花筵シヂマ
2026-05-22 12:04:36
24424文字
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蛇蝎1~3

妻生存if、父と水は愛人関係、ゲタくんとは体関係なしの婚約者.いずれ黒父になる話



  淡色い橙色に光るステンドグラスランプに、ゲゲ郎の青白い手が照らされる。
 香ばしいコーヒー豆の匂いに、深いため息が漏れた。
 カウンターにいた猫娘が、白いコーヒーカップを差し出してくれた。
 ティースプーンの上に乗った小さな角砂糖を一つ、二つ沈めた。
「地獄に行けなかったんでしょ」
 スプーンの先端が乱暴にカップの縁を叩いた。
 猫娘は肘をついて、ランプの縁をなぞった。
「私も行けないのよ、随分前から」
 そういう猫娘からは困っている様子は全然ない。
 むしろ行けなくてもどうでも良いという雰囲気さえある。言葉を選び損ねていると、猫娘も自らのグラスに水を注いでいた。
「鬼太郎、婚約者の人連れてきたでしょう」
 まだ唇をつけてもいないコーヒーの苦味が口のなかに広がり始める。
「何で知ってるかって? ここ、水木さんの店なの。親父さんのところにいる間、私がここの管理を任されているから」
 カップを持つ手が震えた。
 まるで見えないものが、ゲゲ郎を囲っていくような感覚がある。
 思考を読まれて先回りされているようだ。
 猫娘はグラスの水を煽ってため息を吐いた。
「それも聞いてないのね」
「なら……猫娘は水木のことをどれほど知っておるのじゃ?」
「ここに来たのはまだ数年だけど、親父さんよりは知ってるわよ」
 仄かな怒りがゲゲ郎の中に灯る。
 それは激しさはないが、ゲゲ郎の温厚さを揺さぶるに足りていた。
 水木は、どこまで自分のことを語っているのだろうか。
 ゲゲ郎の知らない水木など、あってはならない。
 あるはずがないのだ。
 しかし、猫娘の釣り上がった双眸は、嘘を言ってるようには見えない。
「儂より知っておるじゃと? なら水木がどんな人生を歩んできたのか知っておるのか? 信用に足るのか?」
 嫌な言い方をしてしまった。自覚はあるのに唇が止まらない。
「水木のことなど、上澄みしかしらぬのに、なぜそんなに金を求めてこんなところで働くのじゃ」
 声が徐々に震えはじめ、正常さを失っていく。
 猫娘は腕を組み、先程の鞄から写真を撮り出した。後ろ姿しか見えないが、黒髪の赤いワンピースを着た小さな女の子が写されていた。
 見覚えがない少女だ。
「私には子供がいるの。だからお金が必要なのよ」
「いつの間に……
「私の子じゃないわ、けど、私の子供よ」
 そう言う猫娘の横顔は、昔の幼さなど微塵も残っていなかった。そこにあるのはただ、母の顔だった。


 重い心地で店を出ると看板の照明が消えていた。
 ゲゲ郎が知らない間に全てが進んでいる。全てから取り残されている。
 猫娘も、息子も、ーーーー水木も。
 ゲゲ郎だけがまるで異世界に来たようだ。
 いやそうではない。妻と二人での生活を過ごす中で、水木のことなど記憶の端に追いやっていた。
 そうやって視界に入れていなかったものが、足元から底知れない何かに成り果てて這い上がってくる。
 ゲゲ郎は逃げるように手にした日傘を握りしめて足早に歩いた。
 逃げるように歩き出す速度は増していき、やがて肩で息をするほどに走って家の前に立っていた。
 ゲゲ郎のいない間に、誰かが水木と会っているかもしれない。そんな焦りが脳裏によぎる。やがて勢いをつけて引き戸を開けた。
 新しい靴は、ない。
