mishiadd
2025-07-03 22:51:03
33968文字
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『IO』について

【FGO軸】最近カルデアで流行りのAIチャット(人力)『IO』に恋の相談をする匿名ヤマトタケルさんのすれ違いラブコメ。『IO』の中の人の宮本伊織さんは自分さえ絡まなければめちゃくちゃ人の心の機微に敏感なので「なんでそれで伝わらないんだろうな?」って話を聞いてて首を傾げるんだけど伝わってないのはおまえおまえおまえ案件(いつもの)【剣伊】


四、

大声で喚き散らしながら長屋を出ていったかと思えば、半刻も経たぬうちに再び大股歩きでタケルが伊織のところへ戻ってきたのだった。
引き戸を開けて出迎えてやれば、なにやら重大な決心でもしたかのような思い詰めた顔で立っている。「んん」と無言の剣幕にやや気圧されながらも伊織が中へと促すと、タケルが勝手に畳の上へと上がり込んで正座した。

「イオリ。私と、買い物に行こう」

伊織が畳の上に戻る前にタケルが言う。有無を言わさぬ物言いに伊織が一度黙り、それから「ふう」と口許に苦笑を浮かべて言った。

「セイバー。さっきも言ったが、残念だが今は懐が寂しくてな。――おまえの一着くらいならばなんとか買ってやれるだろうが、俺の分を買う金はないよ」
「ならばよい。私が私の銭で買う」
「だから、おまえがそんな気を回す必要は」
「私がそうしたいのだ。――私が、きみに買ってやりたいのだ」

真剣な物言いに、更に適当にあしらおうとした伊織が「おや」と片眉を上げてタケルを見る。いまだ土間に立ったままでいる伊織を、黄昏色の真摯な瞳が見上げていた。

「浴衣は――きっときみに似合うから――。きみに、私が選んだ衣装を着て欲しくて――

正座した膝の上に置かれたタケルの両手が、ぐ、と握り込まれる。それからゆっくりと、一語一句を伊織に言い聞かせるように、タケルが言った。

「私にも、きみになにかを贈らせてほしいのだ。……いつだって、私はきみから貰ってばかりだったから」

伊織とタケルの目が合う。堪え切れぬように先に目を逸らしたのはタケルだった。きょと、と普段は勝気な双眸が、その手許に落とされる。

――ふと、伊織は思う。タケルが伊織から貰ってばかりだった――というものを、今の伊織は知らないけれど。――きっと、そんなことはなかったんじゃないかな、と、思う。

とはいえ、タケル自身がそう感じているということは事実で、そしてその頃の記憶が伊織にはない以上、それを否定する材料も特にない。――であるならば、今の伊織にしてやれることはきっと、「何かを贈りたい」という欲求を抱いているタケルの望みを聞いてやることくらいなのだろう。

それから、ふと思い至る。――もしかしたらこれは、なにかの予行練習なのかもしれない。
なにかと子供っぽい振る舞いの目立つタケルが、もしかしたら誰か気になる人でもいて――そして、その人に贈り物をするための練習をしたがっているのかもしれない。
それで、手始めに兄のような存在である伊織相手に、なにか贈り物をしてみよう、とでも考えたのかもしれない。――さながら、初給料で両親に贈り物をする新社会人のように。

「おまえも背伸びをしたい年頃、ということなのかもしれんな」

柔らかく目を細めた伊織の表情に、タケルがびくりと震える。――またぞろなにかろくでもないことを考えているのではないか、とでも言いたげに口許を歪めたが、そのタケルの表情は伊織にはろくに響いていないようだった。

「わかった。その申し出を受けるよ、セイバー。おまえがそこまで言うのなら」
「あ、ああ。……うん……。なんだろうな、喜ぶべきなのだろうが、なにか釈然とせぬな……

ぶつくさと呟きながら、タケルが立ち上がる。壁に掛けられた暦を指さし、「それでは、次の日曜日にな」と短く言った。







シミュレーター内で不定期に開催されるマルシェでは、緊張感溢れる日々の合間を縫ってサーヴァントや職員たちが趣味で制作したものが和やかに売買されていた。
手作りアクセサリーや衣装などを扱っているショップも豊富で、ミス・クレーンなどは出店側として常連だった。今日はフランスの小路を模したエリアに所狭しと店が並んでいる。

