冬暁
2025-12-08 23:01:01
10766文字
Public 鳴保
 

NRHS Calendar 2025 No.2

12/08〜12/14の鳴保カレンダーまとめ。


12/11 『祈り』


 ——健康でいられますように。
 ——好きな人と一緒にいられますように。
 ——お金が欲しいです。
 ——誰それとの縁を切りたい。
 ——次の大会で優勝できますように。
 願いをかけるものたちをただ一様に見ていた。それら一つとして叶える術を持たないと言うのに。
 ボクは本を正せばただの人だ。厄払いが出来るのは人であったボクの仕事でもあったから。それが強化されて、大抵の厄は儀式を略して使えるようになっただけのこと。
 厄除けの守りにその力を宿しているのだから、こうして手を組み合わせ熱心に捧げられても何もできない。
 叶いはしないはずのものを毎年毎年、飽きもせずに行うのはそれが信仰だからだろうか。
 頬杖をついて見ていれば無遠慮な視線を感じた。
 五つになるかどうかの子供だ。七つまでは神の子、なんて昔から言われているのだからボクが見えていても不思議じゃない。年々数は減ってはいるものの————
「あれ、保科の子だな」
 狐のように吊り上がった目元をしたやつが数人集まっている。研ぎ澄ました刀のような気配と、あの顔立ちとくればもう保科でしかない。縁があるからか、割とあの家の子はボクを見やすいらしい。数十年から数百年の間にはボクを見える保科が現れる。まぁ、大人になっても見えるやつは片手で足りる程度。そのうち見えなくなって忘れゆくだろう。
「だとしても遠慮のかけらもないな」
 恐らく本能的に人ならざるものであることを察してはいるんだろうが、だからこそ僅かたりとも視線を外さないのはどうなんだ。
 あまりにも様子がおかしいから君の兄が不審に……、思ってないな。どこに行っても視線がこっちを向くからと面白がるな。抱えて走るな。ここを何処だと思ってんだ。ああ、叱られたな。そしていい加減、他所を見ろ。ボクの一挙手一投足を監視する気か。
 手を払えば手を振られたと勘違いしたのか、にぱりと笑って振り返してくる。
「振ってない」
 視線が鬱陶しくなってきて移動する。屋根の上に転がれば、穏やかな日和が心地良い。
 あの手の保科は関わると面倒だ。かつて散々振り回された記憶が蘇って、苦虫を噛んだような気分になった。
「ふぁ……
 ざわざわと人の気配は忙しないが、慣れたものでもある。木の葉が擦れる音、砂利が転げて、子供が泣いて、大人は笑う。千年経とうとも人の営みはそう変わるものでもないな。
「おった」
 小さな声がそばから聞こえた気がして勢いよく体を起こす。屋根の端にちんまりと、両手足をついて地道に進んでいる子供がいた。
「わ、……!」
 ボクの身動きに驚いたのか、手を滑らせてその小さな体が転げ落ちていく。屋根の端にいたから床がなくなるのはすぐだった。
「はやぁ」
「呑気だな君は」
 ぷらん、とぶら下がった体をよそにボクを見上げる子供にため息を吐く。もこもこの上着は些か滑りやすく掴みにくい。早々に屋根の上に引き上げれば、細い目が丸くなっていた。
「どうやって登ってきたんだ。梯子なんてかかっていないはずだが」
「きのぼりじょーずやねん」
「登るな。どこだと思ってんだ」
「おるのみえてん」
「動くな」
 今まさに落ちたことも忘れたのか。仕方なく膝に乗せてやれば、ボクにしがみつきながら下を覗き込んでいた。
「あ、おとん」
 叫びこそしていないが、忙しなく辺りを見渡しているのを見るに探しているのはこの子供だろう。
「下ろしてやるから、ちゃんと帰るんだぞ」
「やや」
「何でだよ」
「まだここおる」
「駄目だ」
「やっ!」
 逃げようとするものの、ボクの膝にいるから動けやしない。抱えたまま地面に飛び降りれば、そのまなこに涙が滲んだ。
「やなのぉ!」
 ボクの足にしがみつきながら泣くものだから、生温かい感触で布がへばりつく。
「うわ、鼻水つけるな。拭くな」
 ぐりぐりと顔を擦りつけるから酷い有様だった。無理矢理引き離せばべちょっとついた鼻水が糸を引く。
……………………
「やーーーーッ!」
「わかった。わかったから」
……ぐすっ、ずび、ッ」
 懐紙を取り出して垂れた鼻水を拭ってやる。
「何故嫌なんだ」
「あそびたい」
「遊ぶ?」
「かみさまとあそびたい」
「そんなことで泣かれても……
「あそぶのぉ……ッ」
「わかったわかった。遊びたいんだな」
「うん」
 ずびりと鼻を啜りながらも頷く。何がそんなに興味を引いたのかわからんが、子供とはそういうものか……。しかし、流石に時間がない。いつから一人で歩き回っていたのか知らんが、この年の子供がすぐに見つからない時点で大事だろう。
「遊んでもいいが、君のお父さんやお母さんに聞いてからだ。さっきから君を心配して探してる」
「あかんいわれる」
「このまま遊んだら、あかんどころじゃない。ものすごぉく怒られるぞ」
「それはやや」
「そうだろ? なら、どうしたらいいかわかるな」
「うん」
「いい子だ」
 ひょいと抱き上げて丸い頭を撫でる。涙を引きずる背中を軽く叩けば、間もなくこてりと頭が倒れた。
 日の当たる温かい木の根元に子供を預ける。表に少し顔を出せばそばを子供の兄が歩いていた。
「見えずとも勘は鋭いのかもな」
 小石を拾って足元へと投げる。意識がこちらに向いたところで、もう一度小石を投げた。
 ふわりと屋根に飛び上がる。涙や鼻水の汚れをさっと払って座った。
「遊ぶのはまた今度。君がボクを覚えていたらな」
 そんな日が来るとは思わないが。
 兄に抱かれた子供に柔らかな光が注いでいる。ふにゃりと穏やかな寝顔を見せる子供は、それ以降ボクを見つけることはなかった。

Posted by 冬暁/薄明