riririnf
2025-08-30 10:14:17
58884文字
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世界から花が消えたなら

ヌヴィフリ花吐き病書いてみた・後編
【四章】君は向日葵 P1~【五章】世界から花が消えたなら P4~【六章】この恋は花にのせて P6~
※捏造・ネタバレ過多。



 ──どうして、このようなことになってしまったのだろう。
 それは過去と現在の因果が掴めず、そのうえ覆す力すら持たない、とかく悲嘆に満ちた言葉だ。
 ヌヴィレットはこの言葉を主に法廷の場において、幾度となく耳にしてきた。
 実際のところ、外野から見ても致し方なかったり、逆に分水嶺が明確であったり、その事情は様々だ。
 ならば今、ヌヴィレットが置かれている状況はどうだろう。後者であってほしかった。誰の目にも明らかな分岐点があり、そこさえ改めればまだ間に合うと、そう言ってほしかった。
 だが、現実は非情だった。ヌヴィレットよりも人の心を解する者たちも、テイワットの外の世界を知る者でさえ、その答えは分からなかった。

 フリーナが大量の花を吐き、意識を失ったあと。ヌヴィレットは喉奥に残った花弁を水を操って掻き出し、辛うじて気道を確保した。そしてフリーナを抱えて至急メロピデ要塞へと向かい、シグウィンに救護を依頼したのだ。
 医務室のベッドに横たえた時には既に呼吸も浅く、脈が弱いわ、とぽつりと漏らしたシグウィンの呟きに、ぞくりと背筋が凍った。
 点滴や酸素吸入などの専門的な処置にヌヴィレットが出る幕はなく、邪魔にならないよう部屋の隅に立ち尽くすことしか出来なかった。
 これほどまでに己の無力を呪ったことはない。人が神に祈る気持ちを初めて理解した。そんなことでフリーナが助かるならば、龍の矜恃を捨ててもいい。本気でそう思った。
 いつの間にか、要塞の主リオセスリが隣に佇んでいて、
「看護師長の腕はヌヴィレットさんが一番よく知ってるだろ? 俺らはただ信じて待てばいいのさ」
 と心強い言葉をくれた。彼には此度のいきさつを何も話していなかったのに、気を利かせて人払いもしてくれていた。
「俺にはフリーナ様より、ヌヴィレットさんの方がよっぽど危なく見える。酷い顔をしてるぜ」
 不敵に笑ってブラックジョークを寄越すリオセスリに、ヌヴィレットは少しだけ肩の力を抜いた。
 やがて処置が終わり、シグウィンに「ひとまず容態は安定したのよ」と報告を受けはしたものの、ここしばらくで急激にか細くなった腕に点滴のチューブを繋がれ、生気を失った青白い顔を見てしまえば、とても安心は出来なかった。
「最初に花弁を掻き出したのは、いい判断だったのよ。そうでなければ最悪の事態も有り得たわ」
 その発言の意図するところがフォローであるとは分かりつつ、〝最悪〟の意味を考えずにはいられなかった。

 メロピデ要塞の性質上、フリーナを留め置くことは出来ず、シグウィンと相談の上、パレ・メルモニアのスイートルームに移送することとなった。
 スイートルームはフリーナが居住していた当時のままにしてある。フリーナが去って、まだ半年。当然ながら元神が市井に住まうなど前例がなく、何かあればいつでも戻ってこられるようにと考えてのことだった。
 今回その判断が功を奏したわけではあるが、それでもこんな使い方を想定していたのではなかった。それに意識のないフリーナを、あれほど嫌がっていた空間に押し込めることに、埒もない感情が渦巻きもした。
 フリーナを運び込んだあと、パレ・メルモニアの近くで結果報告を待っていた旅人やクロリンデたちへの説明も行った。フリーナの容態については、主治医として同行していたシグウィンも補足してくれた。
 話を聞いている時の、皆の愕然とした表情は忘れられない。
 リネを除く皆はフリーナへの面会を望み──リネは女性の寝顔を勝手に見るわけにはいかないので、と辞退した── 一様に痛々しげな顔で、静かに眠るフリーナを見つめていた。特にナヴィアとパイモンは目に涙を浮かべ、唇を噛み締めていた。
 けれど誰も、ヌヴィレットのことを責めなかった。
「大丈夫よ。信じてもらえるまで何度でも言えばいいだけ。あたしたちも加勢するから」
「ええ、ヌヴィレット様のお気持ちは必ず伝わります」
 それどころか、ヌヴィレットの方が気遣われる始末。
 彼女たちの強さと優しさに感嘆の念を抱きながらも、同時に言い回しやタイミング、とにかく何がいけなかったのかを痛烈に批判してほしかったと願うヌヴィレットは、あまりにも浅ましかった。
「あんまり思い詰めないようにね、ヌヴィレット」
 去り際に掛けられた言葉にも、何も返答出来なかった。
 どうして思い詰めずにいられようか。
 皆の言葉は正しい。一度で伝わらなければ色々と試行錯誤をすべきであるし、ヌヴィレットが塞ぎ込んだところで何が解決するわけでもない。
 だがそれは、まだ努力を重ねる時間が残されていればの話だ。
 ヌヴィレットには、分かる。もう一刻の猶予もないことが。
 生命を司る水龍の権能が、抱き上げた華奢な身体のあまりの軽さが、そして何より吐き出される花々と噎せ返るような薫香が、フリーナの限界をまざまざと知らせてくるのだ。
……ッ」
 ギリ、と奥歯を噛み締める。加えて固く目を瞑ると、視覚を閉じて鋭敏になった嗅覚が、ふわりと漂う甘い香りを拾った。
 フリーナからではない。女性陣がネグリジェに着替えさせ、その際身体を清めたとも聞いている。だからこれはフリーナを抱き上げた折、ヌヴィレットの衣服に移ってしまったもの。
 これは死臭だ。
 フリーナを死へと誘う、忌々しい花の香り。
 憎い。花という存在そのものが、ヌヴィレットは今どうしようもなく憎い。
 閉じた瞼の裏、床を彩る花々が浮かぶ。フリーナを苦しめる諸悪の根源。それらが目に焼きついて離れない。
 何故ならフリーナから生み出された花々は、鮮烈なまでに美しい。生命を養分に狂おしく咲き誇る花畑。こんな残酷な光景があるだろうか?
…………
 長く、長く息を吐く。そしてゆっくりと瞼を上げれば、顔色こそ悪いものの、存外に穏やかなフリーナの寝顔が映る。
 きっと殆ど眠れていないと思うの、と数日前の診察時よりシグウィンに報告は受けていた。皮肉なことではあるが、鎮静剤の効果も手伝い、フリーナは今やっと刹那の休息を得られている。
 ……願わくば、この安息が永遠に続かんことを。
 ヌヴィレットは祈った。誰にともなく。
 そして、決めた。
 どうせ神頼みなどに意味はない。それは努力の放棄だ。何においても、この願いは叶えなければならない。
 その為ならば、どのような手段でも取ってみせよう。迂遠でも、狡猾でも。後に遺恨すら残らなくとも。


世界から花が消えたなら