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よるうみはる。
2026-06-08 22:44:06
52790文字
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パロ
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If you wanna Dance,
マジックマイクとダンスは僕の恋人を参考にしてます。
叶がストリッパーやってて、投資家の敬一くんに出会うという話。とんでもねえな。
あんまり媚びることはしてほしくないものの、ある程度性的な行動をしてますのでご注意を。
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獅子神のオフィスからほどなくして連れてこられたのは、大通りから一本裏に入ったところにある、少し隠れ家っぽいイタリアンレストランだった。昼時だというのに客席の間隔が広く、静かで落ち着いた雰囲気の店だ。近くに住んでいるというのに、こんな所があったなんて知らなかったなと、獅子神は素直に感心する。
普段は自炊か、本当に近くにある定食屋で簡単に済ませてしまうからだ。洒落た店に連れ立って歩く相手もいないので、栄養的な面を考えると定食が一番無難な気がしている。手っ取り早くファストフード、という時もあるが。
席に着くなり、叶は慣れた様子で店員に声をかけた。
「パスタのコース、二人分。あと、彼がすごくお腹空かせてるみたいだから、前菜をちょっと急ぎめでお願い」
メニューに手を付ける間もなく、注文してしまう男に、獅子神は少しムッとした表情を向けた。「おい、勝手に決めるな」
「だって何食べるか迷うだろ? ここのトマトソース、絶品だから任せてよ」
叶はメニューをパタンと閉じ、悪戯っぽく微笑んだ。まるで、獅子神のことならお見通しだと言わんばかりの態度に、う、と思わず顔をしかめた。確かに、メニューを見たらどれにしようか考えあぐねて、結局最後は、さっぱりした味やカロリーの低そうなものを選んでしまうことは目に見えていた。
獅子神は「そうかも、しれないけど、」と言い淀む。赤いコンタクトを外した素顔の男は、昨夜のステージで見せた圧倒的な狂気が嘘のように、驚くほど自然体で、どこか人懐っこさすらある。まるで猫みたいだと思った。
獅子神は椅子の背にもたれ、じっと叶を見つめた。
「
……
今回は、テメーの注文に任せる」
不本意ではあったが、味に自信があるなら一度乗ってやるのも悪くない。それに、近所だし美味ければ今度一人で来ればいい。
「つか、なんの用だよ。金ならあれでおしまいだぞ」
「まさか」叶は大げさに手を広げてみせた。目を大きく見開き、心外だとでも言いたげである。「オレに、金が無いようにみえるのか?」
もちろん、そんなわけがない。着ているものはシンプルだが、生地の質の良さは一目でわかった。金に困っている人間は、こんな風に全身から余裕を滲ませたりはしない。獅子神はこの世界に入ってまだ日が浅かったが、それくらいの人間観察はできた。
「じゃあ、なんの用なんだよ」
獅子神は低めの声で、真っ直ぐに問いただした。周囲の静かな客席に響かないよう、声のトーンは最低限に抑える。
「昨日のお礼。あと、普通に君と話してみたかったから」
「お礼なら、さっきエントランスで勝手にやったキスとやらで相殺されただろ」
皮肉のつもりで言った。恐らく叶も分かっているが、なんでもないように受け流され、肩を竦められる。
「あんなのただの挨拶みたいなもんじゃん」
叶は悪びれもせず、運ばれてきたアイスティーのグラスを長い指先で弄んだ。カラコンを外した瞳は初夏の光を透かすと、ひどく無害な青年のように見える。それがかえって、獅子神の警戒心をチリチリと逆撫でした。そもそも無害な奴は、マンションの下で待ち構えていたりしないのだ、普通は。
