mishiadd
2025-07-03 22:51:03
33968文字
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『IO』について

【FGO軸】最近カルデアで流行りのAIチャット(人力)『IO』に恋の相談をする匿名ヤマトタケルさんのすれ違いラブコメ。『IO』の中の人の宮本伊織さんは自分さえ絡まなければめちゃくちゃ人の心の機微に敏感なので「なんでそれで伝わらないんだろうな?」って話を聞いてて首を傾げるんだけど伝わってないのはおまえおまえおまえ案件(いつもの)【剣伊】


六、

『SB402』からのメッセージがあると、『IO』運営から持たされているスマホに通知がある。
そのままフリック機能でテキストを入力して返信もできるのだが、どうにもまどろっこしい気がして結局はPCを開いている。

担当しているユーザーの個人情報は勿論、伊織がIOの中の人をしている事実も守秘義務のうちに含まれているので、誰にもPC画面を覗かれるわけにはいかない。
『SB402』の対応をしているときにいつものようにタケルに長屋の中へ乱入されでもしたら一巻の終わりなのだが――不思議なことに、今のところはそういった事故は起こってはいない。
タケルが長屋に入り浸っている頻度や累計時間を考えれば奇跡のようなものなのだが、この件に関しては伊織はやけにツイているようだった。

今日も通知があったのは、たまたま伊織がひとりで長屋で寛いでいたときだった。一応は引き戸に誰の人影も立っていないことを確認し、PCを開く。

『IO、聞いてくれ』

もはや『SB402』の挨拶代わりの台詞となっていた。飲みかけだった茶を啜りながら、まずは「SB402さん、こんにちは」と返す。それから、前回の会話を思い出し、訊いてみた。

「よい根付は見つかりましたか?」

やや間があってから、『SB402』から返信がある。どうも『SB402』はたった今何かが起こるたびに『IO』に泣きつくくせがあるので、それ以前にしていた会話の内容を忘れてしまう傾向があるようだった。

『あ、ああ――そうだ、そうであった。きみにはちゃんと報告せねばならぬ。……結局な、見つからなかったのだ』

おや、と伊織は思う。「どうしましたか」とさらに尋ねてみた。

『あの後、またマルシェに行ってな。いろいろ見て回ってはみたのだが~~……

ううん、という苦悩の呻き声が聞こえてくるようなテキストだった。そのまま続きを待っていると、ぴこん、とさらに返信が送られてきた。

『なかなかぴんとくるものがなくてな。――彼の方も自分の好みはなにひとつ語ってくれずにただ私が物色しているのを後ろから眺めているだけだし、あれはどうだこれはどうだと水を向けてみても『いいんじゃないか』としか言わぬ。私自身、これが彼に手渡す唯一の贈り物かと思うと緊張して一体どれがよいやらまったく自信が持てぬし』
「それは――大変でしたね」
『そうなのだ。イオ――彼のための贈り物なのだから、もう少し自分が何が好きなのかをちゃんと積極的に口にしてほしかったものだ。……まあ、これに限らず彼が自分の好き嫌いを口にしたことなどろくにないのだが』
「奥ゆかしい方なのですね」
『好みが極端なのだ。――たったひとつのことにしか興味がなく、それ以外のことはいずれも等しくどうでもいい

『SB402』のタイピングに間が生じる。自分で打った文章に自分でダメージを受けているようだった。ややあってから、「結局剣以外のことになどなにひとつ興味がないのかもしれぬな」と諦念にも似たテキストが送られてきた。

「お相手は剣がお好きなのですか」
『好き――うむ、そうだな。私のことも――そう、私の『剣』のことは大層好きみたいだぞ。私ではなく、な』

ふうむ、と思う。――であれば、伊織にも『SB402』の役に立てることがあるかもしれない。

「今更ですが――お相手もあなたもサーヴァントでお間違いないですね?」
『ふむ? うむ。このサービスを利用しているからには私は勿論そうだし、彼もサーヴァントだ。今はな』

その物言いにわずかに引っ掛かりを覚えつつ、伊織は提案してみた。

「もし予算が許すならば、お互いの宝具を意匠にして根付をオーダーメイドとくちゅうしてみるのはどうでしょう。行かれたのはマルシェであるとのことですし」

偶然にも、伊織もつい最近マルシェという文化に触れたばかりだった。タケルに半ば引っ張られるようにして行ったのだが、自分で手ずから制作したものを直接顧客と売買するという場所だった。これであれば、小遣い稼ぎの一環として伊織が彫った仏像ももしかしたら売ることができるかもしれない、などとも思ったのだ。
そして、こういった場であれば、きっと依頼を受けて特別な一品を仕上げてくれる職人もいる筈だ。

