mishiadd
2025-09-27 01:47:40
41943文字
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幽世より愛を込めて

【本編/現パロ/FGO軸】「ところ構わず気に入った場所に社を建てて神域展開するタイプの男」ヤマトタケルと神隠しの標的にされる宮本伊織の八百万煎じシチュエーション3連発。だってあたしはまだ煎じていないのでェ…【剣伊】※急遽ハロウィン合わせ


一度本殿の中に入ってしまうと、まるで無限の部屋と回廊が続いているようだった。
奇妙な造りだった。寺の本堂のような板張りの部屋があったかと思えば、その隣は畳の座敷だった。――かと思えば、伊織には馴染みのない、恐らくは西洋式の――石造りの部屋などが点在している。
まるで無秩序に増築に増築を重ねたような奇妙な空間だった。――そしてそれは、明らかに外観から見たこの建物の容量に収まりきっていない。

仏間のような部屋を通り抜けながら、セイバーが伊織に言った。

「最初は統一感や内装の美しさを目指したりもしたのだぞ? ……ただ、な。きみが飽きてしまってはいけないから」
「俺は――住まいには拘りのない性質だが……
「知っているよ。あの長屋だものな。……我らは共にたくさん江戸の町を観光したであろう? とても刺激的であったな? ……だからここも、きみにとって刺激的であり続けてほしい」
……まさか、増え続けるのか? 部屋が」
「きみが望めば。――たとえば、ここだ」

からり、とセイバーが襖を開く。――すると、一面を書棚で埋め尽くされた、吹き抜けのように高い天井の部屋が現れた。

伊織が頭上を見上げる。どこまでも続くように見える書棚の終わりは見えない。通常の屋敷の三階分くらいはあるであろうあたりまでは和書や漢書が並び、そこから上の棚には紅玉のような西洋式の本が並べられているようだった。更に上へと昇れば、伊織の知らない文化圏の本も並べられているのだろう。
書棚のみっちりと置かれた壁には長い梯子がいくつもかかっている。部屋の中央には豪奢な螺旋階段が据え付けられており、ちまちまと梯子を昇らずとも上段へと上がることもできる。

「このような――図書館、というものが、かつてエジプトという異郷にあったと聞いたのでな。……きみの暇潰しによさそうだと」
「だろうな……

伊織が唖然として部屋を見回す。くすり、と聞こえたので見遣ると、その伊織の顔を満足げに眺めているセイバーの顔とぶつかった。どこか大人びた微笑みではあるものの、夕陽の瞳にちらりと悪戯っ子のような光が見える。――『こちら』のセイバーが、伊織に意地悪を言うときの目の輝きとほんの少しだけ似ていた。

「気に入ったか?」
「気に――入るとか気に入らないとかいう話なのだろうかな、ここまでくると」

やや気圧されたままに伊織が口の端を持ち上げると、セイバーが小さく肩を竦める。「よい、次を見せよう」と伊織を促して部屋を通り抜ける。

「書――というものだな、木簡ではなく紙に文字を書く――も面白かろうが、これよりもっと先の時代には、文字の代わりに声で言の葉を記録したり、果ては目に映る視界そのものを記録する代物があるのだ。……これもきっと、きみが気に入るだろうと思ってな。こちらだ、イオリ」

からりと次の部屋の扉が開く。――書の並べられていた部屋よりもやや薄暗く、そして見慣れない長方形の機器が所狭しと置かれている。伊織がそのうちのひとつに近づいて触れると、暗闇の中でぼんやりと光り始め――そして、見知らぬ衣裳をまとった見知らぬ男女がしかつめらしい表情をして座っている姿を映し出す。『緊急速報』とあった。

伊織が興味深げに眺めていると、背後から覗き込んできたセイバーが言った。

「この機器を『モニター』と言い、ここに映し出されているものを『映像』という。――この部屋では、ありとあらゆる時代のありとあらゆる記録を、こうして映像としてきみは見ることができる。――中には、書に書かれているような物語を映像としたものもあるぞ。きみ、三国志とやらが大層好きだったろう。あれも、きっとどこかにあるぞ」

伊織がセイバーを見る。その目を見返して、セイバーが目を細めた。「ん、気に入ったか? イオリ」とどこか機嫌を取るような甘い声音で言った。

「いや。……すごいとは、思うよ。――やはり、もはや俺個人が気に入るとか気に入らないとかの話ではないような気はするが」
「きみ個人の好みの問題に決まっておろう。ただ『すごい』では意味がないのだ。きみが『気に入った』のでなければ。……きみ、好き嫌いを滅多に口にしてくれないだろう。だから、思いつく限りを手当たり次第に用意してみたのだ。――その結果、あまりにも節操のない仕上がりになったことは自覚がある」
「う、ん。――いや、すごいとは……思う」

その言葉にセイバーが更に何事か言い募ろうとしたが、圧倒された様子でそこかしこのモニターに触れては眺めている伊織を見て、フ、と肩の力を抜いた。口許にかすかな笑みを浮かべ、言った。

「ここではありとあらゆる『映像』を見ることができる。先程も言ったような物語を映像化したもの――『映画』や、ある時代のある場所で放映された報道内容、果ては誰かの個人的なホームビデオまで。……それから、アカシックレコード――人間に限らず、動植物などその場にいた誰かの中に残っている記憶そのもの、などもな。……どうだ? これだけあれば、きっときみとて退屈はしないだろう? イオリ」
……俺の暇潰しのためだけに、ここまで?」

やや呆れたような顔で伊織が言うと、セイバーが真剣な顔をした。「そうだよ」と当たり前のように言った。

「きみの暇潰しのためだけに、ここまで。――きみの気が紛れて、少しでも気が逸らされるのなら」
俺の気が逸らされるのなら……?」

「何から」、と尋ねることを伊織はしなかった。その問いの答えを含めたすべてがきっと既に手中にあるのだろうことを、伊織はセイバーの説明から理解していた。
だから、次に伊織が尋ねる質問は別のことだった。――しかし、彼がまだ口に出していないその問いを、セイバーは既に察していたようだった。その上で、言った。

「ダメだ。――ここで見られるものは、なんだって見ていい。私の恥ずべき過去ですら、気になるのならばいくらでも覗き見ていい。だけど、ダメだよ。きみは、きみの最期だけは見てはいけない。それだけは、私の手で封をして、蓋をする。きみは触れてはならない」
「何故?」
「とにかくダメだ。……私は、きみがここに居てくれるのならきみの希望はなんだって聞いてやるつもりでいる。だがこれだけは、お願いだ、私の頼みを聞いてくれ」

セイバーがその場に片膝をついて伊織の手を取る。懇願するように自分の額を伊織の手の甲に押し付けたので、そのただならぬ様子に多少なりとも気圧された伊織が、「わ、わかった」と答えた。――そこまで乞われてなお貫き通すべき自我も、今の伊織にはなかった。
「よかった」と微笑んだセイバーが立ち上がる。けろりとした表情でくるりと踵を返し、「寝室はたくさんあるから、その日の気分で寝床を決めるとよいぞ」と言った。

「では、きみを庭へ連れて行こうか。――きっと、気に入る」

いくつもの部屋を抜けた先で、からり、とセイバーが縁側へと出る障子を開ける。――視界に飛び込んできたのは、浅草の町並みだった。

――え?」
庭だぞ! フフフ、人はおらぬが、店も家々もそのままだ。……きみが望めば、これを上野や吉原の町並みにすることもできる。あの、巨大な大仏とやらのあった――そう、玉縄、にしてもよいぞ!」

伊織が一歩外に出ようとして、躊躇う。それから、意を決したように足を踏み出した。見慣れた、しかし無人の町並みを抜け、歩き慣れた道を辿る。――やがて、慣れ親しんだ場所に出る。幽霊長屋の前だった。
朝に伊織自身が干したままの襦袢がそのままになっているような風景に、伊織が言葉を失う。その隣に立ったセイバーが言った。

「な? これなら寂しくないだろう?……人はおらぬが……

セイバーが伊織を見上げる。その双眸が、火球のように煌々と燃えている。

私が傍にいる――また、ふたりで町を歩こう。イオリ」
ここまで――?」

伊織の声がわずかに震えていた。あるいはそれは、セイバーの施した術の規模に対する畏怖であるのかもしれなかったし、――彼をそこまでするに駆り立てた、セイバーが自分に対して抱いているらしい情動の片鱗に触れたことによる怯え、であるのかもしれなかった。

セイバーの双眸が見開かれている。瞬きを忘れたかのように、ただ煌々と燃え盛る炎の色をした瞳が、伊織を見ている。――無人の浅草の空が、夕陽に染まる。夜が来て、朝が来て、くるくると目まぐるしく、異常な速さで空の色合いが移り変わっていく。……やがて、ぴたりと変化が止まった。ぽっかりと、純白に輝く月のかかった、藍色に透き通った夜空だった。

眩いような白い月明かりが、伊織の端正な横顔にかかる。畏れたような、戸惑いと焦りを隠せない不安げな表情で、伊織がセイバーを見下ろしている。その、ぼんやりと白く光るような頬に、セイバーのしなやかな手のひらが触れる。――フ、とセイバーが笑った。

「やはりきみは、月明かりの下が一番綺麗だな。――とても遺憾なことに」
……セイ、バー」
「ここを気に入ったか? イオリ。――さあ、今日のところはきみを帰そう、そういう約束であったからな。……また、おいで。まだ時間はある。次はここで、私と一緒にゆっくり時を過ごしてみよう」

伊織が瞬きをする。幾度目かに目を開いたとき――空の色が、抜けるような青空に変わっていた。
そこは変わらず幽霊長屋の前だった。ただ――鶏がいる。通りを歩く人の声がする。カラリと長屋の引き戸が開く。――カヤが、「兄ちゃん?」と声を掛けてくる。

「あれ? もう戻ってきてたんだ。……セイバーさん? どうかしましたか?」

見れば、セイバーがきょとんとした顔で周囲を見渡していた。ぽりぽりと頭を掻いたあと、「いや……なにも」と自分でもいまいち納得していないような声で言った。

……? 兄ちゃん、御御御付の準備できてるからね。夕餉の頃合いになったら温めて食べてね。――それじゃあセイバーさんもすみません、今日はあたし帰りますね! 兄ちゃんもまた明日ね!」
「ああ、いつもすまないな、カヤ」

フフ、とくすぐったそうに笑ったカヤが足早に歩き去る。その後ろ姿を見送った後、伊織がセイバーに言った。

「まだ夕刻までには時間があるが――もう少しそのあたりを歩いてみるか?」
……別に、きみとどこかに遊びに行きたいとかそういうことでは無論ないのだが」

伊織にとっては自明のこと過ぎてこれっぽっちも必要性の感じられない前置きをぶちぶちと口にしながら、セイバーが言った。

「きみの財布と観光案内の技能には用がある。……きみがどうしてもと言うのなら、コメが炊けるまでは一緒にどこぞへ行ってやってもよいが!」
「じゃあ、『どうしても』だ、セイバー」
「では仕方がないな! 案内せよ、イオリ!」

無邪気にはしゃいでセイバーが駆け出していってしまったので、伊織が慌てて後を追う。――やれやれ、と肩を竦める。