獅子神の剣呑な様子もどこ吹く風で、叶はにっこりと笑みを浮かべてみせる。身長も体躯もあるにせよ、顔の小ささと目や口がいちいち大きくて丸いからか、獅子神は自分より年下なんじゃないかと疑いそうになる。大きなアーモンドアイをぱちくりとさせている様子は、やっぱり猫のようだった。
会話が途切れたタイミングで、前菜の盛り合わせがテーブルに並ぶ。色鮮やかなトマトとバジルのカプレーゼ、薄く削ぎ落とされた生ハム。
「ほら、お腹空いてるんでしょ。食べながら話そうよ」
「
……
いただきます」
釈然としないまま、獅子神はフォークを取った。口に運んだトマトは冷たく、驚くほど濃密な甘みがあった。悔しいことに、今の獅子神の空腹と乾きを完璧に癒やしていく。獅子神が黙々と咀嚼している間、叶はみずからの皿にはほとんど手を付けず、頬杖をついたままその様子を眺めていた。値踏みするような視線ではなく、まるで珍しい生き物の観察を楽しんでいるような、純粋で、それゆえに酷く傲慢な目だった。
「お前、普段から気に入った客にああやって付きまとってるのか」
生ハムにフォークを伸ばしながら、獅子神はあえて突き放すように訊ねた。
「まさか。オレ、ステージ終わったら速攻で帰るよ。裏口から車に乗って終わり。フロアに降りること自体、年に数回あるかないかだし」
たしかに、そんな話を獅子神は先輩から聞き及んでいたことを思い出す。ショー自体も稀で、客との接触もほぼ無いに等しい。ちなみに、叶がステージに立つ前は、ストリップクラブらしく、裸になっていく男たちがホールに降りてきては、女性たちに手を出していた。そういうところなので、客からもきゃあきゃあという黄色い悲鳴が何度も上がっていたので、別段叶以外がすごくないわけでもないのだ。
しかし、獅子神も見た通り、彼のパフォーマンスは彼らを前座に押し込めてしまえるほど圧巻だった。
そんな叶のきまぐれとも言える行動を、あの夜待っていた女性客は多いはずだ。なのに、それはすべて獅子神に向かったのだ。男性客が珍しいかったから? 脳内ではその理由が弱いことも分かっていた。
「
……
じゃあ、なんでオレだったんだよ」
率直に尋ねる以外なかった。
「敬一くんがオレを無視したから」
叶はあっけらかんと言ってのけた。
「は?」
「あのフロアにいた全員がオレを見てたのに、敬一くんだけずーっと退屈そうにグラスの氷転がしてたでしょ。早く帰りたいなーって顔してさ。自分で言うのもなんだけど、オレは男にも観てもらえる自信がある」
そのたっぷりとした余裕と傲慢な自信は、叶黎明によく似合った言葉だ。獅子神も一瞬、目を奪われたのは確かだ。とはいえ、結論から言ってしまえば場違いである窮屈さに目を逸らしたにほかならない。「それは
……
ただの付き添いだったから」
言い淀む獅子神を前に、叶は目を細めた。
「知ってる。だからオレ、ちょっとからかって、困った顔でも見られたら満足して帰るつもりだったんだよ」
叶は思い出すだけでも愉快だと言わんばかりに、喉の奥でクスクスと笑った。
「そしたらさ、まさかあんな風に噛みついてくるなんて思わないじゃん。オレ、自分のステージで、あんなに面白いハプニングが起きたの初めてだよ。おかげで昨夜は興奮して寝付けなかった」
「
……
お前が先に、変な真似をしてきたからだろ」
「変な真似って、あれは最高の演出だよ。でも、敬一くんのあれは完全に本気の剥き出しの牙だった。あの瞬間、オレの首筋に冷たい刃物を突きつけられたみたいで、最高にゾクゾクした」
琥珀色の瞳の奥に、どろりとした熱が灯る。昨夜、地下の狂騒の中で女たちを蹂躙していた【REIMEI】の顔が、一瞬だけ素顔の隙間から覗いた気がして、獅子神の背筋に冷たいものが走った。この男は、予想外のハプニングを恐れるどころか、自らのペースが乱されることを誰よりも欲し、面白がっているのだ。
カチャ、と静かな音を立てて、湯気を立てるメインのパスタが運ばれてきた。
鮮やかな赤が美しい、叶の言っていたトマトソースのパスタだ。にんにくとバジルの芳醇な香りがふわりと二人の間に広がり、わずかに温度が低くなった卓上の空気が、料理の温かさによって強制的に平熱へと引き戻される。
