よるうみはる。
2026-06-08 22:44:06
52790文字
Public パロ
 

If you wanna Dance,

マジックマイクとダンスは僕の恋人を参考にしてます。
叶がストリッパーやってて、投資家の敬一くんに出会うという話。とんでもねえな。
あんまり媚びることはしてほしくないものの、ある程度性的な行動をしてますのでご注意を。



 叶が手配したハイヤーに乗り込み、獅子神は流れる都会の景色を無言で見つめていた。隣に座る叶からは、夜を連想させる甘く重い香りが微かに漂い、車内の密閉された空気をじわじわと侵食し ていく。二人の間に横たわる香水が混じると、いやでもベッドのことを思い出し、獅子神は苦々しく顔をしかめた。意図的に距離を取るように窓際に寄っても、叶の存在感は狭い空間を容易く支配している。
「そんなに端っこに寄らなくても、取って食ったりしないよ」
 沈黙を破るように、叶が面白がるような声音を潜ませて声を掛けた。
「うるさい。オレはオメーと仲良しこよしごっこをしたいわけじゃねえんだよ」
「ひどいなあ。これからビジネスをするんだから、仲良くしようよ。敬一くんとオレ、相性良いと思うんだけど」
 しかめ面のまま視線を向けると、叶は肩を竦めるとそっと身を乗り出してくる。獅子神を逃さないように、腕を掴む。
「だって、初めてだったでしょ?」声を潜めて耳元にくすぶるような、ひめやかさで。「初めてで、オレと気持ちよくなってくれたの敬一くんだけだよ」
 耳を焦がすようなひどく生々しい囁きに、獅子神はカッと顔に血を上らせた。掴まれている手から逃れるように腕を乱暴に払いのける。睨む視線にもたじろぐことはなく、叶はおどけてみせるばかりだ。
……っ、図にのんなよ。あれは生理的なもんだ!」
「えー? でもさぁ、初めてでオレの全部挿入っちゃうのって、かなり相性じゃない? ……ねえ、オレずっと口説いてるの気付いていないわけじゃないだろ?」
 それは、と獅子神は言葉を飲み込む。
 確かに口説かれているような言動は何度もあった。だが、その飴色の瞳の奥にいつも潜んでいるのは、自分のステージで靡かなかった生意気な客を陥落させてやろうという、ゲームを楽しむような色だ。
 獅子神はどちらかと言えば、普通の人よりも他人の感情の機微には敏感な性質だ。何を考えているのか、どう思っているのか――些細な視線の動きや声のトーンから、その腹の内を察することができる。仕事柄ということもあるかもしれないが、投資先が詐欺だった、損失を被るリスクはないかと見極める意味でも大いに役立ってきた。
 だからこそ、目の前のこの男が発する熱量にも、警戒のアラームが鳴りやまないのだ。獅子神からすれば、叶の言葉の裏には「獅子神敬一」という人間を己の魅力で屈服させ、弄んでやろうという意図が見え隠れしているようにしか思えない。どうにか計画的に利用してやろう、というその魂胆があるような気がして、男の言う口説き文句というのは、すべて虚飾でしかないと思っている。
 毎夜、何百人もの女たちに疑似恋愛を売り捌き、甘い言葉を吐き慣れた男の台詞。叶にとってこれはただの暇つぶしであり、面白そうな玩具をからかって遊んでいるに過ぎない。――そんな疑念が、どうしても払拭しきれないでいた。
……面白がってるだけだろ」
 ぽつりと。獅子神はこぼれる言葉を飲み込むようにして、吐き出した。叶は、否定も肯定もしない。でもそれは正しいことだ。どちらにしても、獅子神は否定的な単語の答えしか並べることは出来ない。笑みを浮かべたままの叶に疑心暗鬼の目が育っていくのを止められそうにはなかった。
 車が静かに停車し、運転席との間を隔てるパーテーション越しに到着を告げる声が聞こえた。先に降りた叶が先導するようにして動く。
 辿り着いたのは、ネオンがひしめく歓楽街の中心から少し外れた、年季の入った大型の商業ビルだった。叶は迷うことなくビルの裏手へと回り、シャッターの横にある目立たない通用口の扉を開ける。
 外の熱気とは無縁の、ひんやりとした空気が肌を撫でた。暗く埃っぽい階段を地下へと降りていく。叶の革靴の音が、コンクリートの壁に反響しては消える。地下二階。突き当たりにあった重厚な防音扉を叶が体重をかけて押し開く。
「さぁ、どうぞ。オーナー」
 扉を抑えたまま、深々と腰を折って中へと促す仕草に、ふんと鼻を鳴らし、獅子神はその室内へと一歩足を踏み入れると、そこには思いのほか広大な空間が広がっていた。
 どうやら元々は、大型のキャバレーか地下ライブハウスだったようだ。客席の跡地には撤去された機材の配線が剥き出しになり、奥には一段高くなったステージの骨組みだけが残されている。埃の匂いと、長年人が立ち入っていない淀んだ空気が充満していた。
 獅子神はぐるりと周囲を見渡す。建築は専門ではないが、この場所で成功するのかどうかの見極めくらいの判断は下す必要がある。ほぼスケルトンに近いが、防音壁などはそのままになっているが、骨組みになったステージの耐久性が果たしてあるのかどうかの確認すらも今は出来ない。頭の中だけで、空間を組み立てる。平米数、柱の位置、天井の高さ。客席のキャパシティと動線の確保。
