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アスナショウコ
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【創作|馬軸】春雷-極光
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【創作|馬軸】春雷 外伝 不知火 プロローグ
──その星が、俺の行くべき道を示してくれる。
「春雷」では描かれなかった牝馬クラシック路線から贈る、再起と栄光へ至るもう一つの物語。
スペシャルサンクス
Littorioさん 双鶴浅葱さんをお借りしました。めちゃくちゃ勝手に設定生やしてお借りしてめちゃくちゃ喋っていただいております。
山城まつりさん 櫻田翠先生のお名前、真田那央さんをお借りしております。那央さんにはめちゃくちゃ喋っていただいています。
早蕨足穂さん クロフォード先生(お名前は出ていません)をお借りしております。
さけはしろみさん 台詞の一部、設定の一部をお借りしております。
みなさまいつも遊んでいただき本当にありがとうございます。これからもよろしくお願い申し上げます。
※本作品は実在の名称、団体、企業などとは一切関係ない一次創作作品です。
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——
九月 ローズステークス直前
「ああ、うん
……
大丈夫だよ。心配しないでくれ」
「そんなこと言ったって、良嗣さん。あんたが『大丈夫』って言う時、大丈夫だった試し、ないじゃないですか」
電話越しの声は俺の返事に対して、ひどく懐疑的な声色で応じた。少なくとも俺の言葉をあまり信用していないのはよくわかる
——
いや、信用していないというよりも死ぬほど心配されている、というのが正確なところであろう。
「い、いやそんなことは
……
あるかも
……
」
「やっぱりそうなんやねえかちゃ。
……
、すみません。新幹線乗るので、そろそろ電話切りますね」 俺は彼を呼び止め、矢継ぎ早に言葉を吐き出した。
「栗東にはいつ着く? 迎えにいくよ」
「多分、夕方
……
五時半には着くと思います。ああでも荷物多いので
——
」
「大丈夫だよ。後部座席にも載せられる。着いたら連絡くれ」
俺は電話を切る。沖田厩舎の事務所の裏手には自販機が置かれており、ポカリスエットや天然水、お茶などのラインナップがあった。冷たい自販機の側面に背中を預けて、深々と息を吐き出す。
鮮烈な日本ダービーが、頭から離れない。
三十四年ぶりの牝馬ダービー馬となったフジサワコネクトは予定通り菊花賞へ向かうという。そしてそのライバルである皐月賞馬
——
ロジェールマーニュの鞍上、白綾后子は破竹の勢いでもう一つGⅠ勝利を積み上げた。
一方俺は相変わらず、可でもなく不可でもなくといった様子のままだ。若い世代の躍進が素晴らしい、と褒め言葉を口にしてみても、それが決して本心ではないせいなのか、それとも自分自身が惨めに感じているせいだからか。澱んだ気持ちが体から滲み出し、深々ともう一度ため息をつく。
「
……
良嗣、少しいいか」
「ああ」 ジェームズが俺を呼ぶ。慌ててスマホをジーンズのポケットへ突っ込んでその背を追いかける。
「
あいつ
オラリオン
に何かあったのか?」
「いや、たいしたことじゃない。
……
ほら、この間からシャドーロールをつけて調教しているだろう?」
シャドーロールとは、馬の視界の一部を遮るために頭絡につける馬具のことだ。特に下側の視界を遮るために装着する。最近のオラリオンは自分の影を気にして、集中を欠くことが増えていた。そのため蒼司がシャドーロールを取り付けることを決めたのだった。
「だから、手綱を取るお前の意見を聞いておこうかと思っった。それだけだ」
「ああ、うん。そうだな
……
確かに影は気にしなくなった。でも何つうか最近は俺が近づくと威嚇してくるだろ」
「
……
何か気に障ることでもしたのか?」
「全然記憶にねえけど、あいつのどこにイラつきスイッチがあるのかがまず謎だろ」
