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よるうみはる。
2026-06-08 22:44:06
52790文字
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パロ
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If you wanna Dance,
マジックマイクとダンスは僕の恋人を参考にしてます。
叶がストリッパーやってて、投資家の敬一くんに出会うという話。とんでもねえな。
あんまり媚びることはしてほしくないものの、ある程度性的な行動をしてますのでご注意を。
1
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9
――
あの日から、数ヶ月の月日が飛ぶように流れた。
獅子神敬一の日常は、叶黎明という規格外の存在によって完全にその形を変えていた。
新劇場のオープンに向け、大金を動かし、山積みにされた問題を弁護士たちと片付けていく。それはビジネスとして至極真っ当な作業のはずだった。だが、どれだけ数字や書類に追われても、その中心には常にあの蠱惑的な瞳と、甘く退廃的な香水の匂いが居座っていた。
それはまるで、記憶の残滓。視界の端に、ふと長い手足の影がちらつく気がする。香りが一番人の心に残りやすい、などと言ったのは誰だっただろうか。本人が目の前にいない時でさえ、まとわりつく気配が獅子神を捉えて離さない。それをため息ひとつで逃していくしかなかった。
まるで、質の悪い麻薬みたいな男だ。依存性が高く、気づかぬうちに侵食され、忘れようとしても体の奥底から渇きを訴えてくる。
近頃の叶は、報告や打ち合わせなどともっともらしい理由をつけては、ふらりと獅子神のオフィスへ姿を見せる。計画自体は何の滞りもなく進んでいるのに、あの夜、ソファに押し倒されて以来、叶が直接的な手を出してくることはなかった。
……
単純に、もう機嫌を取る必要がなくなったのだろう。
必要な資金の目処が立ち、ハコとなる物件の準備も整いつつある。もはや強引に迫る必要すらなくなったのだ。獅子神敬一という人間を、自分のために都合よく働かせる手駒として確保できた。そこでおしまいなのだと理屈をつければ、ひどく納得がいく。
それなのに、あの男は帰り際になると決まって、当たり前のように獅子神の唇を奪っていく。触れ合うだけの短いキスのくせに、甘く痺れるような余韻だけを強烈に残していくのだ。それは、こちらが逃げ出さないように繋ぎ止めておくための、まるで見えない首輪のようだった。
気まぐれに弄ばれているだけだとわかっている。その危険な遊戯を綱渡りのようにやり過ごしながら、獅子神は胸の奥でじくじくと疼き続ける痛みから、そっと目を逸らしていた。
そうしなければ、捨てられる瞬間はきっと来てしまう。あの男が一個人のものになるなど、土台無理な話だ。数多の視線を食らって生きる化物のように、多くのものを得ている方がよく似合っているのだから。そうやって光の下でピカピカしている方が、ずっと。
獅子神は、無意識に止めていた呼吸を再開させるようにして、大きく息を吸い込んだ。
「
……
ばかだなぁ」
今更だ。ぜんぶ。
網膜を焼き付けた瞬間から堕ちていたんだ。それを言葉にするにはきっと難しいことだった。獅子神は天井を仰ぎ、目を閉じる。部屋の静寂の中、このままあぶくみたいに消えてなくなればいいと思った。
しかし、どれほど心を摩耗させようとも、獅子神が手掛けたビジネスは立ち止まることを許してはくれない。
鬱屈とした思いを冷静な仮面の下に押し隠し、ただひたすらに数字と現場に向き合う日々。そうして忙しなくカレンダーをめくるうちに、季節は夏から秋へと静かに移り変わっていった。
