mishiadd
2025-09-27 01:47:40
41943文字
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幽世より愛を込めて

【本編/現パロ/FGO軸】「ところ構わず気に入った場所に社を建てて神域展開するタイプの男」ヤマトタケルと神隠しの標的にされる宮本伊織の八百万煎じシチュエーション3連発。だってあたしはまだ煎じていないのでェ…【剣伊】※急遽ハロウィン合わせ


儀が進行する。

相変わらず憎まれ口の減らないはねっかえりのセイバーが、時折なんだか急に伊織に懐いたような素直な好意の言葉を口にすることがある。それで、伊織が一瞬『あちら』のセイバーに切り替わったのかと身構えるが、特にそんなことはなかった。――ようなことを、二、三回は繰り返しただろうか。

「イオリ」

ふと名を呼ばれ、炊事場に立っていた伊織が振り返る。ただそこに立っているだけのセイバーの佇まいに、わずかな違和感を覚える。――それで、伊織は確信を覚える。

「『あちら』のセイバー、だな。これはまた、随分と久しい」
「『こちら』の私がますますきみとの時間にしがみついていてな。これでも私も随分と頑張っていたのだぞ? ……久しいな、イオリ。会いたかったよ」
「ん……

伊織からしてみれば四六時中嫌でも顔を見ている相手であるため、「会いたかった」もなにもない。――が、このセイバーにとってはそういうことでもないのだろうことは、伊織にもうっすらと理解り始めていた。……であるからこそ、伊織はこのセイバーとのやり取りにおいて、決して警戒を怠ってはならない

「息災にしていたか? イオリ」
「おまえは、『こちら』のおまえの目を通してすべて見ることができているのだろう? なら、その質問には意味がないな?」
「意味がないということはない。私がきみのことを気にかけている、というきみへの意思表示だ。――おまえ』、か。『こちら』の私と随分親しくなったようだな?」
「ん――そういえば」

随分打ち解けた――のは、セイバーから伊織に対しての一方通行というわけでもなかったようだった。今更ながらに指摘され、あの可愛げのない古代英雄に対して、多少なりとも弟相手のような親しみを覚えていたことを、伊織は自覚する。
「よい」とセイバーが軽く肩を竦めた。それから、伊織の手を取った。自分の胸元に引き寄せ、まるで大切なもののようにそっと抱き込む。

「イオリ。……あの社で、次はゆっくり共に時を過ごそうと約束したな? ――さあ、行こう。きみと、穏やかに話がしたい。……あの頃に、できなかった話を、たくさん」
「セイバー?」

毒気を抜かれた様子の伊織が、セイバーを見る。このセイバーらしからぬ、途方に暮れた幼子のような瞳が、一瞬宙を彷徨い――やがて、再びその熱した鋼鉄のような強さを取り戻すのを見る。燃えるふたつの火球が、伊織を見据えて言った。

「私は、きみを私のものにする。閉じ込めて、もう二度とどこにも出さないで、誰にも見せないで――そうすれば、私はきみを守ることができる。きみを私のものにして、私はきみを守る。――とうに、私がすべきだったことだ。この私の権能をもってすれば、とうにできたことだ。気付くのが遅れた。そうすべきだったのだと、私は気付くのが遅れて」
「セイ、バー。……セイバー。――言った筈だ、俺は儀を放棄できない。もしおまえが、俺をあのやしろから帰してくれないつもりなら、俺はもう」
――すまぬ。そんな……そんなことはないとも、イオリ。少し――焦ってしまっただけだ。いずれは――私はきみを迎えに来る。未来永劫を共に過ごすために、私はきみを攫うとも。……だが、そう、それは今でなくてよい。――きみが、もし自分から私の許へ来てくれるというのなら、それに越したことはないのだから。……だから、な? イオリ。もう一度、私と共にやしろへ来てくれるか? 今度もきっと、きみをここへ帰してやるから。――前回、私は嘘をつかなかったろう?」

セイバーに手を握られたまま、真摯に懇願される。その美しい顔を、片目を細めて訝しげに眺めた後――伊織が軽く肩を竦めた。

……わかったよ。確かにおまえは嘘をつかなかった。――それでも、あまり長居はできないぞ。俺が何日も家を空ければ、必要以上にカヤが心配するだろうし――『こちら』のおまえのことだって、そんなに長い間意識を奪っておくわけにもいかんだろう。……最近は、『こちら』のおまえと戦闘で息も合うようになってきたのだ。――俺自身、以前よりもずっと剣に手ごたえを感じるようになってきたし――
「イオリ、イオリ。――『こちら』の私のことはどうでもよい。捨て置け。……カヤのことも今は案ずるな、我らのやしろは時の流れとは切り離された場所にあるのだ。きみを帰すと言った以上、こちらに戻ってくる際はこちら側での時の流れに齟齬がないように帰すとも」
……そこまでおまえが言うのなら」

