東映無印の『終戦記念日』回竜馬コスの話。
竜馬がああもアレな恰好だったのは、多分同1974年5月に出た西城秀樹のシングルのジャケットのせいじゃろうというお話です
どんなコスかだけ気になる方はスクロールでどぞ
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「
―――うんよし、さあ
…」
万事順調に進行しているみたいな物言いで、明朗な表情でしかし、そう言った後の竜馬はそれ以上続ける言葉を見付けられないらしい。
彼がなかなか似ているという人気歌手は、さいきん新譜の店頭ポスターでこんな格好をしていたからと、「そういう」服を郷里の叔母が娘の夏服を縫うついでにミシンで仕立てて送ってくれたのだという。いったいなんの酔狂か、それとも彼は郷里において、それほどまでに親戚一同に可愛がられた時代があったということの片鱗か
「このシャツ、胸のあたりにボタンが二つ三つあるだけだ。上は襟をはだけて着なさいってことだろうか隼人みたいに?だが、下はなんでこんな早いところからボタンが終わるんだろう」
「竜馬よぅ、お前自分の足長いことにしたくって、座高とんでもなく低く手紙に書いたんじゃねえの、へへっ」
そう笑う武蔵の前でおもむろに上半身を脱いで着替え始めた竜馬が
「まさか!うーんひょっとしてこれは下に何か着る服なのかなチョッキかな」
「チョッキ」
ベストかチュニックとでも言いたかったであろうところをもう一段階迷子になった言い方をしたのに、我関せずと窓際に架ける隼人が言葉少なに柳眉を跳ね上げた。さっき気安く名前を口にされた辺りから、膝の上に白い顎を乗せ彼は警戒していたらしい。
「おいら知ってるぞ!サイジョーヒデキの5月の新曲のあれだろ?『♪やめろっとっ言っわっれってっもっ!』の。それだけでハラ出して着てんだぜ」
もうドリフが『全員集合』で真似してるんだよ志村けんがさあ、と武蔵はなにやらぴょこりとアクションポーズを取った。別にそんな変な振り付けは伴わず朗々と歌い上げる歌曲の筈だが、歌手人気のせいか一発ネタと化すのもあっという間だ。
「だからよ、そのシャツの裾はそのボタンのとこまでで結んじまう服なんじゃねえか?こう、ギュッと」
「ぎゅっと?」
「おう、あああそりゃダンゴ結びだいちょっと待った」
なにやら馬鹿でかい結び目が出来上がってしまうのに困った竜馬が結び目を絞ろうとみりみりと不穏な布音を立て始めたのを武蔵が止める。いやダンゴじゃダメなんだろ、おいらの柔道の帯なら結び方こうだぜ
―――んんん、長さが全然足りねえ!など言っていれば
「
―――前結びにすりゃいいんだろ?そいつは」
まだゲットマシンに搭乗するとき以外は慣れ合うつもりのない三人目が、どうやら自分が参加してやらないと埒が明かない事を悟るに至る。とはいえ窓枠に腰掛けたままで振り向きもせず
「うちの制服のタイと一緒だよ多分」
「うちの制服ぅ?」
「ミチルさんがしてるだろ」
「ああ、女子たちのあれか
―――それは参ったまったくわからん!」
朗らかに白旗を揚げベッド端に座り込んで、じゃあ後でミチルさんに聞きに行こうかと言っている竜馬の前に、窓枠から長い脚を下ろした隼人がつかつかと歩いてくる。
「そんなはだけ放題な格好で女の子に手を借りに行く気かいリョウさんよ」
お見苦しい所をってどころじゃすまないぜ
言いつつしわくちゃになったシャツの裾を両手で引っ張って直すと、ベッドに腰掛けた竜馬の目の前に屈みこみ、跪く。その常にない向こうからの強い力と、普段つれない扇のひらめきのように一定以上の距離でだけ見る長い睫毛が間近で静かに伏せられるのをを目下に見る位置関係に、あ、と竜馬は戸惑いの声を挙げ息を飲んだ。
