よるうみはる。
2026-06-08 22:44:06
52790文字
Public パロ
 

If you wanna Dance,

マジックマイクとダンスは僕の恋人を参考にしてます。
叶がストリッパーやってて、投資家の敬一くんに出会うという話。とんでもねえな。
あんまり媚びることはしてほしくないものの、ある程度性的な行動をしてますのでご注意を。

 鼓膜を容赦なく打ち据える重低音と視界を暴力的に奪うけばけばしい照明の交錯するフロアで、獅子神敬一は手持ち無沙汰にグラスの氷を転がしながら深い溜息を吐き出した。隣のソファで熱を帯びた歓声を上げている女性は、獅子神にとって投資の基礎を叩き込んでくれた恩人とも呼べる存在だ。
 彼女は自ら事業を手掛ける実業家でありながら、先見の明を持つエンジェル投資家としていくつもの企業を支援してきた凄腕の先輩でもある。右も左も分からなかった頃に決定的な手助けをしてもらった義理があるため、いくら強引な誘いであっても獅子神には最初から断るという選択肢がなかった。
 だからといって、なぜオレが同性の肌など見せられる狂騒の空間に付き合わされているのだろうかと、再び場違いな空気に押し潰されそうになる。
 周囲の熱狂的な悲鳴にも似た声援を他所に、獅子神はひたすらに薄暗い出口の方向ばかりを気にしながら出口のない焦燥感を持て余していた。
 目の前では線の細い男や、肉体美を持つ男など、様々な種類の男たちが、ストリップショーを行っていく。確かにショーとして見る分には悪くは無い。バーレスクに行ったことはあったので、それを彷彿とさせたし、曲に合わせてダンスをする見世物も、男ということでそれなりに迫力すらある。
 だが、――そうここはストリップの店である。男たちが性的な仕草で服を脱ぎ捨てたり、性行為を思わせるような仕草を取り入れて見せつけるパフォーマンスは、流石に獅子神もげんなりとした表情を作るほかない。
 早くこのなんとも言えない時間が終わってくれないだろうかと、手元のグラスに残った酒を飲み干そうとしたその時だった。不意にフロアを揺らしていた重低音が鳴り止み、明滅する照明が一斉に落とされる。
 束の間の静寂の後、これまでとは比にならないほどの熱狂的な歓声が、暗闇に包まれた空間をビリビリと震わせた。隣の先輩もまた、待っていましたとばかりに身を乗り出してステージを見つめている。
 どうやらこの時間の終わりはまだ先らしい。と、獅子神は本日何度目かも分からない深い溜息を吐き出す。ここを訪れる前に、そういえば先輩が言っていたことを思い出す。
 今夜の目玉はそう【REIMEI】という男のパフォーマンスだということを。
 今の男たちはいわば前座なのだ。この空間を温めておくためだけの。獅子神は、今日の演目のメインである男の姿は知らない。先輩からも「推しなんだけど、全然チケットが取れなくて」としか聞かされていなかった。急遽行けなくなった友人の代わりに、先輩の付き添いで来ただけ。
 ドン、と一度すべてをリセットするような重たい重低音が響くと、水を打ったようにホール内に静寂が満ちた。人が微弱に動く些細な擦れる音や、アクセサリーのゆらめく金属音すら拾い上げるような、そんな静けさ。流石にここまで大勢の期待を吸い上げた空間に、獅子神も抗いがたい期待で、ステージへと視線を奪われていた。
 ホールが、まるでひとつの生き物みたいにそのステージを凝視していた。みんなが、そこを“見ている”。
 スポットライトが一点の線を描くと、そこからライトがすべて中央へと集結していく。白熱したその明かりの下に現れたのは長駆のすらりとした男だ。黒のフードを目深に被り、口元しか見えない。釣り上がった口角に薄く覗く八重歯。濃紫のスーツの襟元には、独特な模様が入っている。
 ふ、と視界を上げた男の目は真っ赤だった。おそらく、カラーコンタクトが入っている。右目しか覗いておらず、もう片方は重い前髪に隠れてよく見えない。
 しかし、男が目を三日月のようにしながらステージから客席を見た。周囲の期待が今か今かと、まるで破裂寸前の風船のように膨らみ上がっていた。
 男が息を吸う。
 口を開き、音が。

