いを
2025-11-02 17:45:08
6899文字
Public タグ、掌編、その他
 

タグまとめ31

くらくら
それぞれフォロワーさんのお子さんお借りしています。


鍋(那月さんとマルタ)

 鍋奉行という存在がいる。ここではおそらくあの男だろうと目星をつけ、その男のいうとおりに食べる――というのも味気ない。煮込まれすぎてくたくたになった白菜も、しんなりしすぎた椎茸もよいものだと思う。おなじ鍋をつつく仲、というこの雰囲気が一変することもなきにしもあらず、ではあるのだが。
 店の鍋というものはきちんとととのえられている。そこにきのこ類、ここに野菜、というように。
「戸叶、鍋で好きなものあるのか」
「鍋……。飛白さんはいかがですか」
 おたまを使い、とうふをそっとすくう。柚子ポン酢が注がれた取り皿に置いても、とうふはしっかりと立ったままだ。
 研究員は頭がかたいと言われがちかもしれないが、そんなにがちがちにかたい、というわけではない――はずだ。今も柚子ポンよりポン酢だけのほうが好きな自分でも、柚子ポンに堂々ととうふをのせているのだから。
「鍋……。そうだな。キムチ鍋が好きかもしれない」
 鍋で好きな種類と問われると、少々難しかった。なぜならどれも調理方法はほぼおなじだからだ。
「味が濃いから……ということで?」
「まあ。そうかもな。寒くなると妙に鍋、食いたくなるんだよ。こういうときの飲み会はだいたい鍋出るし」
「そうですね。定番なのかもしれません」
「早い者勝ちみたいなとこもあるよな。肉なんてあっという間になくなった」
 彼女は鍋を覗き込むと、赤い眼鏡のレンズをかすかにくもらせた。かくいう自分も、だが。
……レンズくもるし。でも、なんでか食いたくなる。ひとりでも、今みたいな大勢でも」
 眼鏡をはずし、ハンカチでのろのろと拭うが、どうせまたくもるのだしケースにしまい、鞄に入れておいた。
「きっと、楽、という以外になにかあるのでしょうね」
「やっぱお前も思うか。楽って」
「つくるところから食べ終えるところまで、一度にできますから」
 那月はそういい、ふうと息をかけ、まだ熱さののこる椎茸を食んだ。