mishiadd
2025-07-03 22:51:03
33968文字
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『IO』について

【FGO軸】最近カルデアで流行りのAIチャット(人力)『IO』に恋の相談をする匿名ヤマトタケルさんのすれ違いラブコメ。『IO』の中の人の宮本伊織さんは自分さえ絡まなければめちゃくちゃ人の心の機微に敏感なので「なんでそれで伝わらないんだろうな?」って話を聞いてて首を傾げるんだけど伝わってないのはおまえおまえおまえ案件(いつもの)【剣伊】


八、

――以上が、事の顛末だ」
『ひ』

一文字だけの返信があった後、たっぷりの間をおいてIOが深い深い溜息の聞こえてくるような文字列を送ってきた。

……っどいですね……
「であろう、であろう」

ケラケラと笑いながらタケルが頷き、文字を綴る。

翌日の昼頃、食堂の隅っこに陣取ってタケルはPCを開いていた。――結局あのあとタケルが茫然自失している間にさっさと布団を敷いてしまった伊織によって本当に寝かしつけられてしまい、挙句翌朝には炊き立ての米とともに朝餉を餌付けされて、こうしてタケルはとぼとぼと長屋を後にしたのだった。

『あまり落ち込んでおられぬようで何よりですが』
「もはや笑うしかあるまいよ。――あの男、しどけない襦袢姿のままでこの私を胸に抱きかかえて呑気に寝おったのだぞ。……もうな、さすがにそういう気も起こらなかった……
『でしょうね。……その直前にそのような仕打ちを受ければ、誰でも』

はあ、という諦念の溜息がチャット画面から滲み出るようだった。くすりと笑い、タケルがぽちぽちとテキストを打つ。

「自分でもだんだん笑い話のような気すらしてきていてな。こうして、きみと面白可笑しく話せていることも一助なのだろうが」
『私が役に立てているのなら何よりです』
「きみは本当によくやってくれているよ。――そんなきみにこのようなことを言うのも無神経なのかもしれぬが、ふと思うこともあるのだ」
『なんでしょう』

タケルのタイピングがゆったりと遅くなる。あり得ない日々を夢想する、そんな目をしながら画面を見ていた。

「私にとってはな――それこそきみを除けば、友人らしい友人といえば『彼』ひとりなのだ。……だから、たまに思うことがある。もし、私の想い人が彼でなければ」

――タケルの恋の相手が伊織でさえなければ。

「今、私がきみにしているみたいに――彼に、私の恋の相談をして、今きみとしているこんなふうに、泣いたり笑ったり、私の一喜一憂にいちいち彼に付き合ってもらったりして――彼からも親身だったり面白半分だったりする助言を貰ったりして――

女友達だったら、きっとお洒落なカフェの片隅で、カフェラテを片手にガールズトークをするように。
男友達だったら、キャンプ道具を揃えて山に入って、星空の下、焚火でマシュマロを焼きながらそんな話をするように。

――それはそれで、きっとすごく楽しい。――『友達』として。

「そういうこともあったのかもしれぬなと、思う」
『お相手のことを、ご友人としてもとても好いていらっしゃるのですね』
「うむ。――もともと、彼はこの私に初めてできた『友』だったのだ。……いつの間にか、それだけではすまなくなっていたけれど」

いつの間にか、膨れ上がった想いがはみ出してしまっていた。その想いはきっと、最初に彼に対して抱いた感情からずっと地続きで――タケルにとっては、ごく当たり前のように自然発生した感情だった。
彼に対して抱いた『好き』が、日々を重ねるうちにさまざまな色を帯びた。いろんな『好き』を束ねて大きな花束にするように、伊織のことを兄として好きで、友として好きで、だから――きっと、タケルの中にぽこぽこと、あの江戸の日々の中で生まれ出でたさまざまな感情のすべてが、伊織に向かっていた。さまざまな『好き』が、伊織に向かっていた。
タケルの中で、いずれの『好き』にも優劣なんかない。ただ――そう。

そのうちのたったひとつだけ、満たされない。

「こうして考えてみれば、ただの私の我儘なのかもしれぬ。――あの男は、彼の弟としての私の『好き』には充分に応えてくれている。友としての『好き』にも。……その上で、恋人にまでなってほしい、というのは、さすがに――