和装を取り扱う店が並んでいるのを一軒一軒覗きながら、タケルと伊織が連れ立って歩いていく。何軒目かで試着したタケルの浴衣はあっさりと決まったが――白を基調とした、男物とも女物ともつかない一着――伊織の一着については、自分の浴衣を選ぶよりも余程執着を見せたタケルが、なかなか首を縦に振らなかった。
次の店へと急ぐタケルの背中に、タケルの一式を入れた手提げ袋を片手に持った伊織が尋ねた。

「よかったのか? あんなに簡単に決めてしまって」
「簡単に決めてなどおらぬ。私は普段から自分の服装には気を配っているからな。――その分、見極めるべき点を熟知しているだけだ。その証拠に、なかなか値が張ったであろう?」
「ああ。おまえは本当に遠慮をしないな、セイバー」

呆れたように片方の口の端を引き攣らせながら、伊織が軽くなった銭入れを宙に放っては落ちてきたのを掴む。――背伸びをしたがるとはいってもこういうところではしっかりに全力で甘えにかかるのだから、やはりまだまだだなと苦笑する。

「おまえ、本命相手にはこんなことをするんじゃないぞ。機嫌を損ねて途中で帰られてしまっても――
「イオリ、見ろ! あれはなかなかではないか」

伊織の老婆心からのアドバイスはタケルの耳には届いていないようだった。どたどたと店先へと走っていってしまったタケルの背中に肩を竦め、伊織が後を追いかける。

「イオリ! この青みがかった色――きみの瞳の色に実に映えるではないか?」

店先に飾られていた浴衣に飛びついたタケルを見、それから浴衣に視線を移した伊織が苦笑して言った。

「今着ているこの着物と同じ色のように見えるが」
「ふむ。――ふむ? そうか。……ん、結局その色が一番きみに似合っているということか……

「しかし、かといってまた同じような色を~~」とタケルがひとりで地団駄を踏みながら悩んでいる。若い女性の店主が、「帯でアクセントをつけてはいかがですか」と言って何色かの男物の帯を見せると、「おお!」とそちらに飛びついた。タケルが帯を物色している横で伊織が件の浴衣の値札を見る。――想定していたよりも桁がふたつほど多かった。
「ん、」と伊織が息を呑む。「失敬」と店主に声を掛け、タケルの首根っこを掴んで道の真ん中へと引っ張っていった。店先に背を向けて、ひそひそとタケルに耳打ちする。

「おまえ、きちんと価格を見たのか?」
「うん? うん――
「いいや見ていない。おまえは絶対に値札を見ていない。……やめておけ、確かに価格に見合うだけの品なのだろうが」

声を出さずに伊織が口だけを動かした。「高い」と読めた。――フン、と鼻で嗤うようにタケルが意地悪く目を眇めた。

「そう情けなく狼狽えるな。言ったであろう、金を払うのは私であってきみではない。そもそも一国の皇子である私の財力をだな――
「おまえに財力があったのだとしても、俺のために支払う額としては高過ぎる。そんな無駄なことをするな」
――なに?」

タケルの眉間に皺が寄る。それを見ないまま、伊織が言った。

「そんなもったいないことをするな。――所詮は予行練習だろう、その財力は本命のためにとっておけ本命相手にならおまえが全財産を使ったって構わないから

タケルが絶句する。――それから、地響きのような掠れた低い声で言った。

「きみは一体さっきから何を言っているのだ?」
贈り物の練習をするのに財産を使い果たしてしまって一体どうするんだと言っているのだ。そもそも俺などに高価な浴衣など着付けてどうするのだ。――銭を持つなら持つで、使い道というものを考えろ。きちんと考えて金を使え」
――考えた結果が、これだが」

タケルの声が絶対零度まで冷え切っている。まるで氷の刃が真夏の空気を割くようであったが、伊織には通じていないようだった。

「その――『練習』? というのは、一体何の話だ? ――これが、『練習』、だと?」
「あ、ああ――誰か、贈り物をしたい相手がいるのだろう? ちょうどいい、俺の浴衣という話は一旦なしにして、このままその相手に渡すものをここで物色しよう。そうでもなければおまえはろくに考えもせずに手持ちの銭をすべて使い果たしてしまいそうだ――
「イオリ」