……お前の人気だけで言えばこの広さは悪くないな。あくまでオレが分かっている範囲の話だから、それ以下の可能性もあるが――。だけどな、設備は完全に死んでるし、空調も水回りも、防音設備もすべて一から入れ直しだ。初期費用だけで億単位のキャッシュが飛ぶな。回収の目途はあんのか?」
「一年目は恐らくほぼ広告で飛ぶと思ってる。育成もあるし、オレひとりで回しきれるものじゃないのは理解してる。が、オレは五年以内には回収できると考えている」
「どんな計算式かはあとで聞いてやるよ……。そもそも、風営法はどうなんだよ。お前の企画書からすれば男版のバーレスクって感じだろ。全裸になることはないにせよ、半裸とか軽度の接触はあるって考えていいのか? それともダンス特化型か? このあたりの度合いによっちゃ、特定の飲食店営業じゃ許可がおりねえぞ」
 法律関係の話をここでするべきではないのかも知れないが、目途をつけている物件に対して、また一から探すのは手間もかかる。叶は、うーんと一度悩んだようなふりをして見せると、にっこりとこちらを向いた。
「法律はわかんないな! まわりは繁華街、学校や教育機関は無い場所を選んだ。だからその辺は、敬一くんにまかせていいか?」
 悪びれもせず言い放った叶に、獅子神はこめかみが微かに引きつるのを感じた。
……お前なぁ。オレは都合のいい魔法使いじゃねーぞ。場所がクリアできていたとしても、深夜営業や客との接触度合いによっては警察や消防の厳しい指導が入る。どんなに優れたビジネスモデルだろうと、法的なハードルを越えられず採算が合わなければ、この話は無しだ」
 ビジネスの場において、熱量や夢物語だけでは金は動かない。法律の壁と、それに伴うコストのリスク。獅子神の言葉は、叶の楽観的な展望に冷や水を浴びせるような現実そのものだった。しかし、叶は獅子神の厳しい追及にも顔色一つ変えなかった。それどころか、面白そうに喉の奥でくすくすと笑う。
「それは困るな。なんとかしてくれよ、敬一くん。そういうのは敬一くんの方が詳しいだろ?」
「なんで、そこまで……ああもう」
 知り合いの弁護士の名前を引き出しながら、獅子神は額を抑える。やることは山積みだ。この男の企画からいけば半年以内には、この場所は新規オープンすることになる。深いため息を吐く獅子神を横目に、叶は満足気に目を細めた。
「なぁ、想像してくれよ」
 叶はふらりと、かつて舞台だったであろう一段高い場所へと軽やかに飛び乗った。半スケルトン状態のため、剥き出しの基礎へ近づく危なっかしさに顔をしかめる。「あぶねえぞ」注意するも、叶はひらりと手を広げて頭上を見上げる。
「VIP席は一段高くして、照明はオレの動きに合わせてフロア全体を舐め回すように設計するんだ。演者と客の境界線をぶっ壊して、誰もオレから逃げられない空間を作る。……息を吸うのも忘れるくらいの、ひと晩の夢が醒めないでって願いたくなるような場所にしてやる」
 わずか、フロア内に留まった白熱灯の明かりが叶に差し込む。舞い散る埃さえもが彼の周囲できらきらと輝く粒子に変わり、ただの廃墟だった空間が一瞬にして熱を帯びた『ステージ』のように見える。世界観を掌握するその力に、獅子神はピカピカとした男の存在に自然と喉を鳴らした。
 きっと――いや、絶対に男はこのショービジネスを成功させる。そんなことは分かりきっている。最初から自信に満ち溢れていた男は挫折なんてものを知らずに生きていたのだろう。もしくはそれすらも、ねじ伏せてきたに違いなかった。自ずから、ピカピカと発光するような光に焼かれる錯覚に陥り、獅子神は思わず一歩後ずさった。
……――こわい)
 獅子神は無意識のうちに、胸の奥で冷たい汗をかくような感覚を覚えた叶黎明という男が放つ異常なまでの引力に、自分が根こそぎ持っていかれそうになるという本能的な恐怖だった。同時に、やはりこの男が自分に惚れただの好きだのと宣う口ぶりに、頷くのは難しいことだろ再認識する。
 獅子神の人生は、常に計算と予測の上に成り立っていた。リスクを測り、リターンを確実にする。感情を排除し、合理的であることを至上としてきた。それが獅子神敬一という人間の強固な輪郭を形作ってきたはずだった。生きていくためには余計な感情はノイズでしかないからだ。しかし、叶といると、その境界線がいとも簡単に崩されてしまう。
 この男の横に立ち続ければ、自分は自分を保てなくなる。
 気がつけば叶の熱狂という波に飲まれ、叶の言う観測者という安全圏から引きずり出されて二度と浮上できなくなるのではないか。好きだとか愛だとか、そんな生温い感情ではない。自分の自我が溶かされ、叶の色に染め上げられてしまうことへの根源的な恐れだ。
 そんな獅子神の怯えなど知る由もないのか、それともすべて見透かしているのか。叶は舞台の縁から飛び降りると、一直線に獅子神の元へ歩み寄ってきた。
「敬一くんには、特別に一番良い席を用意してあげる。誰よりも近くで、オレの全部を見られる特等席だ」
……オレより、金を払ってくれるやつに譲ってやれよそれを」
 叶の顔が間近に迫る。飴色の双眸が、獲物を捕らえて離さない肉食獣のように鋭く光っていた。
 なんで、お前はオレを見てくるんだ。叶黎明はどう見ても、相手など引く手数多だ。バイセクシャルだろうとなんだろうと、わざわざツンケンとしている自分よりもっと手頃な相手を探せばいいのにと思わずはいられない。
(毛色の違う人間が物珍しいだけだろ?)
