usagipai
2025-10-11 05:59:38
22173文字
Public
 

No title

ひのでくん総受け



【ユスひの】

夜の神殿は、昼の賑やかさが嘘のように静まり返っていた。
窓の外には雲ひとつない星空。高く昇った月が、青白い光を静かに床に落としていた。
ひのでは目を覚ましていた。何かに起こされたわけではない。ただ、胸の奥がざわざわと騒いで、眠りが浅くなった。それだけのことだ。

布団の上に身体を起こすと、耳を澄ます。どこからか水音がかすかに聞こえた気がした。――いや、風の音かもしれない。月の光に照らされた廊下を、ただひとり、歩いてみたくなった。
静かに襖を開ける。誰もいない神殿の廊下。灯火は落とされていて、月の明かりが代わりに道を示していた。
……なんか、変な夜だな」

そう呟いて、ひのでは足音を忍ばせながら歩き出す。廊下の先、見慣れたユースティスの部屋の前を通ると、少し立ち止まってみた。――扉は閉じられていて、中の気配は感じない。
やがて小さく頭を振り、再び歩き出す。

と、そのときだった。
突如、背後から吹いた風。神殿内にあるはずのない風が、カーテンを揺らし、そこから光が溢れる。
……なっ」
目を奪われた次の瞬間、視界が反転する。足元の
視界が暗転し、音が遠ざかる。まるで深い水の中に沈むようだった。
 
だが――ふ、と目の前が明るくなった。

立っていたのは、神殿ではなかった。代わりに、広がっていたのは石畳の街路。古い、けれど丁寧に手入れされた石造りの建物たち。そして、頭上には見たことのない赤みがかった空。夕方でも朝でもない、不思議な時間の色だった。

……え?」

ひのでは思わず声を漏らし、自分の足元を見た。土の匂い。石の感触。風。すべてが、あまりに現実的だった。
しかも周囲には、騎士たちの姿がちらほら見える。鎧のきしむ音、訓練場から聞こえてくる剣戟の音。まるで舞台でも見ているようだった。
「夢、だよな……?でも、こんな生々しい夢……
戸惑いながら街の角を曲がると、目に入ったのは――若い青年だった。

背筋を伸ばし、清潔な騎士服を身にまとい、真剣な眼差しで少年剣士たちに指導していた。
金髪に近い淡い茶の髪が風に揺れて、日差しの中で微かに光っていた。
……ユース……?」

その姿は見間違えるはずがない。けれど、今のユースティスよりもずっと若くて、どこか尖っていた。優しさよりも、真っすぐすぎる正義が、剣のように彼の背を支えていた。

――そうだ、ここはユースティスの過去だ。夢を通じて見せられている。
なら、気づかれないようにしよう。姿は見えてない、たぶん。
ひのでは少し距離を取りながら、彼の姿を追った。

「違う、その構えじゃ力が逃げる!……そう、もっと前に!」
青年ユースティスは、子どもたちの訓練を丁寧に見守っていた。剣の角度、足運び、声の出し方。全てにおいて妥協はなかった。
しかし、不思議なことに、怒鳴ることも、乱暴な指導もしなかった。厳しい中にも、相手の心を折らないような配慮があった。
(あれ……こんなに、優しい目してたっけ)
そう思ったひのでは、なぜか胸が締め付けられる。
 ――きっと、このころのユースティスはまだ、“理想”を裏切られていなかったのだ。

騎士団の仲間たちと笑い合い、目を輝かせながら訓練をして、皆から信頼されていた。
その姿は、ひのでが知っているユースティスとは少し違っていた。まだ何かを背負っていない、透明でまっすぐな光だった。

彼がどれほど努力してきたかを、後の未来で知っているからこそ――この日常が、あまりに切なく、尊く見えた。

次の日の昼。

夢の中だと思っていた時間は、終わる気配がなかった。ひのでは「朝になれば神殿で目が覚めるだろう」と思っていたが――なぜかそのまま、時間は流れ続けていた。
「マジで朝になった……てか、腹減った……寝てねぇ……
誰にも気づかれないままこっそりと町の路地裏を歩いていたが、やがて訓練場の喧騒が耳に入ってくる。

そして、また彼がいた。青年ユースティス。日差しの中で汗を流しながら剣を振るい、生徒たちに手本を示していた。
「なあ見ろよ!やっぱ団長の剣、すっげぇよな!」
「音が違うもん……風が切れてる!」

