mishiadd
2025-07-03 22:51:03
33968文字
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『IO』について

【FGO軸】最近カルデアで流行りのAIチャット(人力)『IO』に恋の相談をする匿名ヤマトタケルさんのすれ違いラブコメ。『IO』の中の人の宮本伊織さんは自分さえ絡まなければめちゃくちゃ人の心の機微に敏感なので「なんでそれで伝わらないんだろうな?」って話を聞いてて首を傾げるんだけど伝わってないのはおまえおまえおまえ案件(いつもの)【剣伊】


十、

『IO』を運営している職員から連絡があったのだった。

日に日に利用者が減少し、サーバーも縮小を繰り返していたとのことだった。『SB402』を請け負って以降、伊織の方でも新規ユーザー対応案件が増えることはなかった。
そもそも、伊織を人力のバックアップとして運営が雇い入れたのも――サービス需要の縮小を見込んで圧縮したサーバーに瞬間的な過負荷がかかったのを観測してのことだった。

『『IO』のサービスを終了するよ。所謂『サ終』だ』
「『サ終』」

どこか物悲しい響きのある単語を口の中で転がして、伊織は持たされていたスマホで運営に返信を打った。

「その告知はいつ出すんだ?」
『今週末くらいかな。サ終自体は今月末』

伊織が壁に掛けた暦に目を遣る。『IO』のサービス終了まで、あと二週間あった。――それとは別に、伊織には身に覚えのない、誰かの手ででかでかと赤い丸のつけられた日付があることにも気付く。どうやらそれが、花火大会の日付だったようだった。いつの間にか、誰かが勝手に丸をつけていたらしい
ふう、と肩を竦めて小さな溜息を漏らして、伊織がスマホの画面へと意識を戻す。「承知した」と返信した。

『今までありがとうな。大変だっただろ』
「いや、なかなかよい経験をさせてもらった。――なんだか、こちらまで新しい友人を得たような気になってな」
『そりゃよかったよ』

サービス終了後の貸与PCやスマホの回収方法など事務連絡をした後、あっさりと職員との会話が終了する。スマホの画面から目線を上げ、伊織は再び壁に掛かっていた暦を見た。

――サービス終了、か。

サービスが終了してしまえば、『SB402』との接点は完全に失われる。連絡を取っているのは『IO』のシステムを通じてのことであったし、そもそも『SB402』はまさか自分が話している『IO』に『中の人』がいるなどと夢にも思っていない。
これだけの会話を重ねてきて、いつの間にか伊織も一丁前に『SB402』の友人であるような気になっていたようだった。友人として――ごく当たり前に、『SB402』の恋を応援している気になっていた。――今月末を迎えれば、『SB402』のその後の恋の行方を知ることもない。あの国宝級の朴念仁に振り回されてべそをかき、それでも諦めずに何度でも立ち向かっていく『SB402』の好ましい恋を、伊織が勇気づけてやることもできない。

ふむ、と伊織がスマホの画面を見下ろす。――そこに、ぴこん、と通知が光った。

あ、と思い――PCを立ち上げる。『SB402』からのメッセージだった。

「SB402さん、こんにち――
『もう無理だ』

短いテキストに伊織が目を瞠る。『SB402』らしからぬ様子に、「どうしましたか」とやや慌てて送信する。

『彼は私と花火大会には行かない。最初からそんなつもりではなかったそうだ』
――は、はあ!?」

らしくもない素っ頓狂な声を上げてしまい、ぱしん、と自分の口許を大きな右手で叩くように覆った。それから、「どういうことですか?」とテキストを送った。

『わからない。――正直もう、私にはわからないよ、IO。私は、彼を誘ったつもりでいたのだ。いや、誘わなかったのかな。誘ったのだと思い込んでいただけだったのかな。……だがもう、そんなことは全部どうでもよいのだ』
……

傾聴を示す三点リーダーを送信する。『SB402』の文章が続いた。

『彼は――私が、彼以外に好きな人がいるのだと思い込んでいるのだ。私が、彼以外の誰かに懸想していて、だから当然、花火大会には私はその人と行くものだろうと。……私にはもう、なにもわからないよ、IO。何を言っても、何を贈っても、彼には伝わらない――この私が、彼以外を好きになるわけなんてないのに。彼以外を好きになれるわけなんてないのに。そんなこと不可能なのに。そんなことができているのなら、とっくにこんなことにはなっていなかったのに』
「SB402さん」
『苦しい。――この恋は苦しいよ、IO。……もういっそ、彼に恋することをやめたい。――でも、できない。やめられない。この霊基はそうできている

何も、打ていえなかった。

『この霊基は彼に恋するようにできている。そのように座に刻まれている。――深い、深い、この左胸を貫く刀傷かたなきずのようなそれが、二度と元に戻ることはない。この地球ほしが、この宇宙が終焉を迎えるその瞬間まで、彼に不可逆的に変容させられてしまった私の在り方が変わることなど未来永劫あり得ない。――でも、彼だって変わらない。それが彼だから』

掛けるべき言葉を失った伊織は、為すすべもなくただPCの画面を見ていた。『苦しい』『苦しい』という短いテキストだけがぽつぽつと送られてくるPC画面の光が、伊織の白い頬に照り返していた。
――やがて、ぽちり、と伊織は短い言葉を打った。

「私と、花火大会に出掛けませんか」

六回目の『苦しい』のあと、間が生まれた。――やがて、ぴこん、と返信があった。

『きみと? ……どうやって。だってきみは、AI――
「実は、『IO』はサービス終了になるのです」

告知は今週末だと言っていた。――だからきっと、この発言は『IO』の中の人としての守秘義務に反している。

『SB402』は、その知らせにひどくショックを受けているようだった。なにも返信が送られてこない中で、伊織は言った。

「どうやって――というのは、実際に花火大会であなたとお会いできたときに、私から説明させてください。これはきっと、真摯な謝罪を必要とする内容です」
『IO。――IO、本気なのか? 私と、きみが――会う?』
「私はきっと、このためにたくさんの規約とたくさんの義務を破ります。……でも、構いません。運営には私から謝罪しておきます。私は、ただ――

ぽちり、と伊織はテキストの送信ボタンを押した。

「あなたに、直接会って話がしてみたくなりました。――私の、恋に悩める親愛なる友人に」

ちらり、と伊織が壁に掛かった暦を見る。――赤い丸のついた日付。花火大会の日。

もとより、誰かと行くあてなどなかった伊織だった。タケルも――涙を流していたことだけが気にかかるが――他の誰かと行くらしい。
であるならば、ひとりくらい、傷心の『SB402』の憂さ晴らしに付き合ってやる誰かがいたって構わないだろう。――サービスの終わる、その直前に一度だけ。

画面越しではない場所で、ともに酒の席でも囲んで、友人の恋の話を聞いてやるのもきっといい。

……わかった。いや、わからないが、わかったよ、IO。――きみと一緒に、花火大会に行こう』
「ええ、是非。――当日を楽しみにしています」
『うむ。……ではまたな、IO』
「はい、SB402さん。――また

ブラウザを閉じ、PCの電源を落とす。土間におりて、暦の前に立った。誰かがつけたらしい、でかでかとした赤い丸を指先でなぞる。――うん、と伊織は頷いた。