mishiadd
2025-07-03 22:51:03
33968文字
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『IO』について

【FGO軸】最近カルデアで流行りのAIチャット(人力)『IO』に恋の相談をする匿名ヤマトタケルさんのすれ違いラブコメ。『IO』の中の人の宮本伊織さんは自分さえ絡まなければめちゃくちゃ人の心の機微に敏感なので「なんでそれで伝わらないんだろうな?」って話を聞いてて首を傾げるんだけど伝わってないのはおまえおまえおまえ案件(いつもの)【剣伊】


七、

傾聴型AI『IO』の悪魔の囁き――が、タケルの頭の片隅にこびりついたまま、いくら振り払おうとしても離れない。

タケルだって男である。――というか、今でこそこんななりをしているが享年は三十路近かったし、だからといってそれが何を証明するというわけでもないがとにかく見た目通りの子供でもウブでもない。惚れた腫れたの恋愛経験だって――こればかりは絶対に断言できる――宮本伊織よりは絶対に豊富にある。

むしろ、だからこそなのである。「ここまで言えばわかるだろう」という、一般的なコミュニケーションの鉄則やタケル自身の経験則から身に着けた常識的な感覚――に基づいて伊織に接し、無意識のうちに伊織に対してもそれに則ったそれ相応の反応を期待してしまう。
一方で、生前の、この姿をしていた以降に体験した出来事――については、これもまたサーヴァントのさがというもので、自分の経験である筈なのに自分の経験でないような、誰かの履歴書やデータベースをただ閲覧しているかのような他人事のような感覚――であるというのも事実で、ということはつまり、今のタケルの状態を最も的確に表すならば、



――耳年増。



つまり、いざというときどうすればいいのか知識として知ってはいるのだが実感としては伴っておらず、想定外の反応をされた際の対処法などもまったく応用が利かない。見た目通り、年相応にあわあわと狼狽えるばかりである。

おまけに見た目に引っ張られて精神年齢まで十代のそれにまで若返っているので――言ってみるならば、好きな子に積極的にちょっかいを出してからかうくせにいざとなったら途端に何も言えなくなる、絶賛反抗期中の跳ねっ返りの男子中学生のようなものだ。



――耳年増の、男子中学生。



「IOめ。……簡単に言ってくれる」

IOに悪気はないことはわかっている。――むしろ、彼の――AIを『彼』と呼ぶべきなのかは別として――彼にとっては顔も知らない筈の、伊織に対する怒りと苛立ちのようなものを、ひしひしと感じ取れた。それもひとえに彼が相談者であるタケルの心情を慮ってくれているからだ。――が、自分のこの有様を見てほしい。

「セイバー、悪いが背中に少し蝦蟇の油を塗ってくれないか」

畳に座した伊織が、するりと紺色の襦袢を肩から滑らせて腰へと落とす。途端に白い背中の腰のくびれまでが露わになったのを、ひゅっとタケルが小さく息を吸って目を逸らす。
白い肩越しにタケルを振り返った伊織が、口許に穏やかな笑みを浮かべて言った。

「先程の戦闘で少し傷を受けてしまったようだ。腹と胸は自分で塗れたのだが、右の肩甲骨にも傷があるようで――
「あ、ああ」

伊織から小瓶を受け取ったタケルが、目を左右に泳がせながら軟膏を指先に取る。ちら、と伊織の肩を見れば、確かに小さな切り傷が出来ているようだった。日焼けしていない白い滑らかな肌にすっと刀で撫でたような真紅の傷がついているのが目に毒で、目線を下へと落とす。腰のあたりにわだかまっていた紺色の襦袢の、布が折り重なっている中へと続いている細い腰が目に入る。白い肌にくっきりと浮かんで伸びやかにしなる脊椎が、なだらかにくびれている腰へと繋がっているのを見る。

頬が熱くなるのを感じる。傷口に当てようとして触れられないでいる指先の軟膏が、ほてった熱で溶けかかっている。慌てて視線を上げた先で、普段はきっちりと締まった襟に隠れている、白いうなじが目に入る。――無造作に結わえた髷から零れ落ちた細いおくれ毛が、少しだけ俯いて頸椎の浮いた白いうなじにかかっているのを見る。