兄でいてほしくて、友でいてほしくて、そして恋人になってほしくて。――そのすべてが伊織であってほしいし、そのすべての伊織が欲しい。

兄の顔も、友の顔も、恋人の顔も。――伊織の、すべてが欲しい。すべての伊織に、ずっとずっと、自分だけを見ていてほしい。見つめていてほしい。――あの、うっとりと夢見るような、深遠な宇宙そらの瞬きを閉じ込めたような瞳で。

……いや、さすがに強欲では」
『よいのではないですか。そのくらいのつよい想いがなければ、そもそもお相手には伝わらなさそうです』
――だよなあ」

食堂のパイプ椅子の上で大きく背伸びをする。――なにも悪びれることはない。これだけ想っているのにまったくもって伝わらないのだから、いっそこのくらいでちょうどよいのかもしれなかった。

『そういえば、根付の件はどうされましたか?』
「おお! そうであった。IO、聞いてくれ」

お決まりの台詞に、『なんでしょう』とIOからいつもの返答がある。もはや安心感すら覚えるやりとりに、カタカタと軽快にテキストを打つ。

「あれから、こっそりひとりでマルシェに行ってな。なかなか質の良い根付を出していた店の店主に掛け合って、作ってもらえることになったのだ。――これをな、花火大会の夜に、彼に渡そうと思う」
『おや』

ほっこり微笑んだような絵文字とともに、『よいですね』というIOからの返信があった。

「浴衣はな、結局あのとき喧嘩別れして諦めてしまったが――きみの助言で誂えた根付を身に着けてふたりで歩くのなら、それはもう、揃いの浴衣で歩くのと同じことだ。――祭りにな、ふたりで行くのだ。彼と私、ふたりっきり」
『以前から大変楽しみにしてらっしゃいましたものね』
「うむ。……いろいろあったが、結局、祭りに再び我らふたりで行けるのならばそれで全部ちゃらだ。――ふたりで、花火を見るのだ」

ふたり並んで、夜空を見上げて――それで、手でも繋げれば御の字だと、思う。たとえそれが、兄弟の手繋ぎで、友達同士の手繋ぎだったとしても。

『楽しみですね』
「うむ! ……どうだったか、首尾を真っ先に報告しにくるからな、IO」

わくわくした思いを胸に、「ではな、IO」と声を掛けてブラウザを閉じる。――その足を、長屋へと向けた。






九、

「え?」と伊織が目を丸くして言った。

「おまえと――行くのだったか。そういう約束だっただろうか」

呆然と大きな瞳を見開いたタケルが、震える声で言った。

「は、え? だって――きみ、言ったろう。私が『浅草で見た祭りとは違う当世の祭りだ、楽しみだな』と言ったら、『ああ、そうだな』って」
「うん? うん。……カルデアの恒例行事の『花火大会』なのだろう。慶安の祭りとは違うのだろうから、それは興味深くはあるよ」
「そ、それに――浴衣だって一緒に買いに行ったろう? 確かにきみは要らないと言ったが――でも、浴衣の買い出しはそもそも『花火大会のために買いに行こう』、と、私は」
「あれはそもそも贈り物の予行練習だったのだろう? ――おまえこそ、俺の買ってやった浴衣を着て、花火大会に本命を誘うんじゃなかったのか?」

「そういえば、あのときおまえはなにやら喚き散らして帰ってしまったが、結局無事に本命への贈り物は買えたのか?」と一切の悪気のない、ただひたすらに善意とひとつまみの老婆心で構成された言葉を、伊織が穏やかな声で口にする。

――もう、何を言っていいのかわからなかった。何も、言いたくなかった。――何を言っても、無駄なのだと思った。

――もうよい」
「セイバー?」
「もうよい! ――ああそうとも、私は『本命』と花火大会に行くとも! 誰がきみなんかと行きたいものか! きみなんかと――

「きみなんかと」と繰り返したタケルの目から、ぽろりと大粒の涙が零れ落ちた。「あ」と伊織が小さく声を上げ、反射的にそれを指先で払おうとする。その手を乱暴にぱしんと払い除けて、タケルが踵を返した。長屋の引き戸を開けて、そのまま一目散に駆け出していく。