akinoshiroihana
2026-02-09 22:59:42
9407文字
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名刺置き場15

ゲッター


70年代男子。
性格はいいのに、顔もいいのに、この辺ポンコツじゃないかな竜馬
『火垂るの墓』で気味悪がられてたあれはタニシでいいのかな???




隼人が、小篭を抱えて花咲く野へ出て来るので、
いかにも童話世界のいたいけな少女か姫君が持っていそうな手籠を、そのすらりとした白い腕に絡ませてこちらに来るので、
竜馬はいつもの力強い眉と微笑みを湛えた口許のままで固まっていた。いったい、どういう状況かわからないので。

「ミチルさんとおばさんが春の山菜でご飯作ってくれてるのが聞こえてさ」
フキノトウの味噌和えは、料理の上手などこぞの奥様がつくったものは目が覚めるほどの翡翠色のままだったのにと、おかしいわねえすっかり茶色だわとの会話が厨房からしていたから
「そりゃあ酸化したんじゃねえかなと彼女が濡れた手を拭いてエプロンを外してリビングに休憩しに来たところに言ってみたんだ」
塩水に漬けるか沸騰した湯でさっと茹でるかなんかしたらどうなんだいと。『料理はかなりのとこ、科学だろ』って
そういえば登山は部活のワンダーフォーゲルにでも所属すれば、男子でも多少の調理の真似事も教えられると聞いたことがあった。

「そうしたらまあミチルさん、すーっと真顔になったあと、普段とは一寸違う具合ににっこりして
『じゃあもう一度最初からやり直してみようかしら、材料が切れちゃったから、春の恵みをもう一度摘んで来てくれませんでしょうか、猫ちゃんみたいにずーっとお昼寝してた隼人くん』」
「うんなるほど?」
「あれは怒ってたねミチルさん」
「うんどうしてだ?」
「あ~……いいよお前さんはわからなくて、おまえんちは男子厨房に入らずだもんな」

苦笑いで諦めた風に竜馬の胸板をひとつとんと叩き、あとは首を振り振り花咲く野原を隼人はさまよいゆく。
何だったかよくわからないままに微笑みつつ竜馬が友の姿を見守っていれば、
「おぉい竜馬、なにやってんだよぅ」
今度は武蔵が姿を見せる
「部活のおやつの握り飯、今日はおいら自分で作ったんだぜへへっ」となんとも自慢げににこにこと。
年度が替わったら寮の部屋替え合わせで、竜馬たち三人は早乙女邸に本格的に身を預けることになる、その前夜的な、戦いの中ではあるが空は麗らかな日々。武蔵は人様の台所のおひつに手を突っ込み、炊いてあった白ご飯を勝手に握って持ち出したという。どう考えても荒れる話であろうが、悲しいかなこの時点では、武蔵も竜馬もそれを理解していない。
「それじゃあ行ってくるけどよぅ、そうだ竜馬にも一つやるよ食いなよ」
「ああありがとう、いただくよ具はなんだ?」
「タニシ!」
泥吐かせるとこまでは寮でやったから、後はちゃちゃっと台所貸してもらったんだぃ、春の味だよ、と手を振り走り去る背を竜馬は再び見送るしかなく固まった。
戦後も暫く続いた昭和の風物であり食糧事情であるが、『火垂るの墓』で兄妹が二人暮らしになってからのバケツの中の貝殻は戦時中の子供たちでさえ気味悪がる描写がなかったか。

カエルや蛇が平気になったらそういうのまで行けるようになったのかな、それともあれはサーガの何でも食える武蔵が一瞬時空を超えてこっちに、いや何を考えてるんだろう俺は
など考えつつ竜馬が手の中の白飯をもぐもぐと咀嚼し、掌の米粒を舐め取っているあたりで、早乙女家のキッチン方面から、絹を裂くような悲鳴が上がった。

浅間山は春。いずれにしても春。