riririnf
2025-08-30 10:14:17
58884文字
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世界から花が消えたなら

ヌヴィフリ花吐き病書いてみた・後編
【四章】君は向日葵 P1~【五章】世界から花が消えたなら P4~【六章】この恋は花にのせて P6~
※捏造・ネタバレ過多。



 食事も終わり、洗い物も済ませたあとは、二人揃ってソファに座る。
 スイートルームのそれに比べれば、随分手頃なそのサイズは、普通に見るなら二人掛けで、三人掛けだとときゅうきゅうだ。
 パレ・メルモニアの大きいソファしか知らないヌヴィレットは、当初これを一人掛けだと思っていたらしい。道理で花吐き病について説明をしたあの夜に、隣に座ってこなかったわけだなぁ、とフリーナは当時微かに抱いた寂寥を懐古したものだった。
 ともかくも、今はこうして二人、同じソファを分け合っている。最初のうちは照れてしまって大変だったけれど(ヌヴィレットはいつも通りだった。腹立たしいことに!)、今ではこの通り。
 敢えて互いのパーソナルスペースを大幅に侵害し、肩を寄せ合いまったりと過ごすこの時間が、フリーナは結構好きだったりする。 
 普段の分厚い上着を隔てない、シャツ越し伝わる体温に少しうとうとしていると、不意にヌヴィレットが肩にまわした手に力を込めて、引き寄せてきた。
……ヌヴィレット?」
「フリーナ、落ち着いて聞いてほしい。……百年前、君に吐瀉花を贈った犯人が分かったのだ」
 ひゅ、と息を呑むと、ヌヴィレットの抱き寄せが強くなる。フリーナは大人しく彼の胸板に頬を寄せた。
「動揺させてしまい、すまない。君が聞きたくないのならば、ここまでにしよう」
……ううん。聞かせてくれ」
 フリーナは硬い声で先を促した。
 それは当時からずっと目を逸らし続けていた、最後の宿題だ。もう真相を知ることは叶わないと思っていたけれど、それが今目の前に現れた。ならばフリーナには、それを直視する義務がある。反水神派の嫌がらせであろうが、狂信者の押し付けであろうが、どちらでも。
 フリーナは息を詰め、ヌヴィレットのシャツをぎゅっと握った。
……どうして、わかったの……?」
「ルキナの泉から、君への強い感情を辿ったのだ。調査自体は、花吐き病のことを知った時よりずっと行っていた。犯人への憤りは勿論、そこに花吐き病完治の手がかりがないかとも思った。大スターたる君に強い感情を抱く者は数多く、更には百年も前のことゆえ、特定に時間がかかってしまったが」
 まったく知らなかった。フリーナに要らぬ心労をかけないよう、こっそりと動いていたのだろう。ヌヴィレットは他にも、旅人たちに協力を仰いでいたことも隠していたくらいなのだから。
「そして先日ついに該当する感情を見つけ、戸籍等も洗い出した。それにより身元や動機も判明した」
 龍の権能と最高審判官の権力を併せ持つヌヴィレットにしか出来ない、途方もないやり方だ。フリーナは思わずぼやく。
「キミのその能力を法廷で惜しげもなく使えれば、殆どの審判が即時決着を迎えるだろうにね」
「ああ、ままならないことだ」
 法廷の場で、水から読み取りました! と証言するわけにもいかないので、実際には絵に描いたスイーツである。嘆き半分、冗談半分で互いに頬を緩めた後、気を取り直して説明は続く。
……その者は水神に深い信仰心を持っていた。同時に、叶わぬ恋を悲観してもいた。そしてある日、花吐き病に罹患した」
 つまりは狂信の方か。フリーナは密やかに息を吐き出し、ヌヴィレットの話に意識を集中させた。