ぱ、と慌てて天井の梁を見上げた。その拍子に溶けた軟膏がぽたりと指先から垂れ落ちてしまったようだった。それが伊織の背中の腰のあたりに落ちたのか、「ン、」と小さく伊織が声を零した。その声がまた耳に毒で、タケルが今度は首がもげそうな勢いで俯く。耳まで赤くなったのをどうしていいかわからず、ただ自分の膝の上でひたすらに視線を泳がせた。

……セイバー? 傷が見当たらないのか?」
……ァ、ィャ」

小さな小さな声でぶつぶつと答えたタケルを伊織がまた白い肩越しに振り返る。すうっと下向きに生え揃った長い睫毛の合間から流し目をくれると、腰を捻ってタケルの右手を取った。ぽたり、ぽたりと溶けた軟膏の垂れ落ちる人差し指の手首を捉えて導き、そろそろと自分の肩の上を沿わせた。ぬるりとした軟膏越しに、伊織のぬるいような体温の、しっとりと吸い付くようになめらかな肌の質感がタケルの指の腹に触れる。

――ここ。ここだよ、セイバー」

タケルの指先が伊織の傷に触れる。ちりりとした痛みがあったのか、伊織の端正な横顔の、その眉根にぴくりとかすかに皺が寄る。わずかに身動ぎした拍子に栗色の重く長い前髪が揺れた。再び長い睫毛を伏せるようにしながら、凛と涼しげな切れ長の目の端で、ほんの少しだけ照れたような笑みを浮かべながら伊織の月夜の色をした瞳がタケルを見た。

「ン、痛い。――なるべく優しくしてくれ。……な?」



――今この瞬間、IOが隣で私の手を握ってくれていればいいのに。



油断している伊織を逆手にとってその懐に飛び込むだなど夢のまた夢だ。――今のタケルは、無警戒で無防備ゆえに自分に対して一切の配慮をしてくれないこの目の前の無慈悲な想い人の一挙手一投足を必死に受け流しながら心頭滅却に努めることで精一杯だ。伊織のせいで金縛りにあったようなこの体では、指一本すらろくに動かせやしない。

ろくにきちんと塗れたのかどうかもわからないままタケルが不器用に指を動かしたのを背中に感じたのか、「もういいよ」と柔らかな声で言って伊織が落としていた襦袢を羽織る。ゆるく前を合わせてタケルに向き直ると、傍にあった懐紙でタケルの指先に残っていた軟膏を拭き取った。――そのためにわずかに身を屈めた伊織の合わせ目がさらに緩み、その奥の白い胸元が覗いている。

ぐぎぎ、と軋む音が鳴りそうな程に硬い動きでタケルが首を横に捻る。いつの間にかびっしょりと汗をかいてしまっていたらしいタケルの手のひらを伊織が不思議そうな顔をしながら丁寧に懐紙で拭いているのをよそに、なにもない障子を穴が空くほど熱心に見つめていた。

一通り拭き取って満足したのか、襦袢一枚の姿のまま伊織が立ち上がる。炊事場まで茶を取りに行ってくれるようだった。それでようやくタケルの体の緊張が解ける。――ふう、とずるずると全身が弛緩していくのを感じながら、そのまま畳の上に大の字になって寝転がった。

「私は……この体たらくだ、IO……。きみの期待には到底応えられそうにない……

「許せ」と呟いた独り言が戻ってきた伊織の耳に届いたようで、「どうした?」と声を掛けてくる。とん、と仰臥するタケルの顔の横に湯呑を置き、自分はその対面あたりに胡坐をかいて座り、自分の湯呑に口をつけた。