「ダメダメ。そこは敬一くん用なんだ。ショーが終わったらオレがそこに迎えに行ってキスをしてやるんだから」
 鼓膜を直接撫で上げるような、ひめやかで酷く熱を帯びた声。砂糖を煮詰めたようなそれを聞いた途端、獅子神は首筋の産毛が粟立つような感覚を覚えた。叶の指先が触れた胸元から、ジリジリとした熱が侵食してくる。好きだとか、愛しているだとか、そんな甘い感情は微塵もない。ただ、この男の存在そのものが劇薬であり、自分の世界を壊す致死量の猛毒でしかないのに。
「それで、喜ぶやつにやれよ」
 ぽつりと吐き出した声は、どこか疲れていた。それとも、震えていたのかも知れない。
「敬一くんは喜んでくれないの?」
……なんで」
 どうしてそんな風に言えるのか分からない。獅子神のことなど、すべてお見通しだと言わんばかりに、確信した物言い。「もう――視察は終わりだ」話題を変えるべく、わざとらしく話を切り上げる。しかし、叶はそれを逃がすような男ではない。
「おい、勝手に終わらせるな。オレの問いかけに答えろ。お前はどうなんだよ、オレは敬一くんが欲しくてたまらないんだから」
 先ほどまでの飄々とした甘さを微塵も残さない、低く這うような声。獲物の退路を完全に断ち切るような、絶対的な捕食者としての威圧感に、獅子神の心臓が嫌な音を立てて跳ね上がった。掴まれた腕から伝わる叶の体温が、火傷しそうなほどに熱い。至近距離で見下ろしてくる飴色の瞳には、一切の誤魔化しや逃亡を許さない強烈な光が宿っていた。
 どうなのかなんて、わからない。わからないが、違うと答えるのは気持ちの偽りと一緒だった。崖そばに立たされているような、そんな瀬戸際だ。回答を間違えれば、叶という人間に何をされるか分からない。
「オレ、も……叶、が欲しい」
 ビジネスとして、と付け加えようとしたが、それを遮るようにして叶に抱きすくめられる。頬を掌で掴まれ、そのままくちびるを吸われる。
 ちゅう、と。微かな水音が埃っぽい地下室に生々しく響いた。
 ただ唇が塞がれただけだというのに、叶の体温と、いつもの夜を思わせる甘く重い香りが一気に肺の奥まで侵入してくる。強烈な痺れが背髄を駆け上がり、獅子神の頭の芯が真っ白にショートした。熱い。息ができない。叶の圧倒的な熱量に触れた途端、これまで計算と合理性だけで強固に保ってきたはずの『獅子神敬一』の輪郭が、いとも容易くドロドロに溶かされていく。
――ふっ……んぅ、ゃめ、ろ!」
 このままでは完全に喰われる。本能的な恐怖に急き立てられ、獅子神は乱暴に叶の胸を突き飛ばした。よろめいた叶は、拒絶されたことに怒るどころか至極満足げに、濡れた自分の唇を親指の腹でゆっくりと拭う。飴色の瞳が、完全に陥落した獲物を愛でるように細められた。
「オレの全部をあげるよ?」
「ふざけ、んな……っ。今日のこれで終わりだ!」
 これ以上言葉を紡げば、声の震えを隠しきれなくなる。獅子神はひったくるように踵を返すと、「待ってるからね」という余裕たっぷりの甘い声を背中に浴びながら、視線から逃れるように踵を返し、足早に鉄扉へと向かった。背中に突き刺さる叶の視線の熱から、這うようにして逃げ出した。