mishiadd
2025-09-27 01:47:40
41943文字
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幽世より愛を込めて

【本編/現パロ/FGO軸】「ところ構わず気に入った場所に社を建てて神域展開するタイプの男」ヤマトタケルと神隠しの標的にされる宮本伊織の八百万煎じシチュエーション3連発。だってあたしはまだ煎じていないのでェ…【剣伊】※急遽ハロウィン合わせ

一、『ハロウィンパレード中のテーマパークで神隠し』

テーマパーク自体には、伊織自身は大した興味はない。

ただ、妹のいる――そして極めて妹に甘い――兄の宿命とでもいうべきか、やたらと付き添い要員として駆り出される。おかげで大して興味もない筈のテーマパーク内の地理だとか、シーズン毎のメニューやグッズの傾向だとか、果てはパレードの開始時間や観覧するための穴場スポットまで――まるで分厚いガイドブックのように知り尽くしてしまい、普段あまり馴染みのない大学の同期から「今度行くんだけど今の時期のオススメって何?」とわざわざ尋ねられるようにまでなってしまった。

九月に入ると毎年恒例のハロウィーンのシーズンが始まる。――なので、早々に妹に土曜日の予定を開けておいてくれとせがまれた。

「今度はお友達も一緒に行くんだ! ――兄ちゃん、荷物持ちでついてきて?」

そう頼まれてしまえば嫌とは言えず――「お願い、兄ちゃんの分のチケット代は出すから!」と頭を下げられるのを「俺が自分で払うよ」と断る儀式を懲りずに毎回執り行っている――請け負ったからには兄として、責任もって任務を遂行するまでである。

元々兄に対して多少過保護なところすらある心配性のよくできた妹で、生活面でどうにも頼りなく抜けているところのある伊織にあれやこれやと熱心に世話を焼いてくれている。大学に進学した伊織と離れて暮らすようになってからも、「兄ちゃん、ちゃんと食べてる?」とまるで――伊織も妹も実際それがどんなものかは知ることがなかったが――実家の母親のようなことを言いながら、自分で作った総菜などを持ってきてくれたりしていた。

だから、大きくなってからは兄の心配ばかりでめっきり少なくなってしまった妹のたまのおねだりには、ついつい力も入ってしまうのが兄のさがというものだった。

決して潤沢なわけではないバイト代から捻出し、期間限定デザインのカチューシャのひとつくらいは毎回買ってやることにしている。ドリンクやフード、ポップコーンなんかも目に付いたら買ってやるようにしている。コツは妹がキャラクターやアトラクションなど他のことに気を取られている隙にさっさとワゴンやショップに並んで買ってきてしまうことだ。わざわざ「よし、この兄がひとつ買ってきてやろう」などとでも言って伊織が財布を取り出す仕草を一瞬でも見せれば、「もう、大丈夫だっていつも言ってるでしょ兄ちゃん無理しないで!」と怒られて終わってしまう。もう買ってきてしまったものであれば妹も無下にはできないので、「兄ちゃんはまた……もーー!」とぷりぷりしながらも受け取ってくれる。――自分ではとても飲み干せそうにない、たっぷりのクリームに愛らしいかたちのクッキーが飾られたフラッペを頬張る妹を見るのは、なんとも誇らしく温かい気持ちがした。

今日は妹の『友達』が一緒に来るのだという。妹に加えて二人分の出費に耐えうるだけの軍資金と、妹とその友達のふたりがアトラクションに乗っている間にパレードの場所取りやらレストランの予約などをひとりでこなすためのレジャーシートや携帯の充電器――などを小さなリュックに詰め、両手は手ぶらで空けておく。伊織の本職である荷物持ちの役割は立派に果たさなければならない。

『友達』――とは、テーマパークの入り口で落ち合った。開園一時間前だというのに既に行列が出来ており、最後尾に並びながら妹がスマホで連絡を取っている。あらかじめ用意しておいた朝ごはん代わりのおむすびを手渡してやると、相手と通話し終わったらしい妹が苦笑しながら受け取った。「兄ちゃん、いつもは自分が差し入れされるばっかりなのに、こういうときだけ本当に準備いいよね」とチクリと言われつつ、ふふふ、と嬉しそうに妹がおむすびを頬張るのを見る。