 別の“雄”はいない。
 歯を食い縛って、ふうふうと獣らしい息を吐いた。
「随分と汗だくだな。幽霊のくせに汗かくのか」
 薄暗い廊下からふらりと姿を見せた水木を見るなり、もう駄目だった。
 頭の中の支配しきれない欲望が、焼き切れていく。
 力のままに水木の胸ぐらを引っ張っていた。釦が弾け飛び、水木の胸が露わになる。
 目を丸くした水木の後頭部を押さえた。
「何す……ッ」
 噛み付くように唇を貪る。
 唇に吸い付き、柔らかい舌を吸い上げる。息をつく間も与えず、腰を抱いて口腔内を無茶苦茶に犯す。そのまま床に水木を押し倒した。
「ん、……っん、げほっ、」
 咳き込む水木のシャツの中に入れた手で、柔らかい肉を掴む。
「止めろッ」
 抵抗なのか、弱い力で胸を押し返された。
 こんな細い腕で抵抗など笑わせる。
 強く掴んでやれば水木は顔を歪めていた。痛みを耐えるものではない。もっと、どこかで見たことがある表情だった。
 ————もうやめてくれないか。
 震えるような声でそう言い、シャツをかき集めて蹲る水木が過る。
 肌寒い廃屋で、精液を垂らした太ももを隠すように足を閉じていた。
 あの水木は無抵抗に、ゲゲ郎を受け入れていた。

 昔の水木だ。ゲゲ郎のものである、ゲゲ郎のおんなだ。
 二人で暮らしていたころの、水木も偶に今のような顔をしていた。
 急にゲゲ郎の脳のあたりがすっと冷えていく。
 あの時の水木はこんな悪魔みたいなおとこじゃなかった。
 ゲゲ郎を包み込むようなおとこだった。
 自分のものじゃないから、急にこんな傲慢になったのだ。
 確認してやろうとズボンを掴んでやると、水木の足裏がゲゲ郎の胸を強く蹴り上げた。咽込むのは今度はゲゲ郎の方だった。
「まるで飢えた野良犬だな」
 勝ち誇ったように笑う水木が、立ち上がってゲゲ郎を見下ろした。
「そんなにヤりたいなら部屋でヤろうぜ」
まるで砂漠で水を差し出されるように魅力的な誘いだった。
「待てができない男は嫌いだ……お前はそんなおとこじゃないよな?」
 こんなのはまるで堕落的な関係へ落ちていく片道切符だ。
 それなのに誘いを拒めない。
 あれこれ考えてる間に水木の姿が部屋の中に消えていく。慌ててゲゲ郎も同じくその後に続いた。照明が落ちた部屋はすでに布団が敷かれていた。
 誰か、招いていたのだろうか。そんなよくない妄想が駆け巡る。無防備な水木の背に手が伸びてしまう。そのまま乱暴に布団の上に突き飛ばした。
 水木は今度は抵抗しない。ズボンを下着ごと引きずり下ろす。肉厚のある太腿を掴んで割開き、欲望を擦り付けた。閉じた窄まりに突き立てた指は馴染んだ肉の穴に簡単に沈む。
「あ、ぁあ……っ!」
 腹に点々と赤い印が覗いていた。昨日、ゲゲ郎が貪った証だ。しかしこんなものは簡単にまた消えてしまう。
 ぷちゅぷちゅと緩んだ窄まりから指を抜いた。
 水木の汗ばんだ首に唇を寄せると、手がゲゲ郎の肩を押した。
「そこは、やめろ……シャツから見える」
 誰に見られたくないのかなど一目瞭然だった。
 忘れていた怒りの熱が再びゲゲ郎を支配する。突き動かされるまま、昂りを水木のなかに押し込んだ。
「んんッ……!」
  驚いたように目を丸める水木を肩を抱いて己の胸の中に押し込んだ。汗ばんだ肉体同士をくっつけて、激しく腰を揺らした。
「っあ、あ、ん、……!」
 足裏を抱え上げて奥まった行き止まりを突き上げた。快楽を逃そうとしているのか、水木の足裏がゲゲ郎の背中を撫でた。
「今日はえらく……っ、乱暴だな……あ、あうっ!」
 水木の陰茎が果てないように握りしめた。