肌に触れる夜風が、微かに冷たさを帯び始めた頃。
新劇場の内装工事がすべて完了したという報告を受けた獅子神は、叶の先導で歓楽街の端に位置するあの地下空間へと足を運んでいた。
かつての埃っぽい廃墟の面影は、そこにはもう微塵も残っていない。
真紅のベルベットが張られた豪奢なソファが並び、最新鋭の音響設備が壁を這う。何よりも目を引くのは、フロアのへそに鎮座する円形のステージだ。三百六十度、どこにいても演者の視線から逃れられないように作られたその場所は、叶が思い描いた姿を完璧に具現化している。
「
――
どう? オレの新しい城は」
二人きりのホールの真ん中。以前は骨組みだけだった真新しいステージの上に、叶黎明が佇んでいた。大きく手を広げて、恭しく礼をして見せる。ゆるい白のパーカーというラフな出で立ちだが、そこから伸びる黒のスキニーパンツが彼のしなやかで長い脚を際立たせていた。
「醒めない夢ってやつだったか
……
? それは見せてくれそうだな」
獅子神は努めて感情を抑え込み、周囲を見渡しながら低く答えた。
「つれないなぁ。今日はもっと手放しで喜んでくれると思ったのに」
叶は喉の奥でくすくすと笑うと、ふわりとステージの中央へ滑り出た。
「さて、と。
……
オープンは明日の夜だ。今夜は特別に、敬一くんのためだけの『こけら落とし』をしてあげる」
次の瞬間、叶はゆっくりとステップを踏み始めた。獅子神の瞳がそこへと移動する。あの夜、四角い小さなステージの上で命令を下した瞬間のように。
防音の施された地下のフロアには、ただ叶の靴底が床を滑る微かな摩擦音と、布擦れの音だけが落ちる。
この広い空間には、確かに自分たち二人しかいない。音楽はない。完全な静寂の中、叶の身体だけが雄弁に語りかけていた。
ゆっくりと。まるで獲物を追い詰める大型の肉食獣。あれだ、ブラックパンサーみたいな男なのだ、叶黎明という男は。長くしなやかな手足が弧を描き、空気を撫でるたび、その残像が目に焼き付くような錯覚に陥る。ラフなパーカー越しにも分かる、計算し尽くされた筋肉の躍動。重心の移動に合わせて布が翻り、わずかに覗く白い肌が、薄暗いステージの上で異様なほど艶めかしく発光して見えた。
視線を外すことができない。いや、外したくなかった。
あの狂騒の夜、数百人の女たちを狂わせた規格外の熱量。それが今、この閉ざされた空間で、獅子神敬一というたった一人の男のためだけに惜しみなく注がれている。
指先の僅かな震え、空気を切り裂くようなターン、そして挑発的に腰を沈める仕草。
音響設備から放たれるビートの代わりに、叶の動きそのものが獅子神の心臓の脈を直接打ち据えてくる。靴音が鳴るたびに鼓動が跳ね、叶が深く息を吸い込めば、獅子神の呼吸もそれに合わせて否応なしに引きずり込まれる。
ステージの縁まで滑り込んできた叶と、視線が絡み合った。
三日月のように細められた飴色の瞳が、真っ直ぐに獅子神を射抜く。そこにあるのは、圧倒的な自信と、獲物を逃がさないという獰猛な捕食者の色。
ドクン、と。獅子神の胸の奥で、決定的な音が鳴った。
息をするのも忘れるほどの、完璧なパフォーマンス。無音だからこそ、叶という存在の輪郭が恐ろしいほど鮮明に浮かび上がる。理屈も、自尊心も、この男の引力の前では砂の城のように崩れ去っていく。獅子神はきっと、今、あの夜の女たちと同じ感情を視線の中にのせているような気がした。瞬きで切り替わってくれないだろうか。
ポーカーフェイスなんて、この男の前ではなんの役にも立ちそうにない。
やがて、叶の動きがピタリと止まる。
束の間の静寂が戻ったフロアで、叶は胸を上下させ、荒い息を吐きながらステージから軽やかに飛び降りた。