「すまぬ、待たせた」――と声が掛かって、伊織と妹が同時にそちらを見る。

ポケットのたくさんついたグリーンのシャツにオーバーオールを腰で履いた、割とやんちゃめな格好をした少年が立っていた。その姿を目に止めた妹が、「セイバーさん!」と明るい声を上げる。

「無事に会えてよかったです! ここまで迷わずに来れましたか?」
「うむ、まあいくつか電車を乗り継いで――ああ、そちらが」

やや棘のある慇懃無礼な言い方をして、少年が顎をしゃくる。伊織を指していた。軽く会釈をした伊織を示して妹が言った。

「はい、こちらが今日の付き添いの兄です。……兄ちゃん、セイバーさんは今日初めてここに来たんだよ。めいっぱい楽しんでもらわなきゃ」
……ん、善処する」

言って伊織が財布の中身を確認しようとしたので、「も~~兄ちゃんはまた……あたしの分はいいからね! セイバーさんの分は……あ、あたしが半分出す!」と少年に聞こえぬようにコソコソと耳打ちした。
その間も少年が伊織から目線を外すことはない。やがてじっと見据えられている射貫くような目線に、伊織が「……なにか?」と尋ねた。

――いや」と少年が可憐な顔に似合わぬ苦々しい表情を浮かべて笑った。

「案の定、覚えておらぬのだな。……まあ、薄情者のきみがまず覚えているわけもあるまいよ。期待などしておらぬ」

なんのことかわからず、「……ん、」と伊織が鼻白む。「ふうー……、」と深く溜息をついた少年ががしがしと乱暴に頭を掻き、伊織に右手を差し出してきた。

「『セイバー』だ。それ以外の呼び名をきみに許すものか。なにせきみは覚えていないのだからな、自業自得だ」
「セイ、バー」

もとより自己紹介された名前以外を呼ぶつもりなど毛頭ない。妹の友人の呼び方など、自分にとってはどうでもいい。――自分はただの荷物持ちで付添人なだけだ。妹の大切な友人関係の間にしゃしゃり出る気など無論ないし、自分のことはそれこそ空気か――あるいは、注文前に席を確保するタイプのカフェの『この席取ってます』の小さな立て札代わりにでも使ってくれればそれでいい。

握手は返すものの、特に思い入れもなくあっさりと伊織は手を離す。その仕草にまたぞろむっとした様子のセイバーが、「……なんとも思わないのか、きみ」と厭味ったらしく言ったが、伊織の方は特に返せる言葉もなかった。

「今日は何がしたいですか、セイバーさん!」と妹が殊更明るく尋ねたので、セイバーの気がそちらに向く。妹のスマホの画面を覗き込みながら、ああでもないこうでもないとやっているふたりから少しだけ離れて、なんとなく伊織がその様子を眺めている。――なんとなく、ほっこりしたような、安心したような、いやに見慣れたような、そんな気がしてくる。……気がするだけであったが。

結果、セイバーの希望でローラーコースターのような絶叫要素のあるアトラクションを三つと、妹のおすすめということで演出の凝っているダークライド三つと、その間にショーが二つとパレードが二つ――となかなか野心的なスケジュールをふたりが立てたらしいところで、列の前方で開園のアナウンスがあったらしかった。

ぞろぞろとセキュリティチェックを通る中で、伊織とふたりが別々の列に別れてしまう。「先行って待ってるね、兄ちゃん!」とこそこそと言った妹が警備員に促されて進む中、伊織も声を掛けられる。

リュックの中を確認する警備員が、「今日はご家族とですか?」と尋ねてくる。「ああ、まあ……」と気もそぞろで生返事をしながら目線で妹らの姿を探している伊織に、リュックを閉めながら更に警備員が言った。

本当に何も覚えていないんですか?」

「え、」と伊織が警備員に目線を戻す。「え?」と警備員も不可解げに小首を傾げて伊織を見る。それから、にこっと営業スマイルを浮かべて伊織にリュックを返した。

別のスタッフに案内されてセキュリティゲートを通りながら、伊織も小首を傾げる。――何かの聞き間違いだったかと、思う。

「あ、いたいた! 兄ちゃーん!」

伊織が見つけるよりも先に兄を見つけてくれた妹が、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら両手を振っている。その後ろでポケットに両手を突っ込んだまま突っ立っているセイバーは、伊織と目が合いそうになった途端に不貞腐れたように目を逸らした。