子どもたちが目を輝かせているのを見ながら、ユースティスは少し照れくさそうに笑って、剣を収めた。
そのときだった。

……っあっ」

足元の石にひのでは軽くつまずき、カラン、と何かを落とした。
――しまった。
ユースティスの目が、真っ直ぐこっちを見た。
(あっ、バレた!??いや夢だし見えるわけ

……そこの君、何者だ」
青年ユースティスが、凛とした声音で言う。剣はまだ抜いていないが、明らかに警戒していた。
「えっ??(見えてんのかよ!?)」
ひのでは手をわたわたと振って慌てた。
……?」
訝しげな目で、ユースティスは一歩近づいてくる。その瞳に、警戒と分析の色が混じる。
「君、その服装……ここの者じゃないな。どこから来た?」

「いや、あの、俺もわかんなくて……てか、ちょと待ってくれ……(くっそ……困ったな)」
わたわたする少年に、騎士の青年は目を細める。そして、ようやくその様子に「敵意がない」と判断したのか、ふっと警戒を解いた。

「落ち着け。君は……迷い込んだのか?」

「えっ……あ、たぶん、そーいうことかも。神殿で寝てたんだけど……気づいたらここにいて」

「神殿……?君、どこの神殿の使いだ?」

「え、あ、いや、あの、ジュピターの神殿……って……いやなんでも無い気にしないでくれ」
ひのでは混乱のあまり、しゃがみ込んで頭を抱えた。
その姿に、青年ユースティスは目を丸くして――やがて、小さく笑った。
……おかしな子だな。敵でも怪しい奴でもないのはわかった」

……え?」

「君が嘘をついていないのは、目を見ればわかる」
ユースティスは、静かにそう言った。
その声に、ひのではふと顔を上げる。
――ああ、やっぱり。
このころから、もう「ユースティス」だったんだ。まっすぐで、きれいで、優しくて、ちょっと不器用で。
でも確かに“信じる”ということを、最初から選んでる目だった。

「君、名前は?」
訓練が終わり、子どもたちが昼食へと去ったあと。まだ剣の手入れをしていたユースティスが、隣に座っていたひのでに問いかけた。

「ひので」
「いい名だ。……太陽のような響きだな」
そう呟いた声に、ひのでは思わず笑ってしまった。
「え詩人ぽいなそれ」
「そうか? そういうのが好きでね。名前って、“祈り”がこもってると思う」
……!」
ジュピターが言ってたのと、同じだ。
ひのではハッとした。
神子として目覚めた今のユースティスも、「名前には魂がある」と口にしていた。
この頃から、彼はずっと変わってないのかもしれない。
「ユースティスは、騎士なの?」
「そうだ。まだ若輩者だが、剣だけは――自信がある。……命を守るために振るう剣でありたい」
「ふーん……でも、それって大変じゃない?」
……ああ。どれだけ腕があっても、すべてを守れるわけじゃない。俺は、まだまだ……理想ばかりだ」
その言葉に、ひのでは黙った。
目の前にいる青年は、まだ“間違ってない”。
だけど、これから先で、何度も“正しさ”を信じるたび、傷ついていくことになる。
“誰も殺さないために、誰かを殺さなきゃいけない”戦場。
それでも、彼は――斬る。
そして、自分をすり減らしていく。
……こん時からなのか)
「なにか言ったか?」
……ううん。別に」
「そうか」
静かな昼下がり。乾いた風が、訓練場の土をわずかに巻き上げた。
青年ユースティスは剣を磨く手を止めて、ひのではを見た。

「君、剣に興味はあるか?」
「えっ、……まぁ。見るのは、好き」
「なら、構えだけでも教えよう。ほら、立って」
「ええー!?」

結局ひのでは、ユースティスに剣の構えを教わる羽目になった。
「!」
「違う。肩の力を抜いて。腰は……もう少し後ろ。そうそう」

「ぅッッ!?むりむりむりむり!!色々心臓に悪ッッ!」
「お前、敵に懐に入られたらどうするんだ。これは基本だ」
「ちがう違う違うそうじゃない~~~!!(物理的な意味じゃない!!!)」
近いし経験したことないしで思わず色々力んでしまう耳まで赤くなるひのでに気づかず、ユースティスは真剣そのものだった。
その真面目さが、またこそばゆくて。