ん、と伊織がタケルを見る。――早朝のマルシェに、タケルの悲鳴のような怒号が響いた。






五、

――ということがあったのだ」と一通りのテキストを送信した直後、すぐにIOからの返信があった。

『それは本当に酷いですね』
「うむ……

酷い酷いとIOと一緒に騒ぐ気力すらろくに残っていなかった。はあ、とPCの前で重い溜息をついたあと、「一体何がいけなかったのだろうな」と呟くように打ち込んだ。

「きみの助言通り、『一言余計に』を心掛けたのだ。――私にしてはよくやった方だと思う。実際、買い物に連れ出すところまでは成功したからな。――まさか、『自分は練習台である』などという奇想天外な解釈をされるとは夢にも思わなかったが」
『ええ、本当に。一体どこからそんな着想を得たのでしょう』
「わからぬ。もしかしたらそう思わせる何かを私がしたのかもしれぬ。――私が気に掛けているのが自分である筈がない、などという固定観念を植え付ける何かを」

――かつての江戸の日々では、素直にそうと言えなくて、いつも他の何かのせいにした。儀を勝ち抜くためだから、善のためだから、カヤのためだから――決して、伊織のためではないのだと
出逢った当初はきっと本気でそう思っていて、途中からだんだんただの照れ隠しになって、最後はわかっていてもそう言うのが自分たちの間の様式美だと思い込んでいた。そんな軽口を叩き合う気楽な関係性が心地よかった。――そんなことをしているうちに、そんなことをしていたから、いざというときに「きみのためだ」と勇気を出して伝えてみても、彼は「はいはい」と軽く肩を竦めるだけになってしまった。――伊織は、タケルの言葉を素直には受け取ってくれなくなっていた。

今の伊織にはその頃の記憶はない筈だった。――それでも、その霊基のどこかしらにこびりついた記憶が、もしかしたら無意識のうちに彼をそのように仕向けているのかもしれなかった。



――身から出た錆。



伊織が朴念仁なのは間違いない。あの男がいろんな媛に酷い仕打ちをしていたのを、タケルはその目で見ている。――だが、タケルに対するこれだけは、もしかしたら全面的に伊織のせい、とも言い切れないのかもしれなかった。

……どうすればいいと思う」

ただ、心の底から答えを求めてIOに尋ねる。やや熟考するような間があったあと――AIも熟考するのだな、などと思う――返信があった。

『根気強く伝え続けるしかありません。もしお相手がなんらかの勘違いをしているのだとしたら、その勘違いを払拭できるまで、根気強く』
「聞いてくれるだろうか」
『わかりません。――でもきっと、そうすることしかできないのです。勘違いの余地などないほどに、すべてを言葉にして』

その愚直とも思える回答に、うん、とタケルは頷いた。

「そうだな。――ああ、そうだ。もうひとつ」
『なんでしょう』
「結局、浴衣は買いそびれてしまったのだ。――それでも何か、彼に贈り物がしたい。何がいいと思う?」
『そうですね……

ややあって、返信があった。

『根付、などはいいかもしれません』
「ネツケ?」
『以前にもお話した梅飾りのようなものです。お話を聞く限りお相手は普段から和装のようですから、揃いの根付などは嵩張りませんし、受け取る側としてもちょうどよいかと』

「ふむ」とタケルは頷いた。このAIはもしかしたら贈り物のコンサルタントAIとしても転用できるかもしれないな、などと思いつつ、「ありがとう」と返信する。

「それで話をしてみるよ。――ではまたな、IO」
『はい。またお話できるのを楽しみにしています、SB402さん』

――ブラウザを閉じる。







伊織がPCを閉じたところに、丁度来客があった。引き戸を開ければ、タケルが立っていた。

「セイ――
「イオリ。……今度また、マルシェに行こう。浴衣はきみが不要だというのならば無理強いしない。――代わりに、ネツケなどはどうだ」
「根付?」

おや、と伊織が小首を傾げる。ちょうど今そんな話をしたばかりだった。――自分が貰って困らない贈り物のうちのひとつであったから気軽に薦めたが、意図せず流行り物であったのかもしれない。

――であれば、偶然とはいえ『SB402』にも適切な助言ができたようでよかった――と内心で思いつつ、「ああ、そうしよう」と伊織は頷いた。