mishiadd
2025-07-03 22:51:03
33968文字
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『IO』について

【FGO軸】最近カルデアで流行りのAIチャット(人力)『IO』に恋の相談をする匿名ヤマトタケルさんのすれ違いラブコメ。『IO』の中の人の宮本伊織さんは自分さえ絡まなければめちゃくちゃ人の心の機微に敏感なので「なんでそれで伝わらないんだろうな?」って話を聞いてて首を傾げるんだけど伝わってないのはおまえおまえおまえ案件(いつもの)【剣伊】


十一、

――花火大会の当日、その夕方頃。



『IO』に指定されたシミュレーター内の入り口付近は、タケルたちと同様に待ち合わせをしているサーヴァントや職員たちでごった返していた。
森の奥に鎮座する神社へと続く参道の入り口――を模した景色の中、巨大な朱色の鳥居の下で落ち合う男女やはしゃぐ同性のグループを見る。そのまま視線を横にずらせば――『IO』が『そこで待つ』と言っていた――『忠犬』の秋田犬を模した像が立っていた。半信半疑のまま、像に近づく。その物陰に、誰かが立っているのを見る。

――IO?」

声を掛けてみると、人影に反応があった。ゆるり、と犬の像の物陰から、すらりとした立ち姿が現れ――

――ん?」
……んんん!?」

「んんんんんんん!?」と互いに顔を見合わせて困惑する。
「え? ええ?」とタケルが目の前に現れたそのあまりにも見慣れた顔と、己の手に握りしめたメモ書きを交互に見る。相手はといえば、やはり同様にひどく困惑した様子で、目の前のタケルの顔と周囲とをきょろきょろと何度も見比べていた。

「え? あの――IIOイオ――リ?」
「セイバー? なぜこんなところにいる? ――『本命』を誘ったのではなかったのか」

探るような瞳で周囲を見渡していた伊織は一旦目の前のタケルに集中することにしたのか、途端に呆れたような顔をしてタケルを見た。もしない『本命』を待たせていることを言外に責められた挙句、「一体なぜこんなところで油を売っているのだ」とでも言いたげなその顔に、混乱も忘れてタケルがかっと激昂する。

「ああそうだとも、私はここで今夜会うと約束した『本命』と待ち合わせをしているのだ。ここで、この場所で、だ。――きみこそ、こんなところで一体何をしている? まさか、この私以外に一緒に祭りに行く相手のあてなどきみにはないだろう?」

自分で言って、タケルの胸がじくりと痛む。――「いる」などと言われてみろ。この私とは一緒に祭りに出掛ける発想すらなかったくせに、他の誰かとは待ち合わせまでして祭りに行くつもりがあっただなどと。――ここで、誰かと待ち合わせしているだなどと――

「ああ」とこともなげに伊織が軽く肩を竦めた。それから、思い出したように伊織が周囲を見渡す。暗くなり始めた夕焼けの柔らかな黄昏色の光の中で、伊織の切れ長の眦に柔らかな笑みが浮かぶ。

「俺も、待ち合わせを――しているのだ。ここに――『友人』が、来る予定で――

――反射的に、タケルは伊織の手首を取っていた。

何も言わず、何も聞かず、伊織の手首を引いてずんずんと、鳥居を越えて大股に参道の中へと入っていく。乱暴なまでの力に咄嗟に抵抗もしきれずにいた伊織が、手を引かれるまま慌てて後を追いかけながら「セイバー? セイバー?」と何度も名を呼ぶ。――その一切を無視して、どんどんと人混みの中を進んでいく。

『IO』との待ち合わせのことは、すっかり逆上してしまったタケルの頭の中からきれいさっぱり消え失せてしまっていた。あるいはわずかに残された冷静な部分で少しは覚えていたのかもしれなかったが、彼の腕も足も彼の言うことを聞かなくなっていた。
やがて参道を半分あたりまできた時点でようやくタケルが足を止めた。伊織の手首を振り払うようにして解放する。それでようやく自分も足を止めた伊織が、赤く指の痕がつくほどにタケルに握り込まれていた手首をもう片方の手でさすった。困惑したような、心配したような瞳でタケルを見下ろしていた。