――でも、今だけは。

この優しい時間が、ずっと続けばいいのに。
そんなふうに、ひのでは思った。
そして賑やかも楽しい日々が始まった、帰れるまでの間ユースティスの家で過ごすことになり、初めての家事や神殿の時には見なかった珍しいものなど触れたり、イタズラしたり、ユースの知らない一面たくさん知っていった
ある日、戦場に向かうことになったユースティス別に珍しい事ではなかった騎士団の団長だ、当たり前のハズなのにこの時だけ胸騒ぎが治らなかった

夜なんとなく寝れなくて、焚き火の炎が、ぱちぱちと音を立てていた。
ユースティスが森の奥へ向かってから、もうかなりの時間が経っている。
(遅い……
月がずいぶん高くなっていた。
ひのでは、なんとも言えない違和感に胸を掻きむしられるような気分だった。
(おかしい、とっくに帰ってきてもおかしくない)
こんな“夢”の中で、妙に冷静に状況を整理している自分も変だ。
でも、夢じゃないとしたら──
……ユースティスが、危ないかもしれない」

その瞬間、頭より先に、身体が動いていた。



風が強くなっていた。
森の奥へ進むたび、木々の枝が揺れ、乾いた土の匂いが強くなっていく。
少し外れの森に辿り着くと
唐突に──鼻をつく、血の匂い。

……え?」

ひのでは立ち止まった。

草むらが、赤く濡れていた。
刃で切り裂かれた形跡、転がる布、割れた木の盾。

そこは、つい数時間前まで“戦場”だった。
!」
足が自然と駆け出していた。
まるで、何かに導かれるように。
そして。
暗がりの中――倒れている青年を、見つけた。

「ユースティス!!」

ぐしゃ、と膝をついて駆け寄る。
胸が苦しかった。視界が滲む。
血まみれの服。浅く速い呼吸。焦点の合わない瞳。
折れた剣が、彼の傍らに転がっていた。
「おい……起きろ!!ユース!!」
身体を揺する。返事がない。
それでもひのでは、手を掴んだ。
冷たい。だけど、まだ――生きている。

「しっかりしろよ!起きてくれ……!」

すると、かすかにまぶたが震えた。

…………?」
「!俺だ……ひので!何でこんなボロボロで……!」
彼の瞳が、うっすらと開く。
……ああ、君…………
弱々しい声。それでも、微笑んだ気がした。
……無事で……よかったでもここは危ない早く逃げろ
「そんなことどうでもいいだろ!お前が……っ」

ひのでは言葉を詰まらせた。
手の中の熱が、どんどん奪われていくようで――
「なぁ……死ぬなよ……
その言葉が、ぽろりと零れた。
するとユースティスが、そっと目を細める。

「君は……不思議だな。……まるで、全部を……知ってるみたいだ……

「知ってない、知らねーよ……でも、」
言いかけて、ぐっと奥歯を噛んだ。
泣きそうになる自分が悔しかった。
だって――俺は、本当に“何も知らなかった”んだ。

あのユースティスが、こんなにも傷ついて、こんなにも血を流して。
それでも誰かを守っていたことも。
こんなふうに、命を削ってまで“正義”を貫いていたことも。
「こんな……こんな大事なこと、ジュピターも、誰も、教えてくれなかった」

その言葉に、ユースティスの目がわずかに揺れた。

……ジュピター……?」
……いや、なんでもない今はそんな事どうでもいいそれよりも」

そう言うと、ユースティスの手が、そっとひのでの頬に触れた。
優しくて、儚くて、もう消えてしまいそうな力。

「ははなんだいそれ……
ユースティスは弱々しく笑った。
「でも…………君が……ひのでが……最後にいてくれて……よかった君との時間は宝物のようで幸せだった、ありがと……

その言葉を聞いた瞬間、ひのでの胸は締め付けられた。
ゆっくりと落ちていくユースティスの瞼を見つめながら、ひのでの頬を一粒の涙が静かに伝った。

彼の最後の姿――それは、今まで見たどんな顔よりも儚く、そして美しかった。
生きているユースティスしか知らなかった自分。
だが今、初めて彼のすべてを知った。
痛みと後悔、強さと優しさ。揺るぎない信念と壊れやすい心。

そんな彼の原点を見てしまったからこそ、ひのでの胸はどうしようもなく揺れてしまう。
「ずっと……こんな奴だったんだな」
目の前で静かに消えゆく彼に、どうしようもなく惹かれてしまった自分を、ひのでは否定できなかった。

