mishiadd
2025-07-03 22:51:03
33968文字
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『IO』について

【FGO軸】最近カルデアで流行りのAIチャット(人力)『IO』に恋の相談をする匿名ヤマトタケルさんのすれ違いラブコメ。『IO』の中の人の宮本伊織さんは自分さえ絡まなければめちゃくちゃ人の心の機微に敏感なので「なんでそれで伝わらないんだろうな?」って話を聞いてて首を傾げるんだけど伝わってないのはおまえおまえおまえ案件(いつもの)【剣伊】

一、

タケルがそれを最初に見掛けたのはカルデアの福利厚生としていくつか運営されているSNSのうちのひとつのタイムライン上だったように記憶している。

「わざわざSNSに書きこんでフォロワーに聞かせるまでもない些細過ぎるぼやきを気軽に訊いてもらえる傾聴型AIサービス」――という触れ込みだった。BBを筆頭に高度に発達したAIがいる横でそういった前時代的なAIの使い方をするのはどうなのかという――倫理観というよりは、当事者であるAIたちりんじんが見ている横でそういうことをする気まずさ、という――問題に関しては、当のBBの「『前時代的』? 今も昔も私たちが誕生してからの有史以来、私たちに求められてきたことが変化したことなど一度たりともありませんけどぉ?」という挑発的な含みのある一言によって一笑に付されてしまった。

タケルがそのAIサービスに触れたのは、恐らくはブームも下火になりかけていた頃だった。
かつてはアクセスが集中してサーバーがしょっちゅう落ちていたらしかったが、今ではその話題自体がタイムラインにのぼることもめっきり少なくなっていた。そんなものに触れてみようなどと急に思い至ったのも、もしかしたらその直前にあった出来事の後遺症で、彼が半ば自棄を起こした上でのことだったのかもしれなかった。

ウェブサイトにアクセスし、至極簡単な手続きを経てアカウントを作成する。トップページに掲載されたロゴは『IO』と読めた。初見ではアラビア数字の1イチ0ゼロに見え、二進法になぞらえた名称かとも思ったが、その下に小さく記載された読み仮名でそうではないことを知る。『イオ』と読むらしい。であれば、これはアルファベットのIアイOオーなのだろう。同じく母音で構成された『AI』という言葉のもじりであるかとも思う。

『チャットを開始する』というボタンを押下するとメッセージサービスのチャット画面のようなものが現れた。「IOに話しかけてあげてください」という説明書きに促されるままに、「こんにちは」などと書きこんでみる。――すぐに返信があった。

『SB402さん、こんにちは。IOに話しかけてくれてありがとう。
IOはあなたの話し相手になれることを心から楽しみにしています。あなたがここでIOに話した内容は厳重に管理され、外部に漏れることは絶対にありません』

要するに個人情報保護について言及してくれているらしかった。
機械的な――AIサービスに触っておいて「機械的な」もなにもなかったが――言葉ではありながら、「あなたの話し相手になれることを心から楽しみにしています」という言葉に、タケルの心がほんの少しだけほぐれた。――特に、その直前に起こった人である筈の相手とのコミュニケーション・エラーを思い起こせばなおのこと。

あまり深く考えずに、タケルはテキストを打ち込んだ。

「気になる相手がいる」

会話の切り出し方としては稚拙だった。とはいえ、AI相手じゃなかったからといってタケルが別段会話の上手かった試しはない。
一方、相談相手としての機能に特化した傾聴型AIは、ユーザーのこんな一言からもきちんと会話を広げてくれるようだった。

『気になる相手がいるのですか?
それは一体どんな人ですか? その人の話をぜひ聞かせてください』

単刀直入で素直な問いに、思わずタケルの頬が緩む。――「どんな人」、か。
そういえば、今まで誰にもこの話をしたことはなかったな、と今更になって思う。タケルにとって唯一の話し相手といえばもっぱら当のその人で、そして本人相手にその人についての愚痴をこぼすわけには当然いかなかったので。――特に、このような内容の愚痴は。

