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ぶ
2026-03-28 02:25:27
10733文字
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短編SS
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雪の森RP関連小話
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090 冬が動いた日
湖は、まだ薄く氷をまとっていた。
だが、その表面には細かな割れ目が走り、
冬が、少しだけ身をゆるめている。
この時期を、森の民は「冬の背」と呼ぶ。
湖畔には、男たちが集まっていた。
踏み雪の大柄な体格、
猟師のしなやかな影、
木こりの太い腕、
そして、名も役も持たぬ渡り手。
長い縄が、氷の割れ目へと垂らされている。
「
……
まだだ」
聞き枝のひとりが、森の方へ耳を澄ませる。
「風が、止まった。来るぞ」
水の下で、かすかな震えが走った。
「引け!」
誰ともなく声が上がる。
縄が張る。
冬そのものを引き寄せるような重さだ。
渡り手は、踏み雪の隣で縄を握りしめた。
「
……
ずいぶん、デケェんだな」
「コウサイの重さは、冬の重さだ」
猟師が、息を吐きながら言う。
「動いたなら、冬も動く」
その言葉に、誰も異を唱えない。
やがて、氷の裂け目から、
虹色の鱗をきらめかせた巨大な魚が現れた。
「
……
出たぞ」
木こりが、低くうなる。
男たちの掛け声と共に、雪の上には、いくつもの足跡が刻まれる。
皆が息を合わせ、冬を引き寄せるように、縄を引く。
渡り手も、ただ黙って力を込めた。
ただこの一瞬に、身体を預けるように。
コウサイウオは、雪の上でひときわ身を打ち、
それから、静かに動きを止めた。
「
……
冬が、離したな」
踏み雪が、ぽつりと言う。
湖畔の向こうでは、女たちが火を起こし始めている。
包丁の音が、雪の中に控えめに響く。
魚はその場で捌かれ、
白い身と、虹色の鱗が分けられていく。
渡り手は、少し離れた場所で、それを眺めていた。
「おい、渡り手」
猟師が声をかける。
「引いたんだ。受け取っとけ」
差し出されたのは、小さな虹色の鱗。
「
……
俺にも?」
「境目を引いたやつだ。
冬の背に手をかけたなら、仲間だろ」
彼は、少し困ったように笑い、受け取った。
「
……
おう。ありがと」
火のそばでは、女たちがスープをよそい始める。
子どもたちが、器を抱えて行き交う。
小さな手が、彼の外套を引いた。
「渡り手、これ」
「おっと」
白い身のスープが、湯気を立てている。
「
……
美味ェな」
「冬の味だよ」
誰かが言う。
湖の氷が、ぱき、と音を立てた。
聞き枝が、空を見上げる。
「雪が、変わった。もう、溶ける」
「じゃあ、春だな」
踏み雪が、息をつく。
渡り手は、胸元の鱗をそっと指でなぞった。
ここは、通り過ぎる場所。
名も、理由も、ここには置いていく。
だが、この冬の一片だけは、確かに、手の中に残るのだ。
「
……
そろそろ、行くとすっかね」
誰にともなく呟く。
冬が背を向けた森で、
渡り手は、また歩き出す準備をしていた。
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