ただ、言葉にできない想いが胸に溢れて、涙がこぼれ落ちる。
それは悲しみでも、悔しさでも、切なさでもない――
言葉にならない、ただの“愛しさ”だった。

しかし時間なのだろうかゆっくりもさせてくれないようで
次の刹那

空が震えた。

地の底から浮かび上がるような光。風。ざわめき。
そして、どこかで聞こえる声。
……ひので……戻れ……ここは……過去……

「え……?」

ユースティスの姿が、光に飲まれていく。

「ま、待って!!」

掴んでいた手が、離れていく。
ひのでは叫んだ。

「もう少しだけ……!」
それでも、光は容赦なくひのではを包み込んで──
白い天井だった。
冷たい石の床。微かな香の煙。

ひのでは、はっと息を飲んで身を起こす。

……神殿、だ」

寝台の上。シーツは乱れ、額には冷たい汗が流れていた。
隣の部屋では神子たちの気配がある。夜はとっくに明けていた。
でも。

(ユースティス……
夢の中で見た彼の姿が、まぶたの裏に焼きついていた。
血まみれで、優しく笑って、儚く消えかけていた男。
(あれ……なんだったんだ?)
……じゃない気がする。
心臓がまだ、戦場にいた時のまま暴れてる。

鼓動を抑えきれないまま、部屋を出た。
ユースティスは、ちょうど中庭で訓練をしていた。
いつも通り。真っ直ぐで、冷静で、厳しくて。
ひのでは、その姿を見て――
脚が止まった。
(あの時の……あの顔で笑ってる)
傷一つなく、綺麗な姿で剣を振るう彼が、信じられなかった。
……夢、だったのか?」
だけど、どうしてもそうは思えなかった。
(あんなに苦しそうな顔、あんなに……優しい目、見たことなかった)
呼吸が浅くなる。声が出ない。
けど、彼はふとこちらに気づいた。
そして――

……ん?」
眉をひそめて、静かに近寄ってくる。
「ひのでか……どうした?顔色が悪い」
普段と変わらない声音。だけど、
ひのでは思わず一歩下がった。

(違う、“普段通り”にしてるだけだ)
声も表情も丁寧なのに、胸の奥が騒ぐ。
あの夜のこと、あの戦場のこと、何も知らない“ふり”をされているような――
……俺さ」

たまらず、口を開く。
……あんたの、剣の振り方、どこかで見た気がするんだ」
ユースティスの目がぴくりと揺れた。

……そうか?」

……昔、誰かを守るために剣を振って、ひとりで全部背負って、血まみれになって――それでも誰かを助けようとしてた、そんな人を見た」
…………
言いながら、自分でも涙が出そうになるのが分かった。
「夢だったかもしれない。でも……もし、ほんとに過去があって。俺がそれを見てたとしたら」

ユースティスは静かに聞いていた。表情はまるで変わらない。
だけど、ひのでは分かった。
呼吸が、浅くなっていた。

……ひのでは、時折……とても不思議なことを言うな」
……俺もそう思うよ。でも、なあユース」
ひのでは、もう一歩だけ近づいた。
「もし過去に苦しんでたならさ。今はさ、ちょっとぐらい誰かに頼ってくれよ」
その“誰か”が、俺であってもいいんだ。
――と、言葉にする勇気までは出なかったけれど。
ユースティスは目を伏せて、小さく笑った。
……神に仕える者は、強くなければならない。私はそう教わってきた」
……じゃあ今からは俺が教えてやるよ。神に仕えてる奴でも、弱っていいし、泣いてもいいって」
沈黙が落ちた。
朝の光が差し込む中で、
彼の瞳に、ほんのわずかな“揺らぎ”が生まれたのを、ひのでは見逃さなかった。
その日、ユースティスは訓練場にひのでを呼び出した。
「昨日の件について……話がしたい」
表情は相変わらず堅い。
でも、どこかいつもより“迷い”が滲んでいる気がした。
ひのでは無言で頷いた。
……君が見た夢についてだが、私にとっても全くの他人事ではない気がしている」
ユースティスは、剣の柄を見つめながら口を開く。

「私には“過去の記憶”がない。生前、どこにいて、誰だったのか……ジュピター様に神子として呼ばれた時、すべてを忘れていた」
その声音は、普段の彼からは考えられないほど静かで、人間的だった。