「? 何かあった?」
……いや……

ぽり、と頭を掻きながらふるふると伊織が頭を振る。「うん?」と不思議そうな顔をしていた妹はしかしそれ以上は何も尋ねず、セイバーも気にはしているものの、わざわざ伊織に話し掛けるつもりはないようだった。







アトラクションによっては一時間も二時間も並んで待つ中で、伊織の作戦としては基本的には妹らふたりには同行せず、その待ち時間の間にたとえばレストランの予約を確保してみたり、彼らが戻ってきたときにスナックやポップコーンを手渡せるようにワゴンに並んで買い込んでおいたり、あるいはパレードの観覧スポットの場所取りを――いわゆる『地蔵』というやつである――しておいてみたりと、彼は彼なりに忙しかったりした。――が、妹に「どうしても」と乞われて待機列に同行することもあった。「この乗り物本当にすごいから兄ちゃんも見て!」という、「自分のお気に入りのライドをどうしても兄にも楽しんでほしい」という妹の欲求に応えるのも、兄の務めである。

スマホでレストランの空き状況をチェックしている伊織の前で、妹とセイバーが楽しげに話している。どうにも伊織に対してつっけんどんだった同行者の機嫌がようやく直ったかと伊織がちらりと目を遣れば、目が合いそうになった途端、それまでの笑顔を引っ込めてセイバーがふくれっ面をする。「一体なんなのだ、」とは思いつつ、それ以上深追いすることはせず伊織がスマホのスクリーンに目線を戻す。十七時頃に予約制のカフェに空席があるのを発見した。ふたり分しか空いていないのでとりあえず予約をし、妹らが夕食を楽しんでいる間、自分は妹の頼まれ物の買い物をして――学校の友達に配るのだという五個セットのチャームや個包装の菓子類など――小腹が空いたらなにか片手で食べられるものを適当に買い込み、夜のパレードに向けて地蔵をしつつふたりがカフェで食事を終えるのを待つ。これである。

――という作戦を伝えようと妹に声を掛けようとしたところで、アトラクションの待機列にアナウンスが響いた。

『皆さん、こんにちは。――へようこそ。未来のエネルギーで走行する自立型ビークルに乗って近未来の世界を巡る当アトラクションで、一緒にスリリングな冒険を楽しみましょう。これから皆さんには研究室の新人研究者になってもらい――
「セイバーさん、このアナウンス聞いててください! これを聞いておけば映画を見てなくても大丈夫なので」
――本当に何も覚えていないんですか?』
「え?」

「え?」とセイバーと妹が伊織を見上げている。アナウンスはまだ続いていた。「――え?」と伊織が呆然とした顔をして聞き返したが、ふたりには伊織が何に驚いているのか伝わっていないようだった。怪訝そうな顔をしつつ、セイバーが再びアナウンスに耳を傾ける。妹も不思議そうな顔をしていたものの、「兄ちゃんも聞いててね、まあ一緒に映画見たから大丈夫だと思うけど!」と明るく言った。

その後つつがなく乗り物自体には乗ることができ――「ね、すごいでしょ!?」となぜか誇らしげな妹の言う通り、なかなか凝った演出の出来栄えだった――建物の外に出る。
そういえば、と伝えそびれていた夕方頃の作戦について伊織が妹に話すと、「兄ちゃんだけカフェでご飯食べないってどういうこと!?」と押し問答があり――口論の末、「今日はお客人を連れているのだろう、カヤ。なら、きちんと接待をしなければ。兄は哀しい」と都合よくセイバーを巻き込んだ感情論で伊織が妹を丸め込んだ。
セイバーからはやや離れたところでひそひそ話をしていた兄妹がようやく話を終え、妹から委細を説明されたセイバーが片眉を跳ね上げる。伊織を見て、「……きみ、来ないのか?」と不機嫌そうに尋ねた。