「お前、あの結び方を知ってるのか隼人」
「ああ」
「うえぇいつどこで?誰に?」
「えっ何の話だ武蔵」
「
―――初等部の頃の制服がセーラーでね、着てた」
「なぁんだそっちかよぅ」
「着てたのか隼人おまえ?お前がセーラー服を!?」
「ど、どうしたんだよぉ竜馬」
隼人はそう言ったとこじゃねえかよ、と口を尖らす武蔵をちらりと流し見てから、
「普通のシャツに仕立ててくれたらよかったのに、どうやらお前のとこのおばさん、あのアイドル歌手と同じ着方をするほかないように作ってくれてるなこいつは。」
着るなら夏まで待たないと風邪ひくぜ?でなきゃボタンを、いやその前にボタン穴を自分で開けなきゃいけねえのか、と独り言めいた話に「切り替えて」いた隼人は、自分をきらきらした目で見下ろす竜馬の様子が変わらないのに気付き、言い聞かせるような目になった。
「リョウさんはよ『戦艦ポチョムキン』って映画観た事あるかい?」
セーラー服の野郎どもが佃煮に出来るぐらいでてくるやつ、と蜂起した海軍兵士たちのモノクロサイレント映画を隼人がそう表現したところで「ああそっちか!」「なんだったんだよもぉ」との声が挙がった
迷走の果てのダンゴ結びや片結びではなく、ネクタイのプレーンノット程度の大きさと見目の良い端正な隆起に整えられて、胸の下にメダルのようにさがった結び目を、隼人が「ん、よし」と指の甲でとんと叩くと、はだかの鳩尾の辺りを布(きれ)のかたまりで急所を圧さえられた竜馬はまだどうにもきらきらした、抜き身すぎる目線を彼へと向けていた。大きな目が心なしか赤らみうるんで、気持ちが集中しすぎているかのような
なんだよ俺がセーラー服着たことがあったらお前に悪いことしたかい
いや全く!違うんだ!
急に胸がどくりと跳ねたと思ったら頬や目耳まで熱くなってきて、
これはなんだろうな、それはさぞかし可愛いかろうなとかとても楽しくなって感動、そう感動したんだ!
そう胸を押さえ、紅潮した眩しいような笑顔をあまりに遠慮なく向ける相手に、隼人は「そうかい
……」としりすぼみになる語気と、解せない、という角度に傾いだままの首で背を向け、おそらく昼寝の場所を探しに涼しい廊下へと出て行った。それを見送り、「それにしてもよう、」と何か言いかけた武蔵が急にはっとした表情になったかと思ったら言うのをやめて、「後でいいや」とこれまた出ていく
かたやわくわくとした表情のまま、「ありがとう」のタイミングを見誤ってその背を見送り、鳩尾のうえの綺麗なノットをくずさないようそろそとシャツを首から抜いて脱ぐのに格闘、しかし成功した竜馬は、依然自分の上半身がすっかり赤らみぽかぽかとしているのに流石にいぶかしみ、姿見で特に真っ赤になったままの自分の顔を覗き込んだりした後ではたと気付く。この高揚は、顔も体もぽかぽかになったこの亢進は、自分の膝と膝の間にゆるやかにも及んでおり、むしろひょっとしたらそこがスタート地点だったのだと。
あのとき、目の前にひざまずくようにして見上げた隼人の眼と、シャツの裾を手挟んだ白い指に覚えたと思った「感動」は「喜び」はもしかしてつまり、隼人はともかく、武蔵のあの急な退室はよもやこの異変が目に入ってのものではなかったか
とみるや、竜馬は我と我がその高揚を、温泉か銭湯の爺様がタオルでするようにぱしりと真顔で痛打して言う
「ばかもん、いくらなんでも全身で喜び過ぎだ」
これから先大切な友へのそれへと育っていくべき大切な好意の芽吹きを、そんなところで「まで」、なんと不届きな!
74年5月、彼等の行く道はまだは始まったばかり
西城秀樹『激しい恋』1974.5.25リリース
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