「セイバー? ――『本命』との約束は――
「きみだよ」

端的な言葉に、ん、と伊織が小首を傾げる。端正な顔に不釣り合いなほど幼いその仕草に、タケルが同じ言葉を繰り返した。

「きみだ。――私の『本命』はきみだ。……ずっとずっと、私はきみにそう伝え続けているつもりだった。私はずっと、言葉で、あるいは仕草で、あるいは贈り物をすることで、きみに私の気持ちを伝え続けているつもりだった。――だが、つもりになっていただけだった。結局、きみには伝わらない。きみは、受け取ってくれない」

呆然とした、言葉の意味を理解しているのかいないのか、ぽかんとした顔で伊織がタケルを見ている。――ひどく、伊織らしくない顔だと思った。その、きょとんとした月夜の双眸を見据えて、タケルは言った。

ある人に言われたのだ。――伝わらないのならば、伝わるまで伝え続けるしかないのだと。どんな朴念仁でも勘違いの余地などないほどに、すべてを言葉にして」

先程までは乱暴に掴んでいた伊織の手を改めて取る。その大きな手を、そっと両の手で包み込む。祈るように額につけ、それから顔を上げた。―― 一語一句、噛んで含めるように、誤解の余地などないほどに

「私は、きみが好きだ。――私が好きなのはきみだ、イオリ。私はきみが兄として好きで、友人として好きで、そして――恋をするように、きみが好きだ。きっと、少なくとも今ここにいる、この私という霊基は――

――そしてあるいは、あの江戸の日々、あそこにいた私という霊基は。あるいは、遥かなる座に刻まれている、私という英霊は。

「きみに恋をするようにできている。きみとこそ恋をするようにできている。きみ以外に恋ができないようにできている。きみだ。きみだよ、イオリ。きみ以外いらない。きみ以外に意味がない。トウミツのダンゴもきみが口にしないのならば意味がない。色鮮やかな揃いのユカタもきみが着ないのならば意味がない。今宵、この夜空に満開に輝くのだろう花火も――

タケルが夜空を見上げる。伊織もつられて空を見上げる。それから、目線を戻す。――伊織だけを見つめているタケルと、目が合う。

――きみと見られないのならば意味がない。きみが、『美味しい』と言ってくれなければ意味がない。きみが、『嬉しい』と言ってくれなければ意味がない。きみが、『綺麗だ』と言ってくれなければ意味がない。それを聞けないのならなにも意味などない。それを私がきみの隣で聞けないのなら、この私の生命に意味などなにもない。――好きだよ、イオリ。きみが好きだ。きみが理解ってくれるまで、何度だって繰り返そう。この言の葉の意味を」
……セイバー」
「きみが好き。きみが欲しい。きみ以外いらない。きみを喜ばせたい。きみに恋をしている。きみを愛している。――他にどんな言の葉がある? 外つ国の言葉ででも言うよ。それで私の想いがきみに伝わるのなら」
「セイ――セイバー」

タケルが伊織を見る。長い前髪に隠れていた夜空の色をした瞳が、伊織が頭を揺らした拍子にちらりと垣間見える。――あるいは、その眦に、ほんのわずかに――本当に、ほんの少しだけ――赤みが差しているように見えたのは、もしかしたら、薄闇の中うっすらと夕焼けの燃え残りに染まった世界が見せる錯覚なのかもしれなかった。

……さすがに、わかるよ。それだけ連呼されれば――それだけはっきり言われれば、さすがの俺にでも、わかる。――わかっ――

伊織が口を噤む。タケルの両手の内側で、大きな手がわずかに震えているようだった。

「このあいだ――おまえが、俺に口付けたのは――

ん、とタケルが伊織の顔を覗き込むように首をわずかに傾げる。俯いた伊織の表情を見ることは叶わなかった。

「あれは――おまえは場所を間違えていなかった、と――いうこと、だな……?」
……理解が早くて助かるよ、イオリ」

パァーー……ン、と頭上で花火が上がったようだった。伊織が咄嗟に顔を上げる。花火の光を反射して、その唇に艶やかな色が乗っているのをタケルが見る。空を見上げたままの伊織の肩に手を掛けて、タケルが背伸びをする。己の肩にかかった体重に気付いた伊織が視線をタケルに戻す。――その顔を見て、意図を察したようだった。あ、と戸惑うような顔をした伊織の頬が赤いように見えたのは、あるいは花火の照り返しをタケルが勘違いしただけかもしれなかった。