「宝具は、そのサーヴァントを象徴するものです。それを互いに交換するというのは、洒落っ気のあることではないかと思います」

――と、伊織などは思う。実際、自分が貰ったらそれはそれなりに嬉しいのではないかと思う。であるからこそ、このように『SB402』に進言している。

……』とやや返信に遅れがあったあと、ぽつり、と『SB402』からのテキストが届いた。



『どきどきしてくれるかな』



随分殊勝で可愛らしいことを言うと思った。くすりと笑い、伊織は返信した。

「はい、きっと。――ただ、お渡しする際に添える言葉には気を付けてください。お相手は随分――

言葉を選ぼうとして、結局ゆるゆると首を左右に振り、伊織は続けた。

「鈍感でいらっしゃるようですから」

ややあってから、『ははは!』と笑いを示すテキストと絵文字が送られてきた。

『きみもそう思うか、IO。――実際、きみの方が余程人の心を理解しているようだぞ。――仮にきみと私が『デート』に出掛けたなら、きみならきっと私の意図のことごとくをすぐに読み取って、私ときみとふたり、さぞやロマンティックな一日を過ごせることだろうよ』
「でも、あなたがともに一日を過ごしたいお相手は私ではない。そうでしょう」

伊織が茶目っけのあるウインクの顔文字とともに送ってやると、『大変遺憾なことにな!』と返信があった。

『ああ、そうだ。――また聞いてほしいことがあるのだ、IO』
「なんでしょう」
『きみが――私が彼に弟のように思われているかもしれない――と言ったろう』

『SB402』が語る想い人の言動を垣間見る限り、伊織の目にはその可能性は非常に高いように思われた。

「ええ。そのように言いました」
『私もな。――そうなのではないかな、と思うのだ』

おや、と伊織が片眉を跳ね上げる。さらにテキストが送られてきた。

『どうも――警戒心がなさ過ぎる』
……はあ」

伊織が湯呑みに口をつける。テキストの続きがピコピコと送られてきた。

『まず、きみにははっきりさせておく。私は――彼のことがそういうふうに好きだ。当世の言葉で言えば、なんだ――イチャイチャしたい。
彼と――なんというか、そういう雰囲気になって――彼の体にそういうふうに触ってみたいし、いろんなところに口付けてみたいし、なんだったら舐めてもみたい。彼の裸の上半身は見たことがあるが、何も穿いていない裸の下半身だって見てみたいし――

それ以上続きそうだったため、伊織が慌てて警告文を入れる。

「『IO』の利用規約に抵触する恐れがあります。ユーザーはBANの可能性があります」
『おああ!? それは困る! すまぬ、IO。少し、その――うっかり調子に乗ってしまったようだ。
いや……改めて見返してみればなんだこれは。きみがAIとはいえ……酷いセクハラというやつではないか、これは』

「かもだな」と苦笑いをしながら、伊織は「お気になさらず。ただ、利用規約の抵触には気をつけてください」とだけ返信した。

襟を正したらしい『SB402』が、『つまりだ』と仕切り直した。

『私は、いやらしい目で彼を見ている』
……なるほど」
『のだが、全然警戒してくれない』

ふむ、と伊織がかたちのよい顎に手を当てて軽く首を傾げた。

「警戒されたいのですか?」
『ここまでまったくされていないと、まったく相手にされていないのと同義であろう!?』

顔も知らぬ『SB402』がPCの前で大の字になって四肢をばたつかせているのが目に浮かぶようだった。

『私は! いやらしい目できみを見ているのだぞ! 隙あらばきみをどうにかしたいと思っているのに私の目の前で平気な顔をして着替えるし! あまつさえ半裸のままで私を呼びつけて膝の上に乗せようとするし!』
「乗ったのですか」
『乗った! だって髪を結ってくれると言うから! 彼に髪を弄られるのが好きだ! 気持ちいいから!』

それだから弟扱いから脱却できないのでは――とは言わず、伊織がぽちぽちと返信を打つ。

「いっそそれを利用してはいかがですか」
……ふん?』
「お相手の警戒心のなさを利用するのです。あなたのことを弟と思っていらっしゃるのなら結構。そのまま懐に飛び込んで、油断したところを内側からひと思いにやってしまえばよいのです」
『き、きみ』

ひどく動揺したような返信があった。

『きみこそ利用規約に反していないか』
「隙を見せた方が悪いのです。――話を聞く限り、お相手は随分と押しに弱そうです。いっそ絆してしまえばこちらのもの」

ややあって、顔を真っ赤にして怒る絵文字とともにテキストが送られてきた。

『きみ、きみ――本当は悪魔のAIなのではないか? なんと邪悪な言葉を囁くのだ」
「でしょうね。――それほどまでに無防備な、見ようと思えばいつでも見られるお相手の裸の下半身をいまだに見たことがないあなたにとっては」

間がある。返信のないままに、伊織はテキストを重ねた。

「あなたは善き、正しい人です。――まあでも、たまには悪い子になってみるのもいいかもしれませんよ」

実際、そうでもしなければ『SB402』の想い人が彼の想いに気付くことは永遠にないように思われた。――伊織にも感情はある。『SB402』の話を聞き続けるうちに、彼に対する友情にも似た同情と憐憫と――それと同等くらいの、彼の想い人に対するほんのちょっぴりの意地悪な気持ちが、育っていた。



少しくらい思い知ればいいのでは? 名も知らぬどこかの朴念仁さん。



――もっとも、口は減らないくせに本命相手にはとことん及び腰になってしまう『SB402』に、そんなことができるのなら、の話だが。

たっぷりと間があったあと、『わかった』とだけ返信があった。

『少しだけ――頑張ってみる』
「ご武運を、SB402さん」

『ではまたな、IO』とだけ残して、『SB402』がログアウトする。――伊織もPCを閉じる。湯呑に残っていた茶を飲み干した。