【創作|馬軸】春雷 外伝 不知火 プロローグ

──その星が、俺の行くべき道を示してくれる。
「春雷」では描かれなかった牝馬クラシック路線から贈る、再起と栄光へ至るもう一つの物語。

スペシャルサンクス
Littorioさん 双鶴浅葱さんをお借りしました。めちゃくちゃ勝手に設定生やしてお借りしてめちゃくちゃ喋っていただいております。
山城まつりさん 櫻田翠先生のお名前、真田那央さんをお借りしております。那央さんにはめちゃくちゃ喋っていただいています。
早蕨足穂さん クロフォード先生(お名前は出ていません)をお借りしております。
さけはしろみさん 台詞の一部、設定の一部をお借りしております。
みなさまいつも遊んでいただき本当にありがとうございます。これからもよろしくお願い申し上げます。
※本作品は実在の名称、団体、企業などとは一切関係ない一次創作作品です。


 1
 ——2012年 栗東トレーニングセンター
 
 「どわああ!」と派手な声を上げて吹っ飛ばされたのは、ジョッキーとしては背の高すぎる女性——白綾后子はくりょうこうこだった。彼女を吹き飛ばして満足したのか、緋色と形容するべき赤い鹿毛の馬は、満足げに頭をふるふると横へ振った。まるで「私に跨ろうなど、百年早い」とでも言うかのように。

「白綾さん! だ、大丈夫!?」

 鹿毛——オラリオンを管理する調教師——沖田蒼司おきたそうしが地面で情けなく転がっている后子に声をかける。后子は「うう……大丈夫、です……」と背中が痛むのか細い手で背を摩って、

「おんどれ! 落とさんでもええやんか、なんでこんな吹っ飛ばすねん!」 鹿毛は言葉を理解しているように、少し瞳を細めて鼻を鳴らす。「あっ今ちょっと私のことバカにしたやろ、自分」
「オラリオン、頼むから。調教行くよ」

 蒼司はあからさまな困り顔でオラリオンの引き手綱を軽く引っ張って、馬銜を介して意志を伝える。だがオラリオンと呼ばれた鹿毛は、それを分かった上で無視しているのか、頑として動こうとしなかった。脚が釘になってしまったのかと思いたくなるほど、オラリオンは頑なである。こうなってしまった彼女に言うことを聞かせるのは至難の業だった。
 俺は一つ大きなため息をついて、オラリオンへ近づく。そもそもの話、后子は「こうなってしまった」馬をいい具合に動かせることに定評がある騎手だった。故によく様々な厩舎の調教に参加し、馬を鍛えてやっている。そんな彼女でさえ動かせないとなれば、オラリオンは相当な癖馬ということだ。
 癖馬。それは愛ゆえのあだ名である場合もあれば、本当にとんでもなく手がかかる馬に対して与えられる不名誉な称号であることもある。オラリオンは間違いなく後者だろう。……今のところは。

「良嗣さん、乗ってみ!? 今日は絶対落とされんで」 后子が俺の肩を小突く。「この子賢いわあ、むちゃくちゃ賢い。せやかて、賢すぎんのや……今日はほら、追い切り計測日やねんから。それでしんどいことされるの、分かってんねやと思うわ」
「だろうな。こいつ、ニンジンの違いがわかるから」
「なんやそら、どないなっとんねん……」 后子は呆れながらもオラリオンの方を見た。「いや、やれそうな顔しとるわ。競馬場の癖も見分けてそうやな」
「実際できるぜ。こいつは阪神コースと東京コースじゃ走り方が違う」

 俺は過去の出来事を思い返す。オラリオンは東京競馬場の新馬戦でデビューしたが、その際は飛ぶように走る走法——ストライド走法と呼ばれる走り方だ——で走っていたのだが、何故か阪神競馬場にて開催された二歳GⅠ、阪神ジュベナイルフィリーズではピッチ走法——足を素早く回転させて走る走法で走っていた。大きく出遅れたものの結果は三着と、GⅠ戦線でも全く遜色ない実力を示している。

「俺としては追い切り計測不能でもいいんだが」
 俺はオラリオンへ呼びかける。左耳だけがこちらを向き、俺の言葉を拾っている。
——お前の大好きな蒼司が、なんて言われるかな」
……

 オラリオンは耳を後ろ側へ引き絞った。そして一歩、蹄を前へ。蒼司の持つ手綱が彼女の歩みで引っ張られる。そして俺の方に歩み寄り、


————痛っでえ!!」


 俺の肩を、思い切り噛んだ。