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racmon
2025-04-19 21:33:36
49793文字
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【web再録】煙に巻いてくれるな お前
pixivから再掲移しました。
昭和中期パロです。
⚠️地の文も関西弁です。
⚠️モブ→盧笙描写がありますので、苦手な方はご注意ください。
⚠️名があるモブがいっぱいでます。
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◆ ◆ ◆
「火のよぉじん! マッチ一本、火事のもとー!」
カンカンカンカンやかましな。言うんやったらもっと早いうちに言うてんか。俺の場合、一本どころか入れモンごと拾てもうたから、もうこんなもん大火事やけどね。
どっかから漂ってくる焚き火の匂いにきゅっと鳩尾が縮まる。まだ完全に癒えたとは言えん古傷を、ここ一年ほどの怒涛の出来事を思い出すことで覆い隠した。最近は新しい悩みもできた。去年までの俺に言わせたら贅沢なモンやけど。盧笙との近づきすぎた距離は、俺のほとんどの思考を奪っていた。
俺の晴れ舞台の裏で交わしたのは、間違いなく友達や相方の関係を超えているもんやった。最初にその領域に手をかけたのは昔の俺やけど、ええ大人になってからはお遊びでは通用せえへん。もちろん嫌なわけやない。むしろもっと、と望んでしもてる。それを咎める芸人の俺と、もうひとりの焚き付ける男の俺が両肩にのしかかる。いよいよ第三者の意見がほしいところまできてもうた。有難い助言でも頂戴したろかと、不本意ながら自称『簓クンのオトモダチ』を呼び出した。渋ることもなくあっさり時間を作ってくれたけど、面白がってるだけに違いない。せやけどもう背に腹は変えられん。いつもの喫茶店の扉を開けると、俺に気づいた奥さんが駆け寄ってきて耳元に顔を寄せた。
「ちょっと、あれ大丈夫なん?」
奥さんが指さす方には零の馬鹿でかい背中があった。存在自体が大丈夫やないからなあと思いながら、俺は呑気に手を上げた。
「おーい、零。悪いな、呼び出して──」
声に反応したのは毛皮の塊やなしに、その奥にいた俺の悩みの種やった。予定があるとか言うてたけど、まさか零と出会うてるとは思わんかった。
「なんでおどれがおんねん!」
「いやこっちの台詞や! ろしょ、お前、なンしてん!」
腹立つくらいにゆっくりと振り返った零は心底愉快そうや。なにを考えとんねんこのおっさんは。
「よっ、ご両人!」
「やかましわ!」
「なんや簓。社長と知り合いなんか?」
「シャチョー⁉︎ お前嘘つくんやったらもうちょいマシな嘘つけや!」
「おーおー心外だなあ」
ヘラヘラしよる零の態度に耐えかねた俺は、盧笙の腕を掴んで立たせた。なんの話をしとったんかしらんけど、テーブルの上に広げられたチラシや大きな貼り紙には胡散臭い文言が並んでいる。金に困ってんねやったら俺に相談せえよ。
「おいおい離せて。まだ話の途中や」
「詐欺の片棒担ぐ気かお前は。ほんま騙されやすいやっちゃ」
俺がおらんと、盧笙はいつかえらい目に遭いそうや。少々強引にでも今日のところは店を出なあかん。盧笙の言葉を無視してグッと引っ張ると、強めに手を払われた。
「俺はこれを剥がして回るだけや!」
胸にドンッと叩きつけられたチラシが、ひらりと床に落ちる。盧笙は鋭い目つきで俺を睨んだ。責めるようなその視線は、少し悲しげにも感じる。
「俺が先生に頼んだ仕事は、この辺りに貼られたこいつを回収するってだけのことだ」
「
……
報酬は」
「ギター一本分、ってとこだな」
「はあ? なんやそれ」
俺が零とやりとりしている間にも、盧笙は荷物をまとめて傍らを通り抜けた。
「どこ行くねん!」
「詐欺撲滅活動や! 文句あんのか!」