伊織が頷く。それから、なんとなく――本当になんとなく、自分の手を握り込むセイバーの手を、伊織が更にもう片方の手で包み込んだ。
え、とセイバーが目を見開く。呆けた顔で伊織の顔を見た。ん、と伊織が兄のような微笑みを浮かべて、小さく小首を傾げてみせた。

「俺には正直、なぜおまえが俺を連れて行くことにそこまで躍起になっているのかわからん。それに、おまえのその願いを、俺が叶えてやれる日が来るとも思えん。――だからこうして、俺がおまえの頼みを中途半端に聞き入れ続けることが、おまえにとって善いことなのかもわからんのだ。
きっと、俺はおまえの望みに応えてやることはできない。俺には、ここで――この儀で、やるべきことがある。やりたい、ことがある。
だが――不思議だな。どうにも、無下にはできないよ。おまえにそんな顔をされると」
「イオリ。――イ、オリ。――……

ぱちり、とセイバーが大きな瞳を瞬いた。その表情が変わったことに、伊織は気付くのが遅れた。セイバーの手を握り込んだまま、優しい兄のような表情で、セイバーの目を見て穏やかに言った。

「セイバー。……理由はわからないが、どうやらおまえが俺のためを思っていろいろと手を回してくれていることだけは、俺にもわかるのだ。だからおまえが、俺を攫いたいのだとそれほどまでに真摯に言うのなら――不思議と、邪険にはできない。おまえに攫われてやることはできないが、少しの間、おまえが言うようにおまえと共にいてやることはできるよ。――おまえが、あの社にいる間は俺の希望に応えたいと言うように――俺も、あの社にいる間は、おまえの願いを叶えてやりたいと思う。だから、あそこにいる間は、俺に何でも言ってくれていい」
「は…………は、――イオリ……?」

ぽかんとした顔をしたセイバーが、自分を見つめていることに伊織が気付く。「……ん、」と大きな両手でしなやかな手を握り込んだまま、伊織が小首を傾げた。――みるみるうちに、セイバーの白い顔が真っ赤に茹で上がる。
「う、う、うあああああああ!? ……あああ!?」と素っ頓狂な叫び声をあげながら、セイバーが伊織の両手を振り払おうとする。――が、うまくいかないのか、ただ伊織とぎこちない握手をしたかのように伊織の両手ごとセイバーの手が上下しただけだった。伊織に掴まれたままの手が真っ赤に染まり、白い袖から伸びる手首までがすっかり赤くなった。
湯気の立つほどに真っ赤に茹った顔で、くらくらしながらもセイバーが上擦る声でなんとか言葉を口にする。

「なん――なん、なんの話―― 一体なんの話だ、イオリ……や、社? きみが――私の頼みを、な、何でも聞く、とは」
「ん。……ああ、『こちら』のおまえに戻ったのか。いつも急だな。……なんでもないよ、おまえは気にしなくていい」
「!? ――な、な、な、なんだそれは! ……か、感じが悪いぞ、イオリ!」

今度は先程までとは違う理由で顔を真っ赤にしながら、ぽかぽかとセイバーが伊織を叩いてくる。「はいはい」と幼い弟の悪戯を躱すようにそれをあしらいながら、伊織が軽く肩を竦めて、フ、と苦笑いを洩らした。







数日後に再び『あちら』のセイバーが現れたとき、彼は意識を得るなり以前にも増して憂鬱そうな顔をして深い溜息をついた。すぐに状況を察した伊織が「『あちら』の」と声をかけると、セイバーはひどく憔悴したような、大人びた笑みを浮かべて言った。

「『こちら』の私が日に日に頑固になってきていることは否めぬが――私自身にも多少なりとも責がある。……もう、きみの顔をまともに見られないかと思ったよ、羞恥心で」
「セイバー?」
舞い上がって切り替わった。……たったのあの程度で……初恋の相手に右往左往する童貞の少年でもあるまいに」
「うん?」
「よい。――私と共に来てくれる、と言ったな? イオリ。……おいで」

差し伸べられた手を、伊織が素直に握る。目を閉じて開けば、そこはあの長い長い階段の先にある社の、本殿の入り口だった。眼下を見下ろせば、澄んだ青い水面がどこまでも続いている。相変わらずだった。
中へと入る前に、セイバーが伊織を見る。穏やかな顔で言った。