汗ばんだ前髪の間から覗く、熱を帯びた瞳。叶は迷いなく獅子神の前に立つと、逃げ場を塞ぐように首筋に腕を回し、そのまま強引に唇を塞いだ。
「
……
っ、んぅ」
驚く暇も、後ずさる隙も与えられない。深く、貪るようなキス。無音のダンスで極限まで高められた熱を、そのまま粘膜へと流し込むような獣じみた口づけに、獅子神の足元がぐらりと揺らいだ。腰がしなり、そのまま覆いかぶさるように何度も角度を変えて、キスは繰り返された。
「
……
ッな、がっ、ぃ」
「はは。
……
なあ、どうだった、オレのステージ。
――
敬一くんのためだけの」
唇を離し、艶然と微笑む叶。間近で囁かれたひめやかな声に、獅子神はもはや憎まれ口を叩くことすらできず、ただ荒い呼吸を繰り返すことしかできなかった。無防備に息を乱す獅子神の顔を満足げに見下ろすと、叶は長い指先で獅子神の唇の端を親指の腹でゆっくりと拭った。
「ねえ」まるで子供が秘密を話すように耳元にこっそりと声を忍ばせる。「オレの部屋。敬一くんに来て欲しいんだ。ダメ?」
疑問形をとってはいるが、その声色には一切の拒絶を許さない絶対的な響きがあった。
ここで、バカなことをと突き放して背を向けるべきだ。それなのに、脳内で警鐘を鳴らす理性は、叶の放つ熱に当てられて、すでにドロドロに溶け落ちている。もう、無理だ。これ以上自分で蓋をし続けるのは限界だった。
無音のダンスで魅せられた残像が、網膜にこびりついて離れない。獅子神はただ、小さく息を吐いて視線を逸らす。
それが完全な降伏の合図であることを、叶が見逃すはずもなかった。
上機嫌に笑い声を零した叶は、獅子神の手首を強引に掴むと、そのまま自分のテリトリーへと引きずり込むようにして地下空間から這い上がった。
呼びつけたタクシーの後部座席に乗り込み、流れる夜の街のネオンが窓越しに飛ぶように過ぎ去っていく。隣に座る叶は、シートに深く身を沈めこっそりと肩口へと頭を寄せてきた。何を思ったのか、互いの足の間にあったてのひら、その指の股の間を、するりと擦った。まるでピアノの鍵盤を叩くように微かに動き、その些細な接触だけで、先ほどのステージでの熱が鮮烈に蘇り、獅子神の下腹部に鈍い疼きが走る。
何も言わず、ただ触れているだけ。それなのに、この男の隣にいるだけで自分が自分でなくなっていくような感覚に陥る。
やがて車が滑り込んだのは、都心の一等地に聳え立つ高級タワーマンションの地下駐車場だった。
静かに上昇する専用エレベーターの中で、獅子神は自身の心臓が嫌な速さで脈打っているのを自覚していた。指先は離されることなく、まるで逃がさないとでもいうような叶自身が鎖のように絡みつく。
叶黎明のプライベートな空間。
そこに足を踏み入れるということは、引いた境界線を完全に越え、取り返しのつかない場所まで落ちていくことを意味している。エレベーターの扉が開く。叶に促されるままに、廊下を歩き、獅子神は初めてそのパーソナルスペースへと足を踏み入れた。
広々としたリビングは、彼がステージで放つ極彩色で派手なオーラからは想像もつかないほどシンプルだった。生活感の薄い無機質な空間で、無駄な家具は一切ない。壁一面を切り取る巨大な窓ガラスが、都会の冷たい夜景を映し出している。机の上にはただそんな部屋の中で浮き上がる、エナジードリンクの缶が数本乗っていた。そこから漂うのは、叶がつけている香水の香りとよく、似ていた。
「どうかな? オレの部屋」
背後でカチャリ、と重い鍵が締まる音がした直後。背中に屈強な質量がのしかかってきた。
叶の長い腕が獅子神の腰に背後から絡みつき、すっぽりとその巨躯をホールドする。あの狂騒のクラブで初めて触れられた夜と同じように後ろから抱き留められる。首筋に顔を埋められ、深く息を吸い込むような音が聞こえた。
「
……
甘ったるい匂いがする」