「一言で言うと、恐ろしく鈍感なのだ。思わせぶりな物言いというのは何ひとつ通じないし、直接『好きだ』と言ってみても通じない。
そのくせすぐにふらふらと誰にでも愛想よくして、横で私が悋気を起こしていることもろくにわからないのだ」

自分が「悋気を起こしている」――ことを、自分で文字にしてみて今更ながら初めて自覚する。そういえば、『IO』は他のSNSと同じくカルデアの福利厚生の一環だという話だった。「AIに話を聞いてもらう」――ということはもしかしたら、そうする過程で「自分で自分の感情を認める」ことにこそ意味があるのかもしれない、などとタケルは思う。

ややあってから、IOから返信があった。

『SB402さんはとても手強い相手に恋をしているのですね。気持ちが伝わらないのはやきもきしてしまいますね』
「そうなのだ、わかってくれるか」

思わず前のめりになりながら返信し、とはいえふと思う。――IOはプログラムされた通りの返信をしているだけだ。実際にタケルに共感してくれているわけではない。
一方でこうも思う。――やはり一般的に見ても、あの男は手強い相手なのだ。無限の統計と集合知から組み立てられたAIがこのように返してくるということは。

「ついさっきも酷かった。――先着三十名限定の特製ダンゴ、というものがあってな」

希少な糖蜜を使ったみたらし団子三十皿が、食堂にて先着三十名限定で配られたのだった。

甘党のサーヴァントや職員がいそいそと並ぶ中、タケルも――「徹夜組」とのそしりを受けないギリギリの早朝から――真面目に並び、おひとり様一皿限定の中、しっかりと一皿を確保したのだ。
気疲れで眠い目を擦りながら、皿を受け取ったその足で長屋まで行き――とまで書きかけて、慌ててバックスペースを押して削除する。「その人の自室に行き」と書き換えた。
個人情報漏洩の心配はないとはわかっていても、まだその人のことをそうと特定できる文章を書くことにはタケル当人に照れがあった。

――ダンゴを持っていったのだ。そして、『特別なダンゴなのだぞ』と言ってその人に手渡したのだ。そしたら相手はなんて言ったと思う?」
……

先を促すようにIOが傾聴を示す三点リーダーを送ってくる。満を持してタケルはテキストを送信した。

「『要らん』と言うのだ。――酷い。あまりにも酷い言い草ではないか!? 思い出しただけで腹が立ってきた」
『なぜ、その人はそのように言ったのですか?』
「知らぬ。私が『私がこのために一体何時間かけて並んだと思っているのだ!?』と言っても、『要らん』の一点張りだ。
『貴重なトウミツとかいうものなのだぞ。次にいつ入荷されるのかわからぬのだぞ』といくら言っても聞く耳も持たず、けろりとして『熱い緑茶を淹れてやろう』などと言っている。――今は緑茶はどうでもいいのだ! ダンゴを食え! なぜ食わぬのだ!」
『それは酷いですね』

IOの返信に、呆れのようなものを感じる。はた、と画面を見る。IOが更に返信を送ってきた。

『せっかくあなたがその人のためだけに長い時間をかけて列に並んで手に入れてきた団子なのに』
「そうであろう? ――そうであろう! こんなひどい仕打ちがあるものか! ただ受け取って食ってくれればいいだけなのに、なぜたったそれだけのことをしてくれぬのだ。
別に礼すら言われたいわけではない――ただ私が、彼のためにこれだけのことをやったのだということを認めてくれれば――ただそれだけでよかったのに」
『それだけのことを愛するきみのためにやったのだということを――ですね』
「そうだ。――IOきみにわかることが、なぜあの男にはわからぬのだ」