捨て台詞を吐いて盧笙は店を出た。なにをそんな怒ることがあんねん。奥さんもびっくりしとるがな。やれやれと首を振って盧笙の体温が残るソファに腰を下ろすと、零が今の俺と同じ表情を向けてきた。
「なんやねん」
「いんや?」
めんどくさい説教は聞きたない。いっぺん訊いて言うてけえへんねやったら俺かて食い下がるつもりもない。
「
……
盧笙のやつ、ほんま危なっかしいわ。磯貝のことかてあったのに」
「そのことなら安心しな。あいつぁ今ごろ豚箱でおねんねしてるぜ」
「え?」
思いもせん展開に拍子抜けする。零がわざわざ警察へ突き出すようなことはせんやろうし、案外磯貝の名声の寿命は短かったみたいや。
「なんでもでけえ売春組織が摘発されたらしい。官僚や少々名のある奴ら御用達のな」
「そうか」
「警視庁のお偉いさんの名前も挙がっていたそうだ。なんとなくきな臭いが、まあ一件落着だな」
「とばっちりでお縄か。呆気ないな」
それでも数年経てばまた出てくるやろう。俺の警戒は磯貝が死ぬまで続く。苛立って無意識にさかむけを弄っていた俺の指を、零がペンで小突いた。まるで親が子にするような仕草に、咄嗟にテーブルの下へ手を隠した。
「どうだ、過保護だと思ったか?」
「なにを言うてんねん」
「人ってのは自分で気がつかなきゃ、何度だって繰り返すんだ。先回りしたり、その都度親切に言ってやったって聞きやしねえ」
零は曖昧な表現をした。俺がその言葉の意味を理解できると分かっているからこそやろう。無言で席を立つと、零のわざとらしい独り言が聞こえた。
「街のお掃除を頼んだはいいが、盧笙クンは高ーいところは平気なのかねえ」
たしかに今の零は、少々過保護かもしれへんな。
ひとりで気持ちを落ち着かせたい時、悩んだ時、盧笙のことを想う時。俺は通天閣からの景色を頼る。明るい気分で眺めることは、今まで一度もなかった。いつか盧笙と見ることができたら、そのときがはじめて笑顔でここに立てる時やろうなと思っていた。せやけどいざこの場所で盧笙を目の前にした今、俺はなんと切り出したらええか分からんようになってしもた。
「こないだ母親から電話あってな──」
盧笙の穏やかな語りに、素直に耳を傾けた。
「先生、捕まらはったって」
おかしな日本語やな。この後に及んで敬うような言い方せんでええのに。
「どうせお前知ってんねやろ?」
「
……
うん」
俺の返事を聞いて、盧笙の小さい口からほわりと息が出た。呆れている様子やけど、俺を見る目は優しい。
「さっき怒鳴ったりしてごめんな」
「ううん。俺の方こそ、お前のことはなから決めつけて、ごめん」
「ほんまやで」
子どもの喧嘩の仲直りのようなやり取りに照れ臭くなって、お互い笑って誤魔化した。仕切り直すように、盧笙が「見てこれ」と数枚の束になったチラシを俺に寄越した。
「改めてよう見たら、住所も電話番号もデタラメや。さすがの俺でも気ぃつくっちゅうねん」
「これひょっとして──」
「あのおっさんの暇つぶしに付き合わされたな、俺ら」
零の考えていることだけはほんまに分からへん。俺らのあいだを取り持ってなにがしたいんやろう。あとで仲人代とかいうて請求されへんやろか。
「まあでも、簓に俺以外の友達がおるみたいでよかったわ」
「零は友達ちゃうし、お前かて──」
盧笙は、俺のなんやろう。もう今では元相方になってしもてるし、友達っちゅうのもなんかもひとつ味気ない。最後に頭に浮かんだ関係性は、口に出すにはあと少し時間が欲しかった。
「俺はなんでもええよ。簓と一緒やったら」
盧笙はどこまでも俺に甘かった。今くれた言葉は、こないだ俺も同じように思ったことやったけど、きっと盧笙と俺の認識には若干のズレがある。それもじきにぴたりとくっつきそうな予感はしてるから、どうかもうしばらく辛抱してほしい。
「お前が芸以外の恋人を作る気になるまで、気長に待つとしますかね」
「お手数おかけします
……
」
「散々待たせたんは俺やしな。で? 最近『恋人』とは順調なん?」
盧笙はわざといけずな言い方をした。タジタジになる俺がよっぽどツボやったみたいや。訊かれたからには、盧笙が嫉妬してまうくらい惚気たろうやないか。
