はしびろこう
2026-01-19 12:36:23
22914文字
Public
 

全裸特異点

それいけ!全裸特異点


  
 パンクラチオン
 ——パンクラチオンとは、服を脱ぎ、油を塗る。禁じ手は噛みつきと目潰しのみ。
 片方が降参、もしくは完全に固めるまで試合は続けられ、死者が続出したという。
 二千四年のアテネオリンピックで再びオリンピック科目に登録されるかも、と話題に上がったこともある。なお流れた模様。現代でやるにはちょっとなかなか難しいものがあるかも。
「古代ギリシャえぐい」
『そうだね、あと少し——まずいことが一つ』
「うん?」
『ギリシャ神話の知名度補正がある』
「? それって、その土地で神話が有名とかだとかかる補正だよね? インドのみんなはわかるけど、なんで」
『征服王、イスカンダル』
「えっ?」
 それは少し時代が前じゃなかったっけ、と言ったら、向こうで首を振る。
『彼が東方遠征した場所は、インドの北西にまで至る——ざっくりいうと、ギリシャ人がアショカ王政治時代のインドには
「へ、」
 ジーザスクライスト。神様ってそういう意味じゃない。
 嫌な予感にめちゃくちゃ心臓がバクバク言ってる。もし今目の前にいるのが全裸の男たちじゃなかったら恋と錯覚したかもしれない。
『流石にインド神話の君たちほどじゃないにしろ、バフが乗るってこと——逆にシバが君たちを選んだ理由が、バフ盛り合わせしないと勝てない相手だった、ってことなのかも』
 額に手を当てて考える人のポーズにもなろうというもの。
 イスカンダル——‼︎ 超いい笑顔の豪放磊落なおじさんが頭をよぎる。ちょっとあの人伝説がすぎる。神話でもないのに神話ばりの活躍をした傑物である。
「ううう、とりあえず名前読んでもらっていい?」
 アシュヴァッターマンが指を刺しながら説明してくれる。
「上から、ベオウルフ、李書文、アキレウス、アスクレピオス、ケイローン」
「ワァ……一旦帰ろう」
正気を保て試合は見ていきましょう

 ♦︎

「もっと強えやつはいねーのかぁ⁉︎」
 ——ワアアアア!!
 全試合終わってからのマイクパフォーマンス。
 会場の中心で、全裸のアキレウスが場内に響き渡る大声であおる。華がある。
 観ているだけなら最高に楽しかったかもしれない。
 でも今回はそれでは済まない。
 
 ——えらいものを見てしまった。
 太陽に照らされてかる汗だくの肌、力むときの喘ぎ、弾け飛ぶ脂、肉。
 ——ただし、パンクラチオンと違うのは、油を濡らず、命を落とすまでやらないこと。
 場外あり、殺しても負け、あと地面に完全に伸ばされたり固められても負け。寝技からのタップもあり。
 全員の試合を見たが、アスクレピオスとケイローンがバランス重視の業師タイプ。アキレウス、李書文、ベオウルフは打撃戦好む攻撃偏重タイプ。
 分かってはいたけどとんでもない。全裸だろうが人間じゃ普通に無理。
『一旦帰って作戦を練ろう』

 最初の森に戻って、作戦会議——とは思うけど、ちょっと具合悪くなるレベルだった。
「他の人たちも軽視はできないけど——アキレウスはどうしようもないよねえ……
 神性がないとまともにダメージが入らないのはもちろんのこと、速い、硬い、ケイローン仕込みの技もある。神性に関しては、こちらも適性持ちが多いのでいけるだろうが。
「アキレス腱打ち抜かないといけないのは辛いよねえ……
「とんでもないクソゲー仕様ではないか」
「あんなのと十年渡り合ったヘクトールどうなってるの」
『その試合は捨てる手もあるね。何回でも挑める、って書いてあったけどアキレウスに怪我させられたんじゃ次の試合にも響きかねない』
「というかそれが最善に見えますね」
 あの勢いでスクラムとか組んだ時顔の横で股間が揺れてて動揺しない自信がない顔。うっかりすると顔面とかに当たりかねない。
『加護がなくてもバトルマニアたちがこの世界でのびのび全裸の戦いに挑んでるんだから、彼らの経験値も考えてなるだけ早くことを解決したいけど……——ん』
 