微かに震える声を隠すようにしてそう答えると、叶は首筋にちゅ、と熱いキスを落とした。
「なんだろう。ああ、オレ、エナドリ好きだからそれのせいかな。それともデュフューザーかな」
獅子神のシャツのボタンに、叶の長い指先が掛けられた。スルスルと滑らかに一番上のボタンが外され、あらわになった鎖骨の皿を長い指先がなぞっていく。骨の形を探るかのように。
「かの、う」
「
――
もういいだろ? 食い散らしてやりたかったんだ、ずっと」
牙を剥くようなその言葉とは裏腹に、獅子神の肌に落とされる叶の唇はどこまでも甘く、ひどく丁寧だった。
抵抗する隙など最初から与えられていない。シャツが床に滑り落ち、露わになった肌を熱を帯びた指先が這うたび、脳内で警鐘を鳴らしていた理性はあっけなく崩れ去っていく。
キスをしながら足がもつれるようなままに、寝室へと飛び込む。広いベッドへと押し倒され、視界が反転する。エナジードリンクと香水の混じった甘ったるい匂いが鼻腔を埋め尽くし、叶の放つ圧倒的な熱量に完全に呑み込まれた。無機質だったはずの部屋は、夜が白み始めるまで、二人の熱い吐息とひめやかな声だけで満たされ続けた。
すべてをドロドロに溶かしてしまうような、長くて、
――
深い夜だった。
……
遮光カーテンの隙間から、細い陽の光が床に落ちている。
目を覚ました獅子神は、重い瞼を押し上げて小さく呻いた。全身を苛む気怠い疲労感と、腰の奥でじくじくと燻る熱。そして何よりも、自分の肌の隅々にまで染み付いた叶の匂いが、昨夜の狂態をこの上なく鮮明にフラッシュバックさせる。
獅子神の部屋で迎えた「最初の夜」は、完全に叶のペースで蹂躙され、主導権を無理やり奪われた屈辱的なものだった。だが、昨夜
――
叶のテリトリーで迎えた二度目の夜は、違ったのだ。
恐ろしいほどに甘く、逃げ場のない執着を持って愛し尽くされた。触れられるたびに身体が勝手に熱を帯び、叶の呼ぶ声に応えるように自ら彼を求めてしまった。その事実が、獅子神の強固な気持ちを完膚なきまでに叩き割っていた。
そっと寝返りを打つと、隣には叶が無防備な寝息を立てている。
ステージの上で放つ凶悪なまでの色気はどこへやら、前髪を下ろした素顔は驚くほど幼く、穏やかだった。シーツから覗く引き締まった肩幅と、そこに獅子神自身が熱に浮かされてつけてしまった細長い赤い痕跡が、彼が紛れもなく獰猛な雄であったことを証明している。今夜はショーなのに、この痕をどうする気なんだろうか。コンシーラーで消せればいいが、それともこれすらショーのひとつとして見せつける可能性もあった。
(
……
ああ、もう。取り返しがつかない)
獅子神は、胸の奥でチリチリと燃え広がる、決して認めたくなかった感情の正体に直面していた。
――
恋だ。
バカバカしい。仕事を行う上で、感情をノイズとして排除して生きてきた自分が。夜の街で数百人の女たちを狂わせる男に、骨の髄まで惚れ込んでしまったのだ。
叶の頬にそっと触れようと伸ばした指先が空中で止まり、獅子神は自嘲するように唇を噛んだ。
このままここにいれば、どうなるかは火を見るより明らかだ。獅子神敬一という人間は、叶黎明というブラックホールのような重力に魂ごと吸い込まれ、彼に依存してしまいたくなる。そのピカピカに手を伸ばして、灼け落ちるのは獅子神だ。
太陽に恋焦がれるイカロスみたいに。身を焼かれて、地面に落ちるのだ。
投資したビジネスの成功は約束されている。だが、このままでいれば、いつか瓦解する関係性だと知っている。魅せることを知っている男の口から吐き出される言葉が本物かどうかを、疑って生きるのは難しいに違いなかった。そんなもの、恋だ愛だのその間に適応させるものじゃなかった。
それに、あの光の下でピカピカと輝く男を、獅子神敬一という名の鳥籠に閉じ込めることなど、到底できはしないのだ。