この間は装蹄師が脚を持ち上げようとした際、不機嫌全開になって派手な地団駄を踏んで、装蹄師の背中に噛みついていたらしい。人を蹴らないだけまだマシなのだが、彼女は不機嫌になるとそれがかなり尾を引く。最悪の場合、調教を拒否し
——
背中に跨って促しても頑なに動かず、厩舎の前で釘のように突っ立っているのだった。
俺は先日それをやられて、残暑の中ジリジリと太陽に炙られて大変しんどい思いをした。
オークスの勝利は喜ばしいと思っている。その一方で俺は、俺自身のことについて
——
本当にそろそろ、腰を据えて向き合うべきなのかもしれない。
「
……
良嗣。お前、オラリオンを意図的に避けているだろう」
「え? い、いやいや! そんなことねえって」 俺は慌てて誤魔化す。
「わかりやすい嘘をつくな。何があったのか知らないが、あの子は賢いだけじゃなく人の機微にも敏感だ。あまり気を揉ませてやるな。わかるだろう」
「
……
、悪かったよ」
俺は深々と息を吐き出す。
オラリオンは確かにそういう側面があった。もとより馬という生き物は人間の感情の機微に敏感である。悪意、好意、言葉や態度を気取ってこちらへ打ち返してくる。
馬は喋らないが、全身の態度や耳、瞳の奥で雄弁に語る。それは誰よりもよく知っているはずだったのに、と俺は奥歯を噛む。
「私ではなく、オラリオンに言え」
「だよな、ごめん」
厩舎に立ち入れば、オラリオンの側に大きな毛足の長い猫
——
カレンがいる。器用に馬房の窓枠に乗っているからか、窓枠に巨大な毛玉があるように見えた。
相変わらずにゃあにゃあとお喋りな猫は、オラリオンから鼻先で弄ばれても嫌がりもせず遊んでいる。大きさも随分と違う動物たちは案外仲良しらしい。そも、猫が好きな馬は案外多い。オラリオンも例に漏れず、猫好きな馬なのかもしれないと思った。
「仲良しだな」 オラリオンは顔を猫に寄せながら、俺の方へ片方の耳を向けた。「なあ。もしかして、シャドーロール、邪魔か? お前が影を気にしてるみたいだったから、それを蒼司が気にしてたんだよ」
「
……
」
オラリオンは光の反射によって、複雑な色をした瞳をこちらへ向けた。俺が彼女の瞳に映っている。
「じゃあ、追い切りはつけないようにって言っとくよ」
俺はオラリオンの顔を撫でた。彼女の額には、剣のような形の白斑
——
流星がある。それに加え、可愛らしさよりも格好良さを演出する涼やかな切長の瞳が、さらに彼女の凛とした雰囲気に花を添える。
「悪かったな、オラリオン」
彼女は何も答えない。放牧を終えて戻った彼女は、少しだけ我慢と傾聴を覚えたのかもしれない。または俺が存外弱っていることに気づいているのかもしれない、そんなことを思い浮かべる。
「俺さ、怖いんだ。強い馬の手綱を取るのが」
——
なぜ?
「
……
、
……
十年ぐらい前、アストラプレアっていう牝馬の手綱を取ってたことがある。めちゃくちゃ強い牝馬でさ、クラシックにこそ縁がなかったんだけど、天皇賞・秋を勝ったんだ。そん時のレースには、牝馬は二頭しか出てなくて
……
アストラは、全然人気してなかった。でも勝った」
にゃあ、とカレンが鳴いて地面へ降り、事務所の方へ走り去っていく。俺は猫にさえ気を遣わせるほど、陰鬱な気配を湛えているらしい。
「五歳シーズンになって、ドバイに遠征することになった。ドバイデューティーフリーっていう国際GⅠ競走があってさ
……
」
胸を刺すような痛みが体を突き抜ける。俺は思わず唇を噛んだ。
——
。温い何かが、そっと俺の頬を撫でる。
「オラリオン?」
彼女は俺の頬を優しく撫でていた。今までの傍若無人っぷりからは想像もつかないほど、優しく鼻先で触れる。
とても繊細なガラス細工に、最新の注意を払って触れるような空気感があった。
馬は本質的には臆病で、優しい生き物。本当にそうかと猜疑心を持った回数は数知れないが、今ばかりは真実だろうと思われた。
「お前、温いなあ
……
」
俺は両腕で彼女の顔を包み込むように撫でる。普段なら噛み付かれるか、叩かれるかの二択だったが、今日ばかりは優しくしてくれるらしかった。
——
特別だぞ。
そんな声が、聞こえた気がした。
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