「今日は私と共に庭を眺めて過ごしてみようか、イオリ。前のように江戸の町の景色にもできるが、無論他の景色にもできる。枯山水と言ったか、ああいうのにもできる」
「ん。――俺は、風情には疎いが……
「では私が決めよう。……そうだな、白い小石を敷き詰めた枯山水と――月、か」

言って、セイバーが足を踏み入れる。――伊織の記憶が正しければ、前回は庭へ辿り着くまでに何十もの部屋を通り抜けた覚えがあった。にもかかわらず、今回は一部屋目の障子を開ければすぐに、そこは縁側だった。
前回のように、見渡す限りの町並み、ではない。――常識的な大きさの、優美な庭だった。漆黒に塗られた柵に囲われた中で、敷き詰められた白い小石がよく映えている。夜の帳の降りた藍色の空にはぽっかりと純白の月が浮かんでいる。その眩いような月光に照らされた大小の白い岩が、ますます純白に輝いている。

セイバーが縁側に腰を下ろして言った。

「今宵は月見だ、イオリ」

つられてその隣に伊織も腰を下ろす。それから、夜空を見上げる。ぽつり、と言った。

……そうは言うが、あの月は欠けているな? セイバー。十六夜いざよい、と言ったところか」
「誰があの月を見ると言った? 私の眺める唯一の月はここに居るよ、イオリ」
「う、ん……

伊織がセイバーを見る。月光を反射して底光りする火球の瞳とぶつかる。じっと、その言葉の通りに伊織だけを見つめている。――やがて、しなやかな手が伸びてくる。その親指が、伊織の切れ長の目許に触れる。
やや怯んで反射的に目を閉じかけた伊織の顔を、見開いた目でじっと見据えて、セイバーが言った。

「この綺麗な、美しい月が――決して満ちることのないように。永遠に、ここで――
「セイバー……?」

セイバーの意図がわからず、伊織はただ彼が自分に触れるのを許している。目許に触れていた手が、ひんやりと冷たいような体温の伊織の滑らかな頬を伝い、そのまま顎に触れる。人差し指の腹で、軽く掬い上げられる。――伊織はただ、されるがままに任せている。
板張りの縁側の上で、膝立ちになったセイバーが、その美しい顔をそっと近づけてくるのを視界に映している。ぽかんとしたまま、状況を把握もしないまま――視界いっぱいに彼の顔が映り、唇に柔らかなものが触れるのを知覚する。――それが、ひどく熱いことを、知覚する。唇が火傷しそうだった。

セイバーの顔が離れる。言葉もなく自分を見つめているセイバーの顔を、ただ見ている。純白の月明かりの中で、その白い頬が赤く燃えているのが見える。

「イオリ。……きみに、ずっとここにいてほしいのだ。私と共に。ずっと」
「セイ……バー。セイバー」
「きみを帰すと約束した。でも本当は――もう、帰ってほしくないのだ。このままずっと、きみとふたりで、ここで、こうして――

「あ、」とセイバーが頭を押さえる。ちかちかと片頭痛にでも襲われているかのように苦悶の表情を浮かべながら、伊織に手を伸ばしてくる。反射的に身を引いた伊織の手首をぱしんと掴み、唸るように言った。

「か、帰す。――きみを帰す、切り替わる前に。……イオリ」

ただ懇願するように自分の名を呼んだセイバーの声が、遠くに響く。――次の瞬間、伊織は長屋の中にいた。

ん、と伊織が周囲を見回す。畳の縁に座っていたセイバーが、「……うむ!?」と目をぱちくりさせてこちらを見た。

「な、なんだか、またもやぼうっとしてしまったぞ――何なのだ、一体――
「セイバー」
「うむ?」

わたわたしているセイバーの前に佇んだ伊織を、セイバーが見上げる。伊織が口を開きかけ――結局噤んだ。そのまま、すたすたと炊事場の方へと歩いて行ってしまった。

「イオリ? ――おい、なんだイオリ!」
「いや。……おまえに訊いても詮無いことだった。忘れてくれ」
――~~~なんなのだ一体っ! すごく、すごく感じが悪いぞ、イオリぃ!」
「夕餉を用意するから大人しく待っていてくれ」

トントントン、と伊織が包丁の音をさせ始めてしまうと、それだけでセイバーの気はそぞろになったようで、言われた通りに大人しくなる。――フフ、と微笑ましくなりつつも、それでも心に引っ掛かるものがある。

――あの、社の縁側で見た、必死に懇願するような、まるで泣き出しそうに切実な――セイバーのあの表情の意味が、引っ掛かる。