「ん? あ、ああ――貴殿も、俺がいない方がなにかと気楽だろう」
「なぜそうなる? 私がそんなことを一言でも言ったか?」
「うん……?」

ぽかんとしている伊織に詰め寄り、とん、と伊織の胸元にセイバーが人差し指を突きつけた。まるで因縁をつけるヤンキーかなにかのように、下から睨み上げてくる。

「きみ、何も覚えていないばかりか今日もまったく私に話し掛けてこないではないか。挙句にわざわざ私から距離を取るような真似をして。なにかの当てつけのつもりか? そんなに私を苛立たせたいのか、きみ」
「は……?」

得心を得ない様子の伊織に、「フン!」とひときわ拗ねたような声を上げてセイバーがそっぽを向いてしまう。――それでようやく、どうやらこの妹の『友達』とやらが、――理由はまったくわからないし心当たりもとんとないが――なぜか伊織に対して拗ねている、ということを朧気ながら伊織は把握した。

「その、すまん。……もしかして、俺たちは前にどこかで会ったことがあるのか? 俺が――忘れてしまっているのだろうか」
「ん……

ようやくやや和らいだセイバーの声が、どこか寂しげに揺れる。そうだったのか、とようやく確信を得た伊織が、ぽりぽりと頭を掻いた。

「その――すまん、申し訳ない。……よかったら、どこで会ったかだけ教えてくれるか? なにか――思い出せるかも――
「いいや。……よい、よいのだ。酷なことをした。……イオリ」

ん、と伊織が思う。そういえば、このセイバーに対して自分は今日名乗っただろうかと思い――「イオリ」という、やけに親しげで、そしてセイバー自身は確実に呼び慣れているのだろうその呼びかけに――きっと、以前にもどこかで出会ったということだけは事実なのだろうと、思う。

そのやりとりを遠巻きに眺めていた妹が、「あ、ねえ!」と言った。

「せっかくさっき兄ちゃんが予約してくれたカフェだけど、やっぱりやめよう。――あたしもたくさん歩き回って疲れちゃったし、レジャーシート敷いて三人でパオ食べながらパレード待とうよ。――セイバーさんも、それで……
「うむ。それでよい」
「えへへ! じゃあ決まりですね。……兄ちゃん、それでいいよね!」

「あ、ああ」と勢いに圧されて伊織が頷くと、妹が嬉しそうに笑った。――「ま、いいか」と伊織が微笑んで肩を竦める。

周囲は既に暗くなり始めていて、ハロウィーンのデコレーションを施したおばけ屋敷の洋館が、藍色の空を背負ってぼんやりとオレンジ色に光り始めていた。ぽつぽつと観客が場所取りを始めている中で、伊織が満を持してリュックからレジャーシートを取り出す。布団を敷くときのように几帳面に広げると、ちょうど三人程度が座れる大きさになった。そこに、中華バーガーセットやスナックやらを両手いっぱいに抱えた妹とセイバーが戻ってくる。三人でレジャーシートの上に座り込み、それぞれバーガーにかぶりつきながら、だんだんと灯っていく周囲の照明を眺める。

ストリートの両側を占める店舗に飾られたハロウィーン風のカボチャの飾りやおばけのオブジェが、ぼんやりとあたたかいオレンジ色やクリーム色の光を灯している。空は藍色から宵闇に変わりつつあり、星もぽつぽつと出始めていた。待機中も流れているジャズ調の音楽が、なんとなくゆったりとした空気感を演出している。夜の肌寒いようなひんやりとした空気の中で厚手のジャケットを着こんでいると、まるで毛布にくるまっているような感覚になり、眠気すら誘う。

「これ美味しいね! ね、兄ちゃん! セイバーさんも!」
「うむ!」

どこか弾んだような声でセイバーが答えているのを聞く。――結局伊織は、彼とどこで会ったのかは思い出せないままだったが、こうして三人で過ごす穏やかな時間には、なぜか違和感がない。ホットコーヒーを啜りながら、伊織があたりを眺める。――悪くない気分だった。