 ヌヴィレットによると、その者は花吐き病のことをよく理解していなかったらしい。当時水神でさえ情報収集に苦労した奇病だ。何のツテもない一般市民に、その正体は分かりようもなかった。
 花を吐き続けるのは苦しい。そして自身に何が起こっているのか、原因すら分からないのは恐ろしい。だから必死に助けを求めた。
 ──信仰を寄せる水神に、吐き出した花を捧げることで。
 殆ど直感的な行いだったらしい。噴水にコインを投げて願い事をするのと同じ感覚で、その者は神に花を渡した。
 審判終了後に歌劇場の前で待ち伏せをしていたとのことで、ヌヴィレットはあの顔には覚えがある、と忌々しげに証言したが、フリーナの方は花を貰う機会が多すぎて、とても絞りきれなかった。
「でも……実際のところ、僕には何の力もなかったわけだから……
 フリーナは俯き、唇を噛む。
 只人に過ぎなかったフリーナは、その者を救うどころか、救いを求める心すら察知出来なかった。その者の顔すら覚えていないのだ。
 苦しかっただろう。悲しかっただろう。救いを与えてくれない水神を憎みながら、花に埋もれていったのだろう。
 それらを鑑みれば、フリーナの受けた苦痛は至極真っ当な咎であったように思えてくる。
「君が気に病む必要はない」
「でも……!」
「本当に必要がないのだ。その者の花吐き病は完治した……恋が成就したからだ」
「えっ?」
 それはいったい、どういうことか。
 ヌヴィレットはフリーナの背を優しく撫でながら、言葉を選ぶようにゆっくりとした口調で言った。
「その者が恋をしていたのは、君じゃない。まったくの別人だ。相手は上流社会の人間で、その者は屋敷の使用人だった。度重なる嘔吐により心身が弱りきり、いよいよ退職を願い出たところを相手が引き留めた。それにより両想いであったことが発覚し、同時に花吐き病は完治したのだ」
 つまりは身分違いの恋。フォンテーヌの階級社会は現在も継続しているが、百年前はより厳しかった。その時代に結ばれたのならば、余程の覚悟と強い想いがあったのだろう。
「その者は水神の加護だと深く感謝し、生涯敬虔な信者であり続けた。自らの行いで君が苦しんでいることなど知りもせず。……君はただ、巻き込まれただけだったのだ」
 最後の一言には、フリーナへの配慮と、やりきれない怒りがない混ぜになって滲んでいた。
……フリーナ、君を酷く苦しめた病に罹患させた者が、その事実を知りもせず、裁きも受けず、安穏とした日々を過ごしたなど、理不尽に感じるかもしれないが……
「──大丈夫」
 フリーナはヌヴィレットの言葉を遮った。懸命に腕を伸ばし、ぎゅぅっとしがみつく。
「フリーナ?」
「僕は、大丈夫。というより……安心してる」
……フリーナ」
「僕はずっと、怖かったんだ……。毒の代わりでも、ファンの暴走でも……どちらにしても、花吐き病の罹患者がどこかにいるのは間違いなくて、僕はその命が散るのを見捨てたんじゃないかって、ずっと、怖かったんだ……っ」
 震える声で、フリーナは告白した。言いながら涙が零れる。あとからあとから溢れ出すそれは、ヌヴィレットのシャツに吸い込まれていく。
 別にこれにより、五百年間フォンテーヌの人々を欺き続けた罪が雪がれるわけではない。結局フリーナは何もしておらず、その者自身の力で自らを救済しただけだ。そうと分かっているけれど。
「よかった……っ、ほんと、に、ぅ……っ、うぅ……っ」
「フリーナ」
 ずっと背中を上下していた大きな手が、ぽんぽんと軽く叩く動きに変わった。それがフリーナの、最後の砦を決壊させた。
「っ、うわあああん!」
 ついにフリーナは子どもみたいに泣きじゃくった。
 その間ヌヴィレットは何も言わずにフリーナをあやして、包み込むように抱きしめてくれた。