「でも時々……ふと、夢を見る」
ひのでは目を見開く。
「夢?」

「そう。“誰かを守ろうとして、間に合わなかった夢”。剣を振って、必死で誰かの名前を呼んで、それでも……届かない。間に合わない。そんな夢ばかりだ」
ひのでの胸がぎゅっと締めつけられた。
(それ……俺が見た、あの戦場のことじゃねえのか)
ユースティスは、ふっと息を吐く。
「君の言う通りなのかもしれない。君は、僕の過去を“見た”のだろう。……誰にも見せたくない、哀れで、未熟で、どうしようもなかった“かつての自分”を」
その声には、ほんの僅かに、震えがあった。

「俺さ……その“かつてのユース”を見たからって、幻滅とかしなかったよ」
ひのでは正面からユースティスを見据える。
「むしろ、“そいつ”を知って、今のお前のことがもっと分かった気がした。だからって、何かが変わるわけじゃないけど」
少し照れくさそうに、でもまっすぐに。

「それでも、俺は知ってよかったって思ってる。
ユースが、そんなにも必死に誰かを守ろうとしてたんだって」
ユースティスの肩が小さく揺れた。
そして――

……ずるいな、君は」

ぽつりと、彼が呟いた。
「誰よりも軽やかに、真っ直ぐに言葉を投げる。迷いも恐れも、きっと抱えているのに、それでも……ひのでは、誰かに差し出せる」
その言葉に、ひのでは目を見張る。
「私にはできなかったことだ。昔も、今も」

……だったら、今からやってみればいいじゃん」
……え?」
「今から誰かに頼って、弱くなってみればいい。最初はうまくいかなくたってさ、それでも少しずつ“変わる”ことはできるって、俺は思う」

しばらく沈黙が続いた。
ユースティスは視線を伏せたまま、ひのでは見なかった。
けれど、その指先が、剣の柄を握る力を少しだけ緩めていた。

オマケストーリー

その夜。
神殿の回廊を歩くひのでは、ふと夜風の中で立ち止まる。

(ユースの過去、全部は分かんないけど――

あの夢で見た姿は、確かに“今に繋がっている”。

……だったら、今のあいつのそばにいることで、俺も何かしてやれたらいいな」
ぽつりと呟いて、空を見上げた。
そして、気づかぬまま。
石柱の陰で、その言葉を聞いていたユースティスが、
ほんのわずかに目を細めていたことを――知らなかった。

月が静かに照らす神殿の中庭。
誰もいない、静かな夜。

昼間の会話が頭から離れず、眠れなくなったひのでは、外に出ていた。

……はぁ。なんか、変な感じだな」

あのユースティスが、自分にあんな風に心を開いてくれるなんて。
嬉しいような、そわそわするような、くすぐったいような。
――と、そこに足音がした。

「こんな時間に、何をしている」
振り返ればユースティスがそこに立っていた。

「ユース…… びっくりした。寝ないのか?」
……貴方が出て行ったのが見えたから、気になって」

彼の声音は、どこか柔らかくなっていた。


二人、並んで中庭の石段に腰をかける。
ひのでは、少しだけ間を置いて、口を開いた。
……なぁ、ユース。今日、俺の話……ちゃんと聞いてくれてありがとうな」
……こちらこそ。君のおかげで、少し……楽になった」
照れくさそうにそう言うユースティスの横顔を、月が照らす。

――綺麗だなって、思った。

……そうだ。礼と言っては何だが――

「ん?」

突然ユースティスが身を乗り出し、ひのでの顔の前に顔を近づけた。

「目を閉じてくれ」

「えっ、ちょっ、おま――

反射的に抗議しようとした声は、唇に落ちた静かな感触によって、ふっと途切れた。

優しい、でも逃さないキス。

ひのでは目を開けたまま、言葉をなくして、ユースティスの瞳を見つめ返す。
その瞳は、普段の冷たい硬質ではなくて――どこか、熱を孕んでいた。

「貴方が、今の私を肯定してくれるなら――
……私は、それを信じてみてもいいかもしれない」

頬が赤く染まったユースティスが、そっと耳元で囁く。
……だからこれからも、私のそばにいてくれ。頼む」

…………ずりぃな……

怒っているのか照れているのか分からない声で返しながらも、ひのでは小さく笑って、ユースティスの手を取った。
――そのまま、もう一度唇が重なった。
今度は、ひのでも目を閉じたまま。

何も言わずに。

お互いの温もりだけで、想いを伝えるように。