『ハロウィーンパーティーにお越しの皆様方、ごきげんよう。今宵もまた愉快で楽しい、十月三十一日の夜を迎えましょう――

雰囲気たっぷりのおどろおどろしい声がハロウィーンパレードの始まりを告げる。食べ終わったらしい妹とセイバーのバーガーの包み紙を受け取って小さく折りたたんで仕舞いながら、伊織がスマホのカメラを構えた。忙しなく動き続けている妹とその友人のシャッターチャンスを狙える数少ないタイミングであったし、観覧に夢中で写真を撮るのを忘れていた妹が後になって「写真撮っておけばよかったー!」と言い出したときにさっとデータを渡せるようにしておくのも、兄の当然の務めである。

「カヤ、セイバー」と声を掛けるとふたりが振り返ったので、シャッターを切る。それから、遠くの方に先頭が見え始めていたパレードにカメラを向ける。

――今日が何月何日であっても、今宵は十月三十一日の夜七時。そして皆様は、この不思議で恐ろしいハロウィーンパーティーの招待客。そう、たとえ――

西洋のセメタリーぼちを模したフロートがだんだんと迫ってきている。それに合わせてパレード曲がスピーカーから大きく流れ始め、アナウンスの声が掻き消えそうになる中――その声は、いやに明瞭に伊織の耳に届いた。



――たとえ、貴男が何も覚えていなくとも



再びボリュームの大きくなったパレード曲にアナウンスも歓声もすべてが掻き消える。「え?」と伊織が呆然とする中、フロートはすぐに目の前にまで迫ってきていた。『世界の幽霊たち』がテーマであるらしいパレードは、黒い燕尾服を来たゾンビの舞う北米のセメタリーから始まり、中華風の廃寺院を背景にキョンシーが踊り――やがて、『日本』のフロートがやってくる。古い神社を模したフロートの周囲を、古代風の衣裳を着たダンサーが踊っている。通り過ぎるかと思ったときにパレード曲が変調してフロートが停止する。どうやらこのまま、観客と共に簡単なダンスパフォーマンスを行うようだった。

最前列を確保していた妹が思わぬ演出に驚いて兄を振り返る。「撮っているよ」という意味を込めて小さく手に持ったスマホをかざしてやると、妹が嬉しいような照れたような複雑な顔をした。そのまま顔を正面に向ける。古代の巫女に扮したダンサーが教える振り付けを懸命に真似ている妹の隣で、セイバーもなんとか追いつこうと似たような手振りをしている。クスリと笑った伊織が、ふたりの姿を収めようとスマホを向けたときに、「貴男」と声を掛けられる。

ふたりにスマホを向けたまま、伊織が顔を上げる。座っている伊織を上から覗き込むように、ダンサーのひとりが彼の目前に立っていた。目が合うと、にっこりと微笑んだようであったが、背後のフロートの灯りが逆光になって顔はよく見えなかった。

「貴男も踊るんですよ。――さあ、お手をどうぞ」

手を差し出される。――伊織の知る限り、パレードの最中に観客が引っ張り出される演出などかつて存在したことがなかった。怪訝な顔で、片手にスマホを持ったまま、差し出された手を反射的に握る。確認するように妹とセイバーを見たが、振り付けに夢中でこちらには気付いていないようだった。

す、と軽い仕草で引き上げられて、伊織がそのまま立ち上がる。その拍子にスマホが足元に落ちた。「あ、」と思ったものの、そのまま手を引かれてストリートへと出る。
ぼんやりと――古びた神社のフロートが、白と青とに輝いて暗闇に浮かび上がっている。その周囲をくるくると巫女や神官が舞い、パレードの音楽が遠くなり、近くなり、また遠くなる。伊織の手を取ったままのダンサーが、まるで促すようにゆっくりと伊織の手を高く上げさせた。互いに向かい合うかたちになり、ダンサーがゆっくりと腰を折って礼をする。真似をするように促されたようだったので、伊織も応じて頭を下げる。そのまま掴まれた手を軽く捻られたので、促されるままにその場でくるりと一回転をする。わああ、と急に周囲に歓声が響く。いつの間にか周囲のダンサー達が、伊織の周りに集まってぱちぱちと両手を叩いていた。――その顔が、いずれも笑っているのはわかる。――わかるのに、なぜか逆光で顔が見えない

伊織の背中を冷や汗が伝う。何かがおかしいということにようやく気付く。――助けを求めて最前列にいる筈の妹とセイバーを見たが、伊織を見ている気配はない。――よくよく目を凝らして、気付く。――ふたりの動きが完全に停止していた

