【創作|馬軸】春雷 外伝 不知火 プロローグ

──その星が、俺の行くべき道を示してくれる。
「春雷」では描かれなかった牝馬クラシック路線から贈る、再起と栄光へ至るもう一つの物語。

スペシャルサンクス
Littorioさん 双鶴浅葱さんをお借りしました。めちゃくちゃ勝手に設定生やしてお借りしてめちゃくちゃ喋っていただいております。
山城まつりさん 櫻田翠先生のお名前、真田那央さんをお借りしております。那央さんにはめちゃくちゃ喋っていただいています。
早蕨足穂さん クロフォード先生(お名前は出ていません)をお借りしております。
さけはしろみさん 台詞の一部、設定の一部をお借りしております。
みなさまいつも遊んでいただき本当にありがとうございます。これからもよろしくお願い申し上げます。
※本作品は実在の名称、団体、企業などとは一切関係ない一次創作作品です。


 
「私の夢を日本に送る、それでは皆さん──良い夢を」

 ジャパンカップの共同記者会見において、イギリスからやってきたその調教師は不適な微笑みを浮かべ、その言葉を口にした。
 彼は別の意味でも騒がれていた。残念ながら目を引く美貌というものはいつの時代でも注目の的になる原因である。しかし確かに夢のような微笑みに、競馬ファンが狼狽えたことは想像に難くない。
 俺──有馬良嗣ありまりょうじは少し眉を顰めた。こんな圧倒的な一番人気を背負いそうな馬を送り込んでくる相手の後に、最近の成績が低迷の一途を辿っている俺たちの陣営の会見。
 ジャパンカップという大舞台を勝利したいという思いは、誰もが持っている。けれど今の俺たちに手が届くのか、ということについては──自信が持てない。それが俺の本音だった。


「破竹の五連勝で凱旋門賞を勝った名牝、か……

 思わず先ほど見た新聞の見出しが唇からこぼれ落ちる。彼女を信じていないわけではなかったが、彼女の競走馬としての能力、そのピークが過ぎ去り始めていることは事実であり、時間は一切の容赦がない。
 彼女は恐ろしいほど賢い牝馬だ。彼女自身も己の力が衰え始めていることについて、理解しているらしかった。だからこそ、なのだろうか。
 最近の彼女は、勝てないと理解してしまえば競走自体を諦めてしまう。競走馬としてはかなり致命的だった。

 俺は一度目を伏せる。

 北極星の瞬きを彼女に見た。星々の輝きの中で、一際輝く白い星。俺にとって彼女はそういう存在だった。
 俺はご大層な苗字を持っているが、年末のグランプリを勝ったことはこのかた一度もない。それどころか騎手人生二十年という時間の中で、俺に初めてクラシック路線のG1を齎してくれた存在。それが彼女だった。

「確かに、彼女は成績が低迷しています」

 俺は記者達を前に重い空気を纏った口を開いた。俺の忖度ない言葉に誰もが一瞬息を呑む。

「それは……その、」

 一人の記者が遠慮がちに手を挙げて、細い声で続けた。

「勝てる見込みが薄い、と、有馬騎手は考えていらっしゃるのですか」
「そうではありません。彼女は牝馬クラシック二冠という偉業を成し遂げた、世代の代表だ。その実力はきっと出走馬の中でも引けを取らないでしょう」

 だからこそ、諦めないで欲しいと思った。彼女はおそらく自分自身に見切りをつけている。たとえ俺や、俺の周囲——つまり彼女が所属する沖田厩舎の面々だが、彼らが諦めていないとしても、彼女自身は何処かで諦めているのだ。

 だからこそ、示したい。報いたい。
 騎手として、今度は彼女の力を引き出したい。
 彼女が嘗て俺にそうしてくれたように。

「ジャパンカップは彼女がレコードを叩き出した、オークスと同じ条件で競います。俺は彼女が負けるとは思っていません」

 俺は真っ直ぐに彼らを見据える。俺の眼前には懐疑的な視線を向けるもの、どこか呆れたような表情を浮かべているもの、十人十色だったが水面下では一貫している。
 無理もないだろう。直近のレースは全て二桁着順。負けると思っていないという俺の発言が、虚勢と受け取られても仕方がない。
「彼女は必ず勝ちます。祈りという名の明け星を、どうか見届けてください」
 俺はそれだけを告げて、会見場を後にした。
 動揺に満ちたざわめきが——漣のように、耳へ押し寄せている。