「そらもう飛ぶ鳥落として焼いて食う勢いや! なんとな、ついにテレビに映ることになったんや!」
「すごいやないか!」
「早速特注のスーツもあつらえてもろてな、それがまたええ出来なんやでぇ。紹介してもろた店の専属デザイナーの子、なんや妙に掴みどころないからどうなることかおもたけど腕は一流やったわ」
盧笙は俺の前進を喜んでくれた。吊るしのスーツ以外もいつか着てみたいと、憧れを隠さず空を見上げる盧笙の横顔を見つめる。近い将来、揃いで作ったらええんちゃうかと思った。それを着る時がどんな場面になるかはまだわからへんけど。
「ついに簓も人気芸人の仲間入りかあ。いくとこまでいってもうたなあ」
勝手に感傷に浸られて、俺はちょっとした仕返しがてら盧笙の肩に頭を預けた。
「それお前が言うー?」
「あーっと、いや、まあそうやねんけど
……
」
「まっ、俺の夢は絶対叶うんやけどね」
「せやからそれは──」
「別に今やなくてもいい。死んで、またぽこっと生まれて、そうなっても俺は絶対にお前を見つける自信がある。何遍も繰り返しとったら、さすがにいつかは叶うと思わへん?」
「お前、意外とそういうの信じるんやな」
「不退転の心っちゅうやっちゃ! まあこれはどっかの坊さんの受け売りやけど」
調子のええことを言うた俺に、盧笙は「なんやそれ」と笑ってくれた。いまはこの笑顔だけで、八分目くらいは腹も膨れる。残りをどうやって満たしていくかは、俺一人で決めるんやなしに、二人で選んでいけばええと思った。
俺が鼻水を啜ったことで、展望ツアーはお開きとなった。上から見るこの街もええけど、やっぱり地を踏みしめてこそ大阪の鼓動を感じられるっちゅうもんや。最近あった出来事をあれこれ上機嫌に話しとったら、盧笙が「もしな」とやけに神妙な表情で切り出した。
「言葉が文字通り、力を持つようになったとしたら──」
「なんじゃそれ」
相変わらず突飛なことを言い出すもんやから、俺はもうかなわんわ。
「もしって言うてるやろ。そんな世界になったら、お前、天下獲るやろなおもて」
「まあな。これでおまんま食わせてもうてるからな。せやけどそんときは──」
俺は盧笙の肩に腕を回した。きょとんとして次の言葉を待つ盧笙は、なんとなく幼く見えた。
「盧笙、お前も一緒やで」
「いやどさくさで漫才させようとすな!」
振り落とされた腕を今度は腰に回した。高台で冷えた体がほこほこと温まってくる。盧笙も大人しく収まってくれているし、多少足がもつれて歩きにくくても問題ない。
「バレたかー! しゃあないな。ほなあの寂しいおっさんにでも声かけて、トリオでまけといたるわ!」
「おいおい誰が寂しいおっさんだって?」
「ウワァ!」
俺と盧笙、まとめて腕の中に閉じ込められて大きい声が出た。いつからかそばにおった零が、心臓を押さえる俺らをむぎゅうと締め付けた。
「俺だって家族の一人や二人、三人はいるさ」
「日本は一夫多妻制とちゃうぞ」
零の素性までは分からんでも悪い奴やないと察したんか、盧笙は軽口を叩いた。盧笙には俺だけにツッコんで欲しいけど、零には世話んなったし多めに見たろ。
「馬鹿野郎。違ぇよ」
腕を解いた零が帽子を被り直した。いちいち仕草が様になる男やと思っていたけど、今のはなんとなく隙があった気がした。俺の隣で、盧笙が一歩前に出る。
「俺、生徒にもっぺん話してみるから、ギターは保留でいい」
「そうかい」
「なに、なんの話?」
「なら先生に働いて貰った分で酒でも飲みにいくか!」
俺を綺麗に無視した零が、盧笙の肩を抱いてさっさと歩き出す。二人を慌てて追いかけて、盧笙を真ん中に三人並んだ。意外としっくりくる自分が不思議や。零の陽気な口笛に合わせて、俺と盧笙が言葉遊びをする。振り向く視線たちに手を上げて、灯り始めたちょうちんを目指した。
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