「お話中失礼します」

 全員で唸っていたら、人の声。振り返ればそこに。
 
「今お時間いただいてよろしいでしょうか」
 
 ギリシャの賢者、ケイローン。
「ふ、ふええ」
 脳みその処理が限界を超えた。
「ファッ? えっケイローン?」
 なぜこのようなところに。
 今、下半身は馬の姿である。なるほど、全裸特異点は隠匿かくしごとが弱体につながるのだから人馬の姿が一番いいってことか。
 全裸なのに神々しい。さすがケイローン。
「はい、少しご相談がありまして」
「は、はい」
「アキレウスの対戦相手を選ばせてもらいたい」
 賢者どうした?


 
 訳がわからない、普通なら相性がいい相手選ばせろっていうものだし——なんならアキレウス戦は棄権して白星が一つ向こうにつくようになっているのに。
——わからないな、何故当てる相手に苦手なのを選ぼうなんて』
「アキレウス戦の相手は棄権するお話してましたよね?」
『そう、頑張る旨みがないからね。一戦捨てるのも戦術だろう?』
 計りかねたのか、ダヴィンチちゃんが画面の向こうで目を細める。観察、確認。ことば、体の向き、視線、声。
 何を考えている?
「そうですね。戦術として有用です。翻ってこちら、アキレウスは神性のある相手でないと傷すらつけられません。——少し痛い思いをした方が、覚えもいいんですが」
「はい」
「そこであなた方です。神性もちの方が四人も選び放題」
 選び放題って使い方あってる???
「こんな教育チャンス、逃す手はありません。アキレウスももっと歯応えが欲しいと嘆いていましたし、弟子の望みも叶って師弟でWin-Win」
 教育チャンスて。教師の鑑だけれども。
「服を着ていたのですぐにわかりました、あなたがマスターですね」
 服を着ていたがためにバレた。
 まあいやそれはそうか、だって会場では他の人間全部肌色だもの。
「代わりと言ってはなんですが、白星ひとつと、パンクラチオンの戦い方をお教えします。それでひとつ、アキレウスが一番苦手と思われる相手を選ばせていただきたい」
「白星ひとつ、というと?」
「私が棄権します」
「は?!」
「話し合いに納得したら棄権してもいい、という試合なのですよ。私は過去に何度かそういう理由で棄権して負けています」
 話し合い可能、というと、確かにこの人相手ならきっと納得すればひいてくれる。他の人はバトルマニアだから多分むずかしいけど、一勝獲得できるのは嬉しい。
……棄権というのは、事前に棄権ができるってことかい?』
「ええ、事前の約束を破るような真似は致しませんが——そちらがそう望むのならば」
『ならそれでいこう、藤丸くん。君が棄権の相手だ』
 なるほど、戦わない前提ならばオレが相手でも構わないはず、ってことか。
 そしてその場合——サーヴァントに一人、余剰が出る。会場から広く監視できる。相手がこちら出し抜こうとしたら、いち早く察知することが可能だし、マスターの周りを選手サーヴァントで固めることができる。
「ねえ、それ、アショカ王としてはどうなの?」
「私は暴力で国を奪った。暴力以外でお互い納得して解決するのならば、それもまたよし。後悔のないように生きるがいい、と」
 他人のすることに期待も望みもしない、ただその結果を受け入れる。
「アショカ王、すごい人だったんだね」
「伊達に人類史に名前を残してないよ」
 
 服さえ着てくれれば。
 
「もしかして、他の人もこの手で籠絡とかできないかな」
 思いつきを口にしたらケイローンとアシュヴァッターマンが似た顔をして、ケイローンは口を閉じて、アシュヴァッターマンが口を開く。
「メンツ的に……無駄だと思うけどなぁ」
「えっなんで?」
「俺と楽しいシミュレーターバトルマニアメンツだから」
 ワーオなんて的確な理由。
「ワ、ワンチャンアスクレピオスだけでも……! ケイローン先生、いかがでしょう」
「生徒が新しいことに手を出そうとしたならば見守るのも教師です」
 にっこり。お、似たこと考えてはいるんだなこの二人。無駄じゃね? ってタイプの違う綺麗なお顔に書いてある。
 えーい! でも打てる手は全部打たないとちょっと怖いメンツ!面会も自由らしいし行っとけ!