2026-03-28 02:25:27
10733文字
Public 短編SS
 

雪の森RP関連小話





061 呼んでいない来客


朝、目を覚ました時点で、嫌な予感はしていた。

天井が、やけに遠い。
呼吸のたびに、胸の奥がじんわりと熱を持つ。
外套を掛けたまま眠ったはずなのに、身体の内側だけが、火に当てられているようだった。

……、やっちまったなァ……

声は掠れ、喉が痛む。
昨日、森仕事を切り上げた判断は正しかったらしい。
あの時すでに、足元が少しおぼつかなかった。
木を運ぶ途中で視界が揺れ、見かねた誰かが声をかけてきたのを、ぼんやり覚えている。

押し切られる形で小屋に戻り、
温い汁を飲まされ、
「明日は休め」と、言われた。

その"明日"が、これだ。

身体を起こそうとして、失敗する。
力が入らない。
腕も脚も、自分のものじゃないみたいだ。

額に触れると、ひどく熱い。
嫌になるほど、はっきりしている。

……寝るしかねえか」

そう思ったところで、意識が、また沈んだ。


──次に目を覚ました時、
小屋の中に、自分以外の気配があった。

鍋の音。
水の揺れる音。
低く、抑えた話し声。

……?」

声を出そうとして、咳き込む。

その音を合図にしたみたいに、誰かが近づいてきた。

「起きなくていい」

低い声。
踏み雪の男だ。

「ほら、動くな」

額に、冷たい布が置かれる。
気持ちいい。

……勝手に、入んなよォ……

文句のつもりだったが、声に力がない。

「勝手に倒れるほうが悪い」

きっぱり言われた。

反論しようとして、また咳が出る。
その間に、別の気配が増えていく。

小屋の戸が、何度か静かに開く音。
足音。
雪を払う音。

「熱、すごいね」
「だから言っただろ、昨日」
「薬草は、これで足りる?」

聞き枝の女。
薬草を扱う老婆。
誰かの子どもの、忍び足。

彼は、薄く目を開ける。

小屋の中が、いつの間にか、にぎやかだった。

鍋には、湯気が立っている。
どこか暖かな、懐かしいような匂い。
体調を崩した時用の、森のスープだ。

……呼んでもねえのに」

「呼ばれてねぇから来た」

踏み雪の男が、当たり前のように言う。

「昨日、あんたが帰ったの、みんな見てた」
「顔、死にかけてたし」

聞き枝の女が、苦笑しながら言う。

「熱出す顔だった」
「当たったでしょ」

彼は、目を閉じた。

参った。

森の民は、こういう時、説明をしない。
理由を問わない。
必要だと思ったら、勝手に集まる。

それが、この森のやり方だ。

「薬、煎じるからね」
「喉、焼けてる。しばらく喋らない」

老婆の声が、やけに優しい。

……喋んなって、今さら……

言い返す元気も、もうない。

子どもが、そっと近づいてくる。
窓辺に、何かを置く気配。

ちらりと見ると、
小さな雪だるまが、そこにあった。
少し歪で、鼻が曲がっている。

……なんでい、これ」

「見張り」
「熱が逃げないように」

適当なことを言われた。

彼は、息を吐く。
笑ったつもりが、咳になる。

……厄介かけんなァ」

踏み雪の男が、肩をすくめた。

「たまには、かければいい」

布が、また額を冷やす。
薬の匂いが、満ちる。
鍋が、静かに煮える。

小屋の外では、雪が降っている。
この場所の周辺だけ、少しだけ賑やかに、足跡は形を残していた。

彼は、目を閉じた。

――ああ、まったく。

お節介なものだ。
思う言葉と裏腹に、少しだけ綻んだものを感じながら、
何も言わず、眠りに落ちた。