叶は「これこれ。熱いうちに食べなよ」と、何事もなかったかのようにフォークを手に取った。先ほどまでの獰猛な気配をすっと引っ込め、本当にただの美味しいランチを楽しみに来た青年の顔に戻っている。この気分の切り替えの早さも、獅子神にとっては調子が狂う原因だった。
獅子神はパスタをフォークに巻きつけ、口に運んだ。酸味が絶妙に抑えられたソースは驚くほどコクがあり、確かに絶品だった。
「
……
美味いな」
「でしょ? オレの目に狂いはないんだよ」
少しだけ口元を緩めた獅子神を見て、叶は満足そうに自分のパスタを口に運ぶ。
しばらくの間、穏やかなフォークの音だけが響く。そんな普通の、どこにでもある昼食の空気に少しだけ毒気を抜かれながらも、獅子神はパスタを強引に飲み込み、冷ややかに会話の続きを切り出した。
「そもそも、勝手に演出の一部にすんな。男に女の真似事して怒らないわけねーだろ」
「まさか。女にだってやったことないよあんなこと」
「
……
っ、だったら、なおさら意味わかねーよ。オレがあんなことされて喜ぶと思ったのか? 生憎そっちの趣味はねえんだよ」
「オレだって普段は別にないよ。敬一くんだから言ってるの」
「
……
は?」
あっけらかんと、まるでそんなことは当然だとでも言うかのように叶は口にした。同じようにパスタを器用に巻き付けて食べながら、変なことでも言っただろうかと首を傾げてくる。
「敬一くんのその、プライドが高くて負けず嫌いな目が気に入ったんだよね。金渡せば満足だろうみたいな態度も、お高くとまってて最高にそそる。次はどんな顔でオレを拒絶してくれるのかなって、そればっかりいま考えてる」
あまりにもストレートで、かつ欲望に忠実な物言いに、獅子神は完全に言葉を詰まらせた。
夜の街の住人らしい、回りくどいおねだりや駆け引きをしてくるなら、いくらでも大人の対応でいなす自信があった。しかし、この男の態度はあまりにも直球で、等身大の男としての押しが強すぎる。理屈で構築された獅子神の城壁を、重機で正面から突っ切ってくるような暴論だった。
「
……
頭おかしいんじゃねえの」
「よく言われる。でも、おかげでこうして二人で飯食えてるわけだし、オレとしては大満足かな」
叶は食後用の珈琲を飲み干すと、獅子神が財布に手を伸ばすより早く、テーブルの上の伝票をさっと掠め取った。
「ここはオレの奢り。昨日のお礼ね」
「
……
ああ、もう。勝手にしろよ」
店を出ると、初夏の少し汗ばむような風が大通りから吹き抜けた。眩しい太陽の光が、二人の影をアスファルトに濃く落としている。
獅子神はわざと見えるように腕時計を確認し、叶に向き直った。
「飯は付き合った。これで終わりだな。オレは仕事があるから戻る」
「うん。今日はここまでにしてあげる」
叶は素直に一歩後ろに下がった。引き際だけは驚くほど潔い。ホッとして、獅子神が背を向けようとしたその瞬間、叶が不意に距離を詰めてきた。
耳元に、スッと背の高い男の影が落ちる。柔らかなニットの隙間から、あの退廃的な香水の匂いが、昼の風に混じって鼻腔をくすぐった。
「次はさ、部屋にお邪魔するから。ちゃんと片付けといてね、敬一くん」
昨夜のステージで耳元に吹きかけられた、あの低くて甘い、抗いがたい声音。
獅子神がハッとして振り返った時には、叶はひらひらと長い手を振りながら、すでに雑踏の中へと歩き出していた。人混みの中でも、あの抜群のスタイルと整った背中は嫌でも周囲の目を引く。歩き去る姿すら、どこかランウェイを歩くモデルのように優雅だった。
「
……
二度と会うか、バーカ」
誰もいない空間に向かって、獅子神は子供じみた悪態を小さく吐き捨てた。
完璧にペースを乱されている。これからオフィスに戻って数字を追わなければならないというのに、頭の中はあの琥珀色の瞳と、男のくせにやたらと屈託のない、それでいて獰猛な笑顔で一杯になってしまっていた。
てのひらで、未だに微かな熱が残る耳元を乱暴に拭うような素振りで、獅子神は足早に歩き出した。自分が、叶黎明という厄介極まりない不確定要素に、知らず知らずのうちに足元を絡め取られ始めていることを、認めざるを得なかった。
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