「なんでもない」と言いかけたあと、天井の梁を眺めたまま、タケルが言った。

……友人と、少しな。私のことを想ってあれこれと助言してくれたのだが、私が不甲斐ないばかりに実行できそうにないのだ」
「ほう、『友人』」

伊織が嬉しそうに目を細めたのが視界の端に見える。どうせまた、「おまえに俺以外の人付き合いがあるのはいいことだ」とでも兄貴面をして思っているのだろう。少しくらい悋気を起こしてくれてもいいじゃないか、とまたぞろ不健康な八つ当たりにも似た苛立ちを覚えながらタケルが身を起こすと、「そういえば」と大きな手で湯呑を持ったまま伊織が言った。

「俺にも最近、『友人』――のようなものができてな。詳しくは言えんのだが、なんだか可愛げのある相手なのだ」
……へえ」

己の声がひどく低く響いたのをタケルは自覚する。悋気を起こしてくれればいい――と願った矢先に、悋気を起こさせられているのは自分であることを自覚する。伊織はと言えば、タケルの目が剣呑に眇められていることにも気づかずに、「互いの友人の話をするのもまたよい」とでも思ったのか、穏やかな顔で話し続けている。

「随分難しい恋に身をやつしているようなのだ。――結局のところ、俺などには色恋沙汰についてなにか気の利いたことを言えるような甲斐性はない。だから――もっぱら話を聞いてやってはどこかで聞きかじったようなそれらしいことを言ってやるくらいしかできんのだが、それにしても難しい相手のようでな」
……へえ、『恋』」

そう繰り返した己の声に意地の悪い色が滲むのをタケルは自覚する。――恋愛相談をするふりをして本当に粉を掛けられているのは伊織の方なのではないか、などと邪推する。よくいるではないか、そういう手合いが。『相談』をダシにして相手との距離を詰めようとする小賢しい手合い――

苦々しさを噛みしめながら、ふん、とタケルが揶揄するように言った。

「きみはてっきり色恋沙汰が苦手か嫌いなのだと思っていたぞ。……きみ、好意を持たれた媛に迫られたとき、面倒になってはぐらかすことがあるだろう」

「ん?」と伊織がきょとんとした顔をしたのは、はたして記憶が欠落しているからなのか、自覚がないからなのか。――それから、ぽり、と頬を掻いて伊織が言った。

「俺自身には甲斐性がないだけだ。――色恋沙汰自体は、好きでも嫌いでもないよ。……妹のそういう話は、嬉しかったような気がするし……

すう、と夢見るように重いくっきりとした二重瞼を細めて、どこか遠くを見るような顔をする。――やがて思い出すことを諦めたのか、ゆるゆると頭を左右に振って伊織がタケルを見た。

「なんにせよ、その恋が実ればいいと思っているよ」
――へえ」

それは羨ましいな、とタケルは思った。――名も知らぬどこぞの誰かは、きみに恋の成就を願われていて。



――きみの目の前にいるこの私は、きみが気付いてもくれない絶望的な恋をしている。



タケルが畳の上に手をつく。物思いに耽ったまま穏やかな笑みを浮かべている伊織ににじり寄る。伊織は、気付かない。――タケルの瞳に宿る昏い熱にも、その胸を焦がすどす黒い想いにも。――伊織は、警戒しない
タケルが伊織の膝の上に手をついてようやく、物思いから醒めた伊織がタケルを見た。「セイバー?」と不思議そうな月夜の瞳が揺れる。――なにも告げずに、タケルが上半身で伸びあがるようにして伊織の顔に自分の顔を近付ける。

――そっと、伊織の唇に、己の唇を触れさせた。

どこか冷たいような、しっとりと濡れて柔らかいような、そんな感触だけがタケルの唇の先に残る。唇を離して、伊織の顔を見た。きょとんとした、やっぱり不思議そうな顔をしたままの伊織が、ぼんやりとタケルを見つめ返していた。――それから、柔らかく微笑んで言った。

「なんだ、する場所を間違えたのか? ――おやすみ、セイバー。もう寝るんだな?」

タケルの前髪を片手で掻き上げて、露わになった白い額に伊織が唇を落とす。「フ、」とタケルの喉からどこか湿ったような自嘲的な笑い声が漏れたが、伊織の耳には届いていなかった。