「オレを見ろ」

 ​その短くも絶対的な命令がマイクを通してフロアに響き渡った瞬間、堰を切ったように女たちの熱狂的な悲鳴が弾けた。
 鼓膜を劈くような歓声と、切実なまでに渇望していた熱情が渦を巻き、この狂騒の空間すらも彼ひとりのために用意された舞台であるかのように錯覚させる。直後、空気を切り裂くように再び重低音のビートが爆発し、男の長躯が音楽と完全に一体化して躍動した。
 ゆっくりと、まるで獲物を追い詰める肉食獣のように滑らかな足取りでステージの中央を滑ったかと思えば、不意に強烈なドラムの音に合わせて長い指先が濃紫のスーツの襟元を乱暴に掴み取る。バサリと重たい音を立てて黒のフードが背後へと払い落とされ、乱れた前髪の隙間から蠱惑的な赤い瞳が完全に露わになった。
 指先から足の先まで一切のブレがなく、筋肉の躍動すらも計算し尽くされたような圧倒的な動きの連続だ。重力など存在しないかのようにしなやかに、そしてひどく挑発的に腰を揺らしてステップを踏む姿に、獅子神もまた、呼吸を忘れて視線を奪われてしまう。
 しかし、網膜を焼くような眩いスポットライトとフロアを揺らす異常な熱狂は、かえって獅子神の冷静な思考を強制的に引き戻した。
 確かにステージ上の男は、同性から見ても圧倒的な色気とカリスマ性を放っている。一挙手一投足に悲鳴が上がり、きらきらと輝くような非日常のステージは、観客たちにとって至上のエンターテインメントなのだろう。
 だが、だからといって自分がこの狂騒の空間に馴染めるわけではないのだと、ひどく冷めた感情が胸の奥で渦巻く。
 やはり、オレがここにいるのは完全な場違いだ。
 周囲の観客たちが一人残らずステージ上の男を希求するような熱い視線で見つめる中、獅子神はふいと興味を失ったように視線を外し、手元のグラスへと目を落とした。
 確かにパフォーマンスで言えばたまらないだろう。獅子神も、胸を高鳴らせはしたが、とはいえそれ以上でもない。
「なぁ、お前ら」
 不意にマイク越しに突然響き渡る声。パフォーマンス最中の煽りのようだ。いつの間にか濃紫のスーツを脱ぎ去り、素肌に直接光沢生地のベストを纏ってたくましい腕を晒した男が、客席を真っ直ぐに指さす。
「オレのルールは覚えているか? 演者へのお触りは?」
「禁止!!」
 コール&レスポンスのようにVIP席の女が一人叫ぶと、男は「当然だな」と余裕を含んだ声で相槌を打つ。
「反対に、オレから触れることは許してるってわけだ」
 ウインクひとつを寄越し、男はステージ上の階段を降りてくる。その途端、隣の先輩からは「うそでしょ……」と信じられないものを見たような声が漏れた。
 カツ、カツ、カツ。
 重厚なヒールの音を響かせながら、見上げるほど背の高い男が我が物顔でフロアを謳歌していく。すぐ手の届く距離にまで迫った圧倒的な色香に対し、周囲の女たちは今すぐにでもその身体にすがりつきたいという衝動を必死に堪え、膝の上で強く指先を握りしめていた。
 しかし、その足取りは迷いなく、なぜか真っ直ぐに獅子神の座る丸テーブルの前でその優雅な足を止める。
 そして男は、獅子神の目の前にあるグラスやボトルをひとつひとつ端へと寄せ、最後には獅子神が手に持っていたグラスを長い指先で絡め取るようにして取り上げた。そのまま、長い脚を大きく開いてテーブルの上にどっかりと腰を下ろす。隣に座る先輩が、声にならない悲鳴を喉の奥で押し殺しながら、震えているのが、目の端に見えた。
「今夜は随分なイケメンが来てるじゃないか。お前らも、目に入ってただろ?」
 獅子神は自分が突然にこの舞台へと押し上げられてしまったことを察する。パフォーマーによる客との接触行為。いわゆる、客いじり的なやつだ。獅子神は、自分の容姿に触れられていることにどうしたものかと口を引き結ぶ。
 ここで場を白けさせるのは得策ではないだろうし、先輩からも羨望の眼差しを浴びせられていた。とりあえず黙って彼の言葉を待つしかないのだろう。獅子神は、視線を持ち上げテーブルに座る男の姿を見た。
 男は目を細めると、先ほど獅子神の手から奪い取ったグラスをゆっくりと自身の唇へ運び、残っていた酒を一息に煽る。フロアにいる何百人という女たちの視線が集まる中で行われた露骨な間接キスに、鼓膜が破れそうなほどの黄色い悲鳴が弾けた。
 しかし男は、獅子神の背後で爆発する歓声になど一切興味がないかのように、ひどく熱を帯びた赤い瞳で獅子神だけを見下ろしている。
「オレから触れるのは許してるって、言ったよな」
 マイクを通さない、獅子神にしか聞こえないほどの低い声。直後、スッと伸ばされた長い指先が獅子神の顎を強引にすくい上げた。
 息がかかるほどの至近距離だ。男が身に纏う濃密な香水の匂いと、逃げ場を塞ぐような圧倒的な雄の気配に当てられ、獅子神は心臓を乱暴に鷲掴みにされたような錯覚に陥る。
 男は顎に添えていた指をゆっくりと滑らせ、獅子神の首筋をなぞるようにしてシャツの襟元へと触れた。そして薄い布地を指先で軽く引っ掛け、ほんのわずかに手前へと引く。不意に重心を崩され、獅子神の身体がわずかに前のめりになった。
 その崩れた体勢を掬い上げるように、椅子からわずかに浮いた腰の隙間へと男の身体が滑り込む。ゆるりと背後から抱きかかえられるような形になり、獅子神は心臓が痛いほどに跳ねるのを感じた。百八十を優に越す長身の獅子神よりも、更に体躯が大きい存在に出会うことなど稀だ。獅子神は、演者には触れてはいけないという店のルールを頭の片隅に抱えたまま、抗いようもなく男の意のままにされている。隣に座る先輩は口を抑えたまま、さっきから悲鳴を押し殺すように顔を真っ赤にしていた。
 このあとどうしたらいいのだろう。大勢の観客の前で男に背後から抱きかかえられるなど、ひどく羞恥を煽られる体勢だ。
 まるでベッドの上の出来事を連想させるような密着具合に、獅子神は腹の前に回された腕から逃れるように身を捩るが、自分から相手に触れられない縛りがある状態ではうまく身体を動かすこともできない。本当ならば声を上げて力一杯突き飛ばしてやればいいのだが、この完璧に作り上げられた熱狂を自分の手で壊してしまうほど、流石に獅子神も空気の読めない馬鹿ではなかった。
 ぐんと腰を突き上げられるような仕草をされ、流石に怒りと羞恥に張り上げそうになる。罵声が出るその前に、顎先を捉えられ、その端正なくちびるが耳元へ引き寄せられる。
「よそ見、しないでよ」
 甘く揶揄するような吐息だけを落とし、男は満足げに目を細めると、獅子神を開放し、ひらりと身を翻してステージへと舞い戻っていった。
 獅子神が微かに熱を持った耳元を押さえながら息を呑む。先輩は、自分の隣で起きたことが信じられないのか、悲鳴を蓄えたままに獅子神の脚を一度叩いた。恐らくこのステージが終わったら、話し合いになることは必須だ。
 彼がステージに立つのと同時に、再び明滅する照明と共に重厚なヒップホップのビートがフロアを揺らす。いつの間にかステージには数名のダンサーが配置され、フォーメーションの中心に【REIMEI】が立っていた。
 一糸乱れぬ群舞が始まる。ダイナミックでありながら、指先の滑らかな動き一つに至るまで完璧に計算されたパフォーマンスだ。強烈なビートに合わせてピタリと動きを止めるたび、光沢のあるベストの上からでも、鍛え上げられた筋肉の躍動が雄弁に伝わってくる。
 決して露骨で卑猥な動きではない。しかし、床を滑るようなステップや、曲調の変化に合わせてベストのボタンを一つずつ外していく焦らした手つきは、かえって観客の想像力を強烈に掻き立てた。群を抜いて背の高い男が、アクロバティックに宙を舞い、完璧な着地を決めるたびに絶叫に近い歓声が上がる。
 獅子神は自分の心臓が、先ほどの接触のせいで、あるいは眼前の圧倒的なステージの熱にあてられてか、早鐘のように鳴っているのを自覚するしかなく、先ほどの命令を遂行するように、男のステージを最後まで見つめる他なかったのだった。