mishiadd
2025-09-27 01:47:40
41943文字
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幽世より愛を込めて

【本編/現パロ/FGO軸】「ところ構わず気に入った場所に社を建てて神域展開するタイプの男」ヤマトタケルと神隠しの標的にされる宮本伊織の八百万煎じシチュエーション3連発。だってあたしはまだ煎じていないのでェ…【剣伊】※急遽ハロウィン合わせ


減らず口で、可愛げがなくて、こちらの神経を逆撫でするような皮肉ばかりを口にするはねっかえりのサーヴァント。――のまとう雰囲気が、不意に変化する瞬間があることに、伊織は気付く。

空気が変わる。威圧感が変わる。表情が変わり、眼差しが変わる。――その直前まで、目線を敢えて逸らされて一向に目が合わなかったのが、突然真っすぐにこちらを見返してくる。――その瞳が、宙に煌々と燃える火星のように、いっそ禍々しいような熱を帯びて、伊織を見つめてくる。

そうなったのを察知したとき、伊織は瞬時に身構える。―― 一歩一歩、ほとんど足音を立てることもなく伊織に近づいてくる身体から発される神気のようなものに圧倒されぬよう、心の中の鯉口にそっと手を掛ける。油断すれば、られる。――あるいは、連れ去られる

その小さな身体が何倍にも大きく感じるような存在感を発しながら、セイバーが伊織に近づいてくる。ゆっくりと――まるで典雅な能の舞の仕草のように、こちらに手を伸ばしてくる。その手が、矮小な焦りを見せることはない。あるいはその尊大とも思えるような仕草が、今この瞬間のセイバーの発している異様な雰囲気に一役買っているのかもしれなかった。

そっと、愛おしく脆い壊れ物に触れるかのような手つきで、しなやかな手のひらが伊織の頬に触れる。まるで猛獣が戯れるのを許しているかのような緊張感が伊織の背筋を伝う。つう、と冷たい汗が流れるのを感じる。
ぽっかりと見開かれた火球の瞳が伊織を見ている。やがて、ゆっくりと言った。

「イオリ。――私と共に行こう。きみのためになんだって用意したのだ。やしろは広大で、庭もある。食事は――来てしまえばきみはその肉体を捨てることになるから腹は減らぬが、勿論したければできるとも。衣も――きみは拘らぬだろうが、きみが過ごしやすいようにとたくさん用意した。――このやしろはきみひとりのもので、きみが自由に過ごすためのものだ。他には誰もいない。私がきみを訪れる以外には」
「セイバー。その、貴殿の言っていることが、よく――わからんのだ。……やしろ? 貴殿が俺を、訪れる?」
「ずっと一緒に居てやりたいのは山々だが、そういうわけにもいかぬ。だから、きみには私がきみに与えたやしろで私を待っていてほしい。――私がきみに逢いにいくときは、必ずなにか贈り物を手土産に持っていってやろう。な? 刀が良いのなら、その度になにか見繕って――

神気の如き威圧感をまとったセイバーが熱烈に伊織を口説いて囁くのは、まるで身請けした花魁を別邸に囲おうとする大店の旦那のような文句なのだ。
――伊織には、セイバーの言う『やしろ』も、なぜそうまでして彼が伊織を連れ去りたいのかも、何もかもがよくわからない。……ただ、このように伊織を硬く身構えさせてまでして囁くのがこれか、と少し笑ってしまう。

だから、もしかしたらそれは、伊織のそんなほんの少しの気の緩みが許した軽口だったのかもしれなかった。

「セイバー。やっぱり俺にはさっぱりわからないよ。……ただ、まあ。――わからないならわからないなりに、そのやしろとやらを一度この目で見てみるというのは、いいのかもしれん」
「イオリ」

ぱっとセイバーの目許が明るくなる。その表情は、いつもの彼が屋台で美味いものを口にした時とあまり変わらないな、と伊織は思う。

「うむ、うむ! よい、それでよい。いきなり来てくれ、というのが確かに無茶な話であったのかもしれぬ。……もしきみがやしろを気に入ってくれたら、きみはそこに居ついてくれるものな? 私が無理やり閉じ込めずとも、きみが――自発的に」
「う、ん? ……うん……

――なにかひどく不穏な言葉が聞こえたような気もしたが、どのみち何もかもがわからないので、一旦流しておく。伊織の悪い癖だった。

「では、早速――イオリ、ああ、私はとても嬉しいぞ、イオリ――きみが、私と共に来てくれて――きみが、ようやく私のものに――……ん」

すとん、とセイバーのまとう雰囲気が変わるのを伊織は見る。うん、と思いながらそのままじっと目の前の可憐な顔を見つめていると、ようやく焦点の合ったらしい夕陽色の瞳が、きょとんとして伊織を見た。――ややあってから、自分の右手が伊織の頬に触れている状況に気が付いたようだった。

「あッ、ああーーーッ!? なッ、なッ、なッ、なぜ私は!? ……私は一体何を!?」
「何もしていないよ。……やはり貴殿、記憶がないのだな。――なるほど、相分かった」

みるみるうちに顔を真っ赤にして茹で蛸のようになってしまったセイバーから身を引きつつ、伊織が宥めるように言う。
わからないなりに状況を整理しつつ――今のセイバー自身が伊織以上にわからないのならば、きっとこれ以上追及するだけ無駄だ――伊織の中で仮説を立てつつ、一旦は呑み込んでおく。
どうやら、『あちら』のセイバーは感情が昂り過ぎると『こちら』に切り替わってしまうようだった。……そして、『あちら』は『こちら』のセイバーが把握していないようななんらかの事情もすべて承知しており、その上で――『こちら』のセイバーとは何やら異なる感情を、伊織に抱いているらしい。
その感情の正体も、そうなった由来も、伊織にはさっぱりであったが。――とにかく、『そういうもの』である、という以上、とりあえずそれはそういうものとして呑み込む以外に伊織には有効な選択肢がなかった。

屋台の立ち並ぶ大通りの真ん中で、わたわたとセイバーが慌てふためいている。ふう、と肩で溜息をついて、先程までの彼の落ち着きぶりを思う。それから、屋台のひとつに立ち寄って小さな餅菓子を買う。「ほら」とセイバーに与えてやると、彼の意識は一気に菓子に向いたようだった。「ん、美味い」と言いつつもちゃもちゃと餅菓子を頬張っているセイバーを見下ろしながら――フフ、と伊織が微笑ましく肩を竦めた。







『あちら』のセイバーが現れたのは、それから二日後のことだった。
助之進に頼まれた所用の帰りに血の気の多いごろつきに出会い、セイバーと伊織のふたりでこれらを薙ぎ倒した。

「きみにしては上出来ではないか! まあ、ほんのまぐれだろうがな!」などとまたぞろ意地の悪い褒め方をするセイバーに苦笑いをしていたところ、ふっと彼の雰囲気が変わる気配があった。伊織が振り返ると、「ふう、」とセイバーがどこか大人びた憂鬱な表情をしている。
確かめるように、伊織が言った。

――『あちら』の、セイバー。だな?」
「『あちら』、か。――きみにはさぞや呼びにくいであろうな? すまぬが堪えてくれ。……私には無論真名があるが、今私がきみにそれを告げて、きみの心境に何が起こるかわからぬ。その危険は冒せない」
「あ、ああ……
「随分往生際が悪くなってきたぞ、『こちら』の私は」

ふ、と皮肉げな笑みを浮かべてセイバーが頭を振る。自嘲のようだった。

「丸二日もこの体を私に明け渡さなかった。――どうやらきみと過ごすのが余程楽しくなってきたようだ。……であるならば、もう少しそれらしく振舞えばよいのにな?」
……

なんと答えたものか伊織が黙っていると、「よい」とセイバーが微笑む。それから、伊織に手を差し出してきた。

「約束であったな? ――きみが、一度私と共にやしろへ来てくれると」
「ああ。確かにそういう約束だった。……確認だが、戻っては来れるのだよな?」
「うむ。此度は――無論、きみが私がきみに用意したやしろを気に入ってくれて、そのままここに住み着きたい――と言ってくれるのならば、それはそれで大歓迎だとも」
「そういうわけにもいかん」

言いながら、伊織がセイバーの手を取る。――手が触れた瞬間に、ぴくり、とわずかにセイバーの手が震えた気がした。一拍あったのち、ぎゅ、と力強く手を握り込まれる。

「目を――閉じていてくれ、イオリ。三つ数えて、目を開けたら」
「『三つ数えて、目を開けたら』――

伊織が長い睫毛を伏せて目を閉じる。ややたっぷりとした、ただの瞬きのように、再び目を開ける。――「あ、」と、伊織が小さく感嘆を洩らす。



――見渡す限り一面に広がる水面の中に、巨大な鳥居が建っていた。天に広がる空は抜けるように高く青く、凪いでひとつの波紋もない鏡のような水面が、その空の青さを映している。空の青さの最中に建つ鮮やかな朱色の鳥居をくぐると、水面から高く高く伸びる木造の階段がある。その遥か先に、やしろの本殿が鎮座していた。――やしろへと至る出入口はその長い長い階段しかない。その空間には、鳥居と、階段と、やしろ以外の一切のものが存在していないようだった。

その荘厳な様子に伊織が感心していると、セイバーが伊織を見て言った。

「この階段をその脚で上りきるのは大変だな? 安心せよ、私が連れていってやろう」
……『ばびゅーん』、か?」
……ハハ。……いや、もう少し色気のある方がいいだろうな」

セイバーが額に手を当てて苦々しげに物思いに耽るような顔をする。それから、伊織の手を取った。「目を閉じていよ」と言われたので、伊織も言われた通りにする。次に目を開けたとき、伊織の眼下には一面の青い水面が広がっていた。――既にそこは、頂上の本殿の入り口だった。
あまりの高さにやや足の竦むような思いをしながら、伊織が下を覗き込む。その隣で、セイバーが腕を伸ばして何かを翳している。蛇行剣だった。

「見てごらん、イオリ」

言った瞬間に、蛇行剣を包む水の鞘から水滴が一滴、滴り落ちる。その小さな一滴が音もなく眼下へと落ちていき――やがて水滴がすっかり見えなくなった瞬間に、水面に小さな波紋を作る。それが見る間に円状に四方へと広がっていき、広がるたびに波の嵩が増し――やがて巨大な円状の高波となって視界から消えていった。

伊織がその高波の行方を目線で追う。その横顔に、セイバーが穏やかな声で言った。

「どうだ、イオリ。美しいであろう? ――気に入ったか?」
「この下は、どこまでも続く水面なのだな」

「うむ」とセイバーが頷く。「海のように広く、海のように深い水面だ」と付け加えた。

「そしてこの、階段」
「うむ」
――これは、俺の脚では抜けられない、な? 俺の脚ではここから袂まで辿り着けない。今のように、貴殿に連れていってもらえぬ限りは」

しん、と沈黙が降りる。伊織がセイバーを見た。にんまりと――煌々と光る火球の双眸が、人ではないような笑みを浮かべて伊織を見ていた。

うむ――安心せよ、今日は帰してやろう。そういう約束だからな」
――ああ……

とん、とセイバーが軽やかに踵を返す。その仕草だけが一瞬だけ、『こちら』のセイバーの姿に重なる。――振り向いたセイバーの表情に、それがほんの気のせいだったと思い知らされる。
威圧感を――伊織を従わせて黙らせようとする上位存在の圧倒的な神気を隠そうともしないまま、セイバーが微笑んで言った。

「来い、イオリ。……うむ、いわゆる『内見』というやつだな。これからきみが永劫の時を私と過ごす場所なのだ、しっかりその目で確認して、少しでも気に入らぬことがあったら遠慮なく私に言うのだぞ?」
「う、ん――

不穏な言葉や不都合な言葉には、聞こえない、わからないふりをする。――伊織の、悪い癖だった。



カラカラと、けやきの巨大な戸が独りでに開く。――本殿へと、足を踏み入れる。