「イオリ。――かがんで」
「だが――でも、かがんだら、おまえは俺に口付けるのだろう」
「うん」

躊躇うように逸らされた視線と共に、伊織が長い睫毛を伏せる。それがわずかに震えているようだった。すっと通った高い鼻梁の横顔に、「イオリは嫌か?」とタケルが問う。タケルの顔を見ないまま、伊織がぽそりと答えた。

「嫌――ではないような気がする――のだが……
「うん」
……怖い。――怖い、ような気がする。なにか――得体の知れない大きな波のようなものに、呑み込まれそうで――
人の恋慕とはこういうものなのだ、イオリ。今までのらりくらりと避けてきたツケが回ったな。真正面からまともに受けて今更驚いている。今更、私のきみへと向かう感情の大きさに慄いている。……目を逸らさないで、イオリ。全部、伝わって」
「だがセイバー、死んでしまう。――こんなものをすべて受け取ったら、俺は破裂して死んでしまうよ……
「ああよかった。――ようやく伝わったようだ……

くい、と伊織の着物の合わせ目のあたりに軽く手を引っ掛けて引き寄せる。抵抗しそびれて身をかがめた伊織の艶やかな冷たい唇に、タケルが己の唇を重ねる。角度を変えて何度か重ねたが伊織の抵抗はなく、ただただ戸惑っているばかりのようだった。
タケルが身を離して伊織を解放すると、伊織がふらりと身を起こした。しっとりと濡れた唇を拭うこともせず、呆然とした瞳でタケルを見下ろしていた。

「イオリ。――花火。せっかく一緒に来たのだ。見て」
「ん……

生返事とともに伊織が夜空を見上げる。タケルも頭上を見上げた。からからと、あっけらかんとした口調で言った。

「私はな、イオリ。『恋人』と一緒に今宵の花火が見られたらよいなと思っていたのだ。――そして、『』とも、『友人』とも」
……我儘……
「きみは私の我儘が嫌いではないだろう、イオリ」

タケルが伊織の左手に手を伸ばす。――ふたりで手を繋いで、夜空に咲く満天の花火を見上げていた。






十二、

タケルと花火を見上げながら、あまり働いていない頭の片隅でそれでも伊織は『SB402』のことを考えていた。――待ち合わせの場所からは遠く離れてしまっていた。もし、今頃あの秋田犬の像の前で、『SB402』がひとり途方に暮れていたら――

花火が落ち着いたら一度あの像のところまで戻ろうか、と考えたところで、「イオリ」とタケルに名を呼ばれる。ぴくり、とやや緊張を覚えながらも、「うん」と平静を装って答える。
花火のちらちらと光る明かりの下で、差し出されたものがある。――小さな、根付のようだった。翡翠色に輝く剣と水柱のような意匠。

「これもある人の助言でな。――私ときみとで、互いの宝具を意匠とした根付を持ってはどうかと。なかなか洒落っ気のある提案だと思ってな、こうして用意してみたのだ。……どうだ、イオリ。きみは私の剣のことは好きだろう? ――どきどきするか?」



――かちり、と伊織の脳裏で、なにかが初めて噛み合った音がした。



『どきどきしてくれるかな』

――これをな、花火大会の夜に、彼に渡そうと思う』



――あ」

ぽろり、と伊織の口から呟きがまろび出る。「あ?」とタケルが不思議そうな顔をして伊織を見上げた。小さな「あ」を象った口のかたちのまま、伊織がタケルを見下ろす。――それから、「……あ」と改めて零した。

「『あ』? ――どうしたのだ、イオリ」
「え? あ、いや――



――因果応報、身から出た錆。



少しくらい思い知ればいいのでは? 名も知らぬどこかの朴念仁さん。』



「ああああ~~~……

唐突に理解の及んだ諸々に、思わずその場に座り込んだ伊織と。――すべてを理解した伊織から、すべてを説明されたタケルが満天の花火の下で鳥居に頭をガンガン打ち付けるまで、あと五分。









『IO』について・了