一通り発散したあと、ふう、とタケルの肩から力が抜ける。それから、ゆったりと落ち着いた速度でぽちぽちとタイピングした。

「聞いてくれてありがとう、だ。きみのおかげでイライラしていたのが随分すっきりした気がする」
『それはよかったです。またいつでも話しかけにきてください』
「うむ。また近いうちに来る気がする。――それではな、IO」

ぽちり、とブラウザを閉じる。――はあ、とノートPCを閉じる。

喧嘩別れのように長屋から逃げ出してきてしまっていたのだった。食堂の片隅に陣取って、今まで意識の俎上にのぼることもなかったAIなどと会話してみている。――が、実際そう悪くもないかもしれない。
『IO』と話して随分頭の冷えた今――もう一度あの男と話し合ってもいいかもしれない、と思い――席を立った。






二、

「人手が足りないのだ」といって頼み込まれた仕事だった。

傾聴型AIサービス『IO』――の存在について伊織が最初に知ったのは、SNS上の投稿でもなんでもなく、それを運営している職員からの懇願だった。

「アクセスが集中してサーバーが落ちてる。どう見積もっても過負荷オーバーロードなんだ」
――だから、人力でやると?」
「サーバーからあぶれた分だけだよ」

現状のシステムでは対応しきれないから、臨時の対処法として人を雇ってAIのふりをさせる――というひどく杜撰な案であった。
「それは倫理に悖るのではないか」という何度かの押し問答があった後、「相談相手がいない方がもっと困るだろう」というまだ見ぬユーザーを人質にとったような酷い言い草相手に押し負けてしまった――あるいはこれ以上の口論が面倒になってしまった――伊織が、しぶしぶと頷いたのだった。

「しかし、なぜ俺なのだ」と人力AIのチャット画面の操作方法を伝授されながらぽつりと伊織が訊いてみる。至極当たり前の顔をして返された。

「だって、君なら秘密を口外したりしないだろ?」

あなたがここでIOに話した内容は厳重に管理され外部に漏れることは絶対にありません――なぜなら、その秘密を聞くのは宮本伊織でありますため。

それは確かにそうなのだが、そういうことではないような、と思いつつ、ただ黙って伊織は頭を掻いた。







最近ではサービス自体も下火になり、新規ユーザーがやってくることもめっきりなくなった。普段は最盛期に比べれば大幅に縮小したサーバーで回しきれる程度の負荷しかかかっていない。だから、この新しい登録者――『SB402』を伊織が人力で担当することになったのは、瞬間的なサーバー負荷が重なったことによる単なる偶然だった。

『SB402』の悩みはもっぱら恋の悩みであるようで、「苦労して手に入れた贈り物を想い人が受け取ってくれなかった」――という哀しい内容だった。伊織はただ単に相手の話を聞いているだけだが、それでも充分同情に値する内容だった。

そう、傍から聞いているだけの伊織には火を見るより明らかな――こんなにもあからさまな、ろくに隠す気もないような『SB402』の愛情を、なぜ彼の想い人は見抜くことができないのだろうか。――などと思う。



――岡目八目。



ブラウザを閉じながら、伊織が炊事場に目を遣る。――やけに嬉しそうな顔をしたタケルが、朝早くに息せき切って持ってきたものだった。

「とても貴重なものなのだ!」と自慢げに胸を張っているので、「ではそれに合わせるための熱い緑茶を淹れてやろう」と言った。「早く食え」と言うので、「俺は要らないよ」と言った。――そんなにも楽しみに、長蛇の列に並んでまでやっとのことで手に入れた団子なのだ。伊織のことなど気にせずに、タケルが好きなだけ思う存分食べればいい、と素直にそう思った。

――そうしたら、何やら喚き散らして真っ赤な顔で出ていってしまったのだ。後には彼の置いていった団子の皿だけ残った。――だから、タケルがまた戻ってきたときに食べられるように、ああして炊事場にとっておいてある。

――長屋の引き戸の前に、誰かが立っている気配がする。

PCの前から立ち上がりながら――緑茶を淹れるための湯を沸かし直そう、と伊織は思った。