(
……
叶は、もっと広い世界を見たくなるはずなんだ)
その時に自分ごときの一投資家が手を貸してやるのは限界だ。一緒に歩むにはあまりにも、場が違い過ぎる。
獅子神はベッドから音もなく抜け出し、床に散らばった自分の服を拾い上げた。首筋に残る痛々しいほどの痕を襟で隠し、眠る叶にそっと、触れるだけの口づけを落とした。
「
……
ん。敬一くん、キス、もっと」
不意に、微かに掠れた甘い声が鼓膜を揺らした。
触れるだけの口づけの感触で目を覚ましたのか、叶が薄く目を開け、寝ぼけ眼のまま獅子神の腕を掴んだ。
いつもなら「寝ぼけるな」と憎まれ口を叩いて手を振り払うところだ。だが、今朝の獅子神は違った。溢れ出しそうな愛しさが、彼の態度をひどく柔らかくしていた。
「
……
悪い、起こしたか」
獅子神がベッドの縁に腰を下ろし直して前髪を優しく梳いてやると、叶は心地よさそうに目を細めてすり寄ってきた。
「ううん
……
敬一くんの匂いが離れていったから、起きた」
「なんだよ、それ。朝ごはん、何か作ってやろうか? 冷蔵庫のもん使ってもいいか?」
「いいよ。
――
ん、オレも起きる。待って」
身を起こした叶は、その辺に脱ぎ捨てた服を掴むと、適当にボトムスを履き、黒のカーディガンを素肌に着込むと、待っていた獅子神を抱き寄せるとつむじにくちびるを落とす。まだ眠りのふちにいるらしく、ふわふわとしたままの叶は、獅子神に連れられるようにしてダイニングキッチンへと進んだ。
朝日が柔らかく差し込み、獅子神は冷蔵庫の中にあるものを見つめる。ペットボトルのアイスコーヒーと、卵、それからベーコンがあったので、それを取る。大した材料はなかったが、食べられるものがあるのは意外だった。
「
……
なんか失礼なこと考えてるだろ? ちょっとくらいは作るよ、オレも」
背後から抱きしめるようにしていた叶が、不服そうに抗議の声を上げた。
「だはは、バレたか。料理とか興味なさそーだからよお前」
ペットボトルの珈琲のわりには注ぐと、香りがそれなりにした。昨夜の甘ったるい残り香を少しだけ中和してくれる気がする。獅子神はグラスに注いだアイスコーヒーを二つカウンターに置くと、大きな身体を獅子神の背中に預け、肩口にすりすりと頬を寄せてくる。
「
……
朝起きたら敬一くんいるのめちゃくちゃいいな。今度もっと材料買ってくるから、おいしい朝ごはんつくってよ」
「今度、な」
その答えに無邪気に笑う叶の声に、獅子神は胸の奥がギュッと締め付けられるのを覚えた。その未来が来ないことを知っているのは、自分だけだ。
獅子神は振り返り、叶の頬をそっと両手で包み込んだ。自分から甘やかすように触れてくる獅子神の行動に、叶は一瞬驚いたように目を丸くし、それから花がほころぶように甘く微笑んだ。上唇を食み、甘やかにキスを施してくるのを獅子神は黙って受け止めた。
「
――
今日、いよいよオープンだな」
くちびるのてっぺんを触れ合わせたまま、獅子神が穏やかに語りかけると、叶は「うん」と頷く。
「ちゃんと魅せてやるから。敬一くんもオレを一番いいところでみててくれよ」
「そうだな」
獅子神は、曖昧に答えた。是非を明確にはしなかったが、叶は嬉しそうに獅子神の手に自分の指を絡めた。
「
……
初演のあと、迎えに行く。敬一くんに渡したいものがあるから。待っててくれよ」
それは、昨夜獅子神を抱き潰した絶対的な捕食者の顔ではなく、ただ愛する人に自分を見てほしいと願う、一人の青年の顔だった。獅子神は絡められた指先を優しく握り返し、叶の瞳を見つめ返した。
獅子神はまなじりをほどいて、笑みを浮かべた。
「
……
ショーが跳ねたらな」
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