 軽口を叩かせないためだ。
「五月蝿いぞ……今は儂に抱かれておるのじゃ」
 駄目だと言われた首筋に容赦なく噛みついた。柔らかな皮膚に沈む歯の感覚が心地よい。
「やめ……っ」
 何度も首の周囲の皮膚を噛み、吸い付いて痕を残す。抵抗する水木が暴れ始める。
「やぁあ……ひぁあ、……〜〜————っ!」
 押さえ込むように深くを犯せば、甘い声に変わっていく。他愛のない、快楽に弱い体だ。
 腫れた前立腺を怒張で押し上げながら腹の奥に欲望を叩きつける。乱暴な快楽にも感じるのか、水木の陰茎は草むらで横たわり精液を流していた。
 ずるりと陰茎を抜けばひくついた雌穴が見えた。そこがまだ誘うように蠢いている。
 仰向けになっていた水木が緩慢な動作で身を起こした。
……連絡が……あったんだが」
 情交の余韻を残す水木の唇が動いた。それを雑念を抱いて自然と目で追ってしまう。
「お前の奥さん、明日帰ってくるらしいぞ」
 からだに残るねばついた情交の痕跡が、冷や水を浴びせられたように冷えていった。
 水木の口のなかの白い歯がやけに輝いて見えた。悪魔が、笑っている。
「俺は親切だから、黙っておいてやるよ。何、これっきりにしちまえば誰にもばれない」
 水木の手が肩に圧し掛かってきた。やけに重いその手が徐々に重さを増していく気がする。
 頭の中で導火線がじりじりと焼けていく感覚があった。焦げ臭い匂いをさせながら、それは今にも爆発してしまう。
「これっきりだ」
 立ち上がった水木の手首を掴んでいた。水木は驚いてはいない。
 そのすまし顔を歪めてみたい。今日得た戦利品を見せつけるように口を開いていた。
「お、お主の店とやらにいったぞ」
「へぇ……美味しい一杯は飲めたか?」
「お主の正体をすべて話すこともできるのじゃぞ。猫娘は倅の昔からの旧友じゃからな!」
 さて困るだろうという口ぶりで話してみたが、水木は動揺の一つもなく目を細めた。
 そして水木の手がやんわりとゲゲ郎の手を解いた。そのまま、ゆっくりと顔を近づけてくる。
「くだらねぇな」
 ぱん、と手をはたき落とされてしまった。昨日みたいに風呂に行くのかと思ったが、水木は落ちた衣服を拾い集めて身に着け始めた。
「おい、どこへ行くのじゃ!」
 水木の急な行動に、自分でも笑えるほどに狼狽していた。引き留める術を持たないゲゲ郎はただ徘徊するようにうろつくだけしかできない。
 水木はネクタイを首に回し、慣れた手つきで締め上げていく。
「帰るんだ。お前とここで馬鹿みたいにむつみ合うわけにはいかないだろ。お前の嫁さんがもしかすると今夜帰ってくるかもしれない」
 ゲゲ郎は喉を詰まらせるしかない。
「俺だって、ダンナがいるわけだしな」
 水木が悪戯に小指を動かして見せている。子供の癇癪のような熱量がゲゲ郎のなかでついには弾けてしまった。
 水木が襖に手を掛けるとそれに手をかけて止めた。水木は大げさに肩を落としている。
「ゲゲ郎。お前のことだからもっと俺のことを追い詰めてくるんじゃないかと期待していたが……お前はやっぱり、俺との関係をなかったことにしたいくせに体だけは欲しいんだな」
 視線は合わない、自分よりも小さな背が徐々に膨らんでいくように思う。それはやがて威圧を備えてゲゲ郎をひたと追い詰め始めるようだった。
「肩透かしな臆病者に、俺は人生を滅茶苦茶にされたかと思うと……堪らないな」
 水木は襖に手をねじ込み、そのまま無理やり戸をこじ開けてしまった。
 縋る術はいくらでもあるはずなのにゲゲ郎はただ見るだけで追いかけることはできなかった。何かが足に絡み付いて身動きが取れなかった。