「『今宵は十月三十一日の夜七時』。――このパレードが終わるまでは今宵はずっと十月三十一日の夜七時なのだ、イオリ

聞き覚えのある声に伊織が振り返る。伊織の手を握ったままのダンサーの顔が、月明かりに照らされる。――「あ、」と伊織が一瞬声を失い、それから呼んだ。

「セイ、バー……?」
「うむ。――ああ、あちらの私は相変わらず例によって意地を張っていたな? まったく、人の身は器が小さくて困るな。――この私は、きみが覚えていようが覚えていまいが一向に構わぬとも。私のことは遠慮なく『タケル』と呼ぶがよいぞ、イオリ」

そう言った男の衣裳がいつの間にか変わっている。長い豊かな髪を太腿まで流し、古代風の装飾に身を包んだ姿のその顔は、今日出逢ったばかりのセイバーと同じ顔であることはわかるものの、それ以上の見覚えも理解も推測も、伊織にはおよそ何ひとつ思いつかなかった。

己の顔を見て熟考している様子の伊織にそれを察したのか、『タケル』がクククと小さく喉を鳴らして笑う。伊織の両の頬を両手で包み込んで覗き込むようにして言った。

「言ったであろう、この私は器が大きいのだ。――きみが覚えていようが覚えていまいが、私のことを好きであろうが嫌いであろうが、一切がどうでもよい――人間が、神を好くも嫌うもないのだからな。その逆はあるにしろ。……私は、きみが好きだぞ、イオリ。だからこうしてわざわざ迎えに来てやったのだ。……うむうむ、よい顔だ。きみは驚いた顔が一番愛いな。まあ、きみがどんな顔をしても私はそう言うのだが」

「タケ、ル」と素直に口にした伊織に、「うむうむ」と満足そうに『タケル』が頷く。それから、伊織の手を引く。フロートの――青色に妖しく光る本殿に、伊織をいざなおうとしているようだった。
「あ、」と伊織が戸惑ったような声を上げて握られた手を引こうとする。「ん?」とタケルが美しい顔にのっぺりと貼り付いたような笑みを浮かべたまま、伊織を振り返る。笑ってはいるものの、まとう空気にわずかな怒りと威圧感が滲む。それに臆することなく、伊織が問うた。

「よく――わからないが。もし貴殿が、俺をどこかに連れて行こうとしているのなら――
「おお! カヤのことを心配しているのだな。とても善いことだぞ、イオリ。
案ずるな。言ったであろう、このパレードが終わるまでは今宵はずっと十月三十一日の夜七時なのだと。――私が『もうよい』と言うまで、時は永遠に止まっている。だから、私の気が済んだら――きみをまた、ここに帰してやろう。今宵、この時間、この場所に。……さすれば、きみの日常はそこから再開する。カヤも――まあ、あまり気にしなくともよいが、あちらの私――きみがここを離れて私と共に時を過ごしていたことなど気付くこともない。……な? なにも、きみにとって不都合はない」

「ん?」と機嫌を取るようにタケルが上目遣いに伊織の顔を覗き込んでくる。ん、と長い睫毛の目を伏せてやや考えるそぶりを見せた後、伊織がタケルの目を見て言った。

――わかった。貴殿が何者なのかも、なぜ俺なのかも何ひとつわからんが、聞く限りは確かに俺に不都合はない。……連れていけ」
「フフ。きみのそういうところ、私は好きだよ。……私が選んだのがカヤでなくてよかった、と思っているのだろう? 安心せよ、私がこんなふうに欲しがるのは後にも先にもきみだけだよ」

今度こそ、タケルが伊織の手を引く。フロートの神社へと上がる間も、周囲でダンサー達がくるくると踊っている。
フロートに上がりきった伊織が、今一度周囲を見下ろす。――手拍子をしたまま完全に動きを止めている妹とセイバーに一瞥をくれ、くるりと踵を返した。タケルに続いて鳥居をくぐり、本殿に足を踏み入れる。



――かたん、と本殿の戸が閉まる。






『ハロウィンパレード中のテーマパークで神隠し』・了