラウンの目が不思議そうにマークを見つめ返して――「ジェイクだろ」と言った声に、吹き出した声とともに細められた。
「おかしいな、完璧じゃなかったか?」
「まだまだだな」
 ふふん、と緩んだ顔をそのままに胸を張る。
 悔しそうな顔をしたジェイクが垂れていた前髪を撫で付けた。
 ふと湧いた悪戯心を秘めてカウチの背に凭れる。
 次はマークの方から仕掛けてやるのも良いのかもしれなかった。