tara_moso
2026-06-20 00:13:13
28876文字
Public
 

第一回 利き文企画!(CP無し/全年齢作品)

8人の書き手が同じプロットをもとにお話しを書きました。
誰がどの番号のお話を書いたのか、ぜひ当ててみてください!
※お話はカップリング無し&全年齢 です


〇プロット・書き手紹介(敬称略:50音順)

プロット担当:たばす

書き手:kou / すったん / すもも / tara / てぬたろ / 生炭 / 冬日 / マチ
※掲載順ではありません





【CHANGE!】

「ただいま」

 鍵がかかっていなかったので、マークはそのままドアを押し開け、敷居を跨ぐのとほとんど同時にそう言った。
 がちゃん!とこれもほぼ同時に、入って右手のキッチンから軽い騒音。コンロの前で小型のフライパンを持って立っていたジェイクが振り返り、火にかける前だったそれを自分の手の代わりのように振る。
「今帰りか? 遅かったじゃないか」
「そうか? 大体予定どおりだが」
 今日は何時くらいに帰るという話をしたような気がしたが、その時いたのは確かにスティーヴンだけだったかもしれない。
 むしろ思っていたより早く用事が済んだので、気を利かせて寄り道までしてきたのだ。マークはジェイク愛用の黒無地エプロン(汚してもいいようにと着るものなのに、これに染みや油跳ねがつくことは滅多にない)を一瞥しながら、手に持った紙袋を持ち上げて控えめに主張した。
「ついでに夕飯を買ってきたんだが……何か作ってるのか?」
 しまった被ったか、思いつきで買う前に一言確認するんだったな、と思いながらマークが言うと、ジェイクは間髪入れず「いや」と返す。
「大したものじゃないんだ。軽くつまめる酒のアテみたいなもんだから」
 ちゃんとしたメシを買ってきてくれたならかえって助かる。ああもちろんちゃんと三人分用意してるが、心配しなくてもそんなのぺろっと平らげちまうだろ。
 ジェイクはそう言いながらキッチンに向き直り、フライパンにとぽとぽと景気よくオリーブオイルを流し入れた。オールドスクールなガスコンロの摘みを回すと、カチチッという軽い音を鳴らしながら青い火がつき、フライパンを熱し始める。荒いみじん切りのにんにくが投下され、忽ちのうちにあの素晴らしく食欲を刺激する香りが立ちのぼる。
 マークの鼻は無意識にそれを拾ってくん、と鳴った。通りを歩いている時にふと漂ってきて、街ゆくひとが「どこからだろう」とつい足を止めてきょろきょろしてしまうような、近くのレストランの厨房から風に乗って運ばれてくるあの匂い。今うちのキッチンは、それによく似た素敵な匂いに包まれつつある。
「うまそうだな」
 そもそも自分が空腹だったからデリであれこれ買い込んできたのだ。ぐうと腹が鳴りそうな匂いに惹かれ、マークはジェイクの隣に立ってフライパンを見下ろした。黄金に色づき始めたにんにくがぱちぱちと小さく跳ね、唐辛子にブロッコリー、パプリカ、マッシュルームにヤングコーンといったカラフルな具材たちを歓迎している。
「これと買ってきたデリとで、かなり立派なディナーになるな」
 そうとわかればさっそくテーブルの支度を始めたいが、スティーヴンの帰りはいつだろう。今朝話した時には出掛けるようなことは言っていなかった気がするが……ひとまず連絡してみるか。
 と、思った矢先にマークはふと、ジェイクの指に巻かれた絆創膏に気が付いた。
「怪我したのか?」
「ああ、さっき野菜を切ってる時にちょっと」
「お前が包丁で怪我するなんて珍しい……スティーヴンじゃあるまいし」
「俺にだって失敗する時はあるさ」
 マークはふぅん、と普通に納得しかけたが、よくよく見るとジェイクのネクタイの結び目は歪んでおり、いつものきれいな逆三角形と比べると少々野暮ったい感じがした。ちら、と背中側を見てみると、白いシャツの裾がトラウザーズから少しだけはみ出ている。そして何よりマークの勘を働かせたのは、エプロンの紐ががっつり縦結びになっていたことである。
……さてはお前……ジェイクじゃなくてスティーヴンだな?」
 見た目にも話し方にも違和感はない。さっきまで本当に気付かなかったくらいよく似ている。
 がしかし、何かがおかしいと気付いてしまえば、マークが確信を持つのはすぐだった。
「ちぇっ、なぁんだバレちゃったか」
 それにスティーヴンが認めるのもすぐだった。あっさりと肩を竦めて誤魔化しもせず、「まぁマークが相手じゃね」とぼやいた次には「ジェイクー!バレたよー!!」と部屋の奥に大声で呼びかける。
 するとバスルームからジェイクが出てきて、彼はスティーヴンのお気に入りのシャツを着ていた。
「10分じゃ支度できねぇよ」
「ごめんて。思ってたよりマークが早く帰ってくるから」
「18時には帰るって言ったろう」
「18時!なるほどそそっかしいスティーヴンはうっかり午後8時と思ったわけだ!」
 ジェイクが不満たらたらにスティーヴンを睨むと、スティーヴンは素直に萎縮してぽりぽりと頬を掻く。
「あ、ああ~~。しまったそっちか、失敗した、それは僕の聞き間違いか勘違い……
「俺はなんだっていいが、ちょっと焦げ臭くないか?」
 大丈夫か?とスティーヴンに向けてマークが言うと、スティーヴンはアッと声を上げて再びコンロの前に飛びついた。火を小さくして木べらで具材を混ぜながら、素に戻った彼はにわかに口数が増えてフラットを賑やかす。
「あっ、大丈夫!セーフセーフ!あっち!油跳ねた」
 とにかく料理は無事そうなのでそれはスティーヴンに任せるとして、悪ふざけの片棒を担いだジェイクは先ほどのスティーヴンとも似た仕草で肩を竦めた。
「もうこのダサいシャツ脱いでもいいか?」
 亜熱帯の植物と南国の鳥柄シャツをうんざりしたように見下ろしながら、彼は言う。トロピカルでご機嫌なとっておきの一枚なのに、ジェイクの顔を苦々しくさせることだけが今このシャツの唯一の役目であるとは惜しいものだ。ロンドンの曇り空の下をこれで歩けば、濁ったテムズの流れとも相まってきっとずいぶん映えるだろう。
 マークはそんな想像を思わずして、ジェイクとは対照的に自然と口端が緩むのを自覚した。
「結構似合ってるぞ、ジェイク」
 そう言うと本人はあからさまに嫌そうな顔で「ウエ」と舌を出したので、マークは今度こそ笑ってしまった。


**


 それから暫くあとのこと。帰宅して二言三言スティーヴンと話すなり
「ジェイクだな」
 と見破ったマークに、ジェイクは悔しげに「なんでそんなすぐわかるんだよ!」と不貞腐れた態度をとった。スティーヴンより絶対上手くやったのに、これではジェイクが賭けた20ポンドはストレートにスティーヴンの懐行きだ。
 一方で、マークからすればこれは前回よりずっと簡単な問題だった。やっぱり見た目も仕草も話し方も完璧にそっくりだったが、嗅覚というのは人間の五感の中で、最も強く記憶と結びついているものなのだ。
 自由がちな癖毛をスティーヴンがどうにかすることはほぼない(彼が髪をきちんとセットしようと努力したのは、今の仕事の面接に行った日が最後だと思う。しかしそのセットも正直上手い出来だったとは言い難く、彼が職を得たこととその時の髪型に因果関係はないだろう)し、逆にジェイクは近所のコンビニに行って帰るだけでも髪を整えることがある。そしてジェイクが使っている整髪料は、マークがそこらのドラッグストアで買うやつの二倍三倍、いやもっと値段の張る高級ブランド品なのだ。
 ジェイクともあろう者が、この決定的な違いに気付かないとはうっかりしている。けれどその敗因にはすぐに自力で辿り着くだろうから、マークは敢えて「整髪料の匂いでわかった」なんて教えてやらない。

 なんでかこういう悪戯は、いつもスティーヴンとジェイクが一緒になって、マークが引っかけられがちなのだ。
 それはちょっとずるいだろ。たまには俺がやきもきさせたっていいはずだ。
 そう思ってマークは、どうしてバレたか言わない代わりに、「じゃあ今度は俺と賭けるか」と、愉快な気持ちでジェイクに